三馬鹿をどうしよう
「ねえねえ、シャーフって『にじゅーじんかく』なの?」
パティに魔法を教えるようになって、一週間が経った。
学校帰りに村を通らず、直接屋敷に来ることで三馬鹿と鉢合わなくなったからか、それとも魔法の腕がメキメキ上がっているからか――最近は、やけにフランクな態度になったパティが俺に聞いてきた。
「は? なんだお前いきなり」
「それ。あたしにはすごい偉そうなのに、お父ちゃんやアンにはへりくだってるよね?」
「へりくだるってな⋯⋯TPOを使い分けてるんだよ。ほら良いから、次はこれな」
屋敷の片隅にある納屋から持ち出した、木製の樽を指す。五歳児の身体にはかなり重かったものの、風魔法を併用して、持ち上げて、立てることに成功する。
「てぃーぴーおー?」
「水魔法を使ってこの樽を満杯にしてみよう。何日かかってもいいぞ。反復が大事だからな」
「ねえねえ、てぃーぴーおーってなに?」
「うっさいな、時と人と場合に合わせて使い分けてるんだよ。なんだ、お前にも敬語で話した方がいいのか?」
「えー⋯⋯? それは気色わるいからいいや」
気色わるいって。失礼なガキだ。
「ほれ、いいからこの樽を⋯⋯って、身長が足りないか」
庭が水浸しになっても困るから、いい手段かと思い樽を持って来たが、いかんせん俺とパティの身長ほどある樽だ。何か土台が無いと、魔法の発射口である手が届きそうに無い。
「大丈夫大丈夫! よいしょっと」
パティは樽の節目に手をかけると、器用によじ登って行く。スカートである事も忘れているのか、尻を丸出しにしながら樽の口部分でつっかえてしまった。
「⋯⋯どうしよう。動けない」
「あの三馬鹿もバカだが、お前も大概だな。パンツ丸見えだぞ」
「やだー! 見ないでよバカー!」
樽の中で反響されたパティの悲鳴が響き渡る。
俺はため息をつき、足を引っ張ってパティを救出した。数日前までの怯えてた子は何処へやら。救出されたパティは顔を赤くしながらスカートを押さえ、俺を睨む。こちとらガキのパンツなぞに興味はない上、助けてやったのにそんな態度を取られては面白くもない。
「はぁ⋯⋯。樽は中止だな、この桶で代用しよう。で? 最近学校はどうだ?」
「うん、先生もビックリしてたよ。魔法が上手くなったーって褒められた!」
「三馬鹿はおとなしいのか?」
「うん⋯⋯まあ⋯⋯」
今まで自分より格下だった奴が、いきなり力をつけて来たのだから、三馬鹿は面白くないだろうな。
今やパティの魔法の腕は、以前見た三馬鹿のそれを凌駕する。流石に子供同士に魔法を撃ち合わせるわけにはいかないが、もしそうした場合、タイマンならパティが勝つだろう。
「ふむ⋯⋯これでいじめ自体は無くなったが、この後だな」
「スプラッシュ! ⋯⋯うん?」
パティは木製の桶に手をかざし、水魔法を発射しながら俺の顔を見る。どぼどぼ、という音と共に、みるみるうちに桶に水が満たされて行く。
「このあと?」
「ああいやこっちの話。ほれ、水が途切れてるぞ。マナ吸収を途切れないようにして、水を出し続けろ」
「はーい」
そう、この後だ。表面上でのいじめは沈静化したが、まだその種火まで完全消化したとは言い切れない。
俺は、あの三馬鹿の事は嫌いではない。クソガキゆえにムカつきはするが、憎たらしいというだけで、嫌悪しているわけではないのだ。できればアイツらもここに来て、パティと一緒に魔法を練習して、仲良くなって欲しいとまで思っているが⋯⋯。
「難しいだろうなあ⋯⋯」
「なになに?」
「集中」
「ぶー」
豚か。
そう、パティだってこうして変われたのだから、あの三馬鹿も変われるはずだ。
しかしキッカケがない。ボコボコにした上で改心させてやろうかとも思ったが、奴らは最近村の中で見かけないので、そのキッカケがないのだ。
どうも、雑貨屋のスミス氏に聞いたところ、学校が終わると、家の手伝いもせずに村の外まで魔物を倒しに行っているそうだ。
危なくないのかと思ったが、この辺の魔物は魔法を撃てば、子供でも簡単に倒せるらしい。
⋯⋯これってつまり、パティをいじめられなくなった分、近隣の魔物さんに矛先が向かったって事だよな。
「ねえねえシャーフ、また変なお話聞かせてよ」
「ん? 変なって⋯⋯まあいいか。魔法は続けておけよ」
単純な魔法の連続で暇になったのか集中が途切れて来たようなので、俺はパティの要求に応じる事にした。
変な話――まあつまりは俺が日本にいた時に見聞きした、童話や寓話だ。
もちろんこの世界基準でアレンジもしている。クリス氏の書斎でこの世界の植物や動物図鑑、果ては魔物図鑑までも読み漁り、例えば『さるかに合戦』は『エビルエイプ対ジュエルシザー』と名前を変えた。
「内容はよくわかんないけど、シャーフはお話が上手だよね」
「そりゃどーも。むかーしむかし、あるところに――」
「シャーフ、パティちゃん、パイが焼けたわー!」
「あっ、アン! わーい食べるー!」
「⋯⋯⋯⋯」
この一週間、ずっとこんな感じだ。
とにかく魔法の反復練習。たまに『変なお話』を挟みつつ。アンジェリカもパティの来訪を楽しみにしているのか、腕によりをかけてお菓子をこしらえる。
スミス氏も娘の成長が嬉しいのか、いつも以上の頻度で屋敷に顔を出すようになり、何故か俺とパティのツーショットを、慈しむような目で見てくる。
そんな、平穏だが暇でもない日々が続き、俺も『まあ三馬鹿はどうでもいいか』と思い始めた頃――事件は起きた。
***
日が暮れかけた頃、パティを迎えに来た雑貨屋と共に、俺は村へ歩いていた。
雑貨屋が『日頃のお礼を』と言うもので、しかもそれがクリス氏の書斎にもない本だというので、待ちきれずに出向いたのだ。
「お嬢様から、坊ちゃんは本がお好きと聞いたのですが、まさかこれほどとは⋯⋯」
明日持ってくる、という言葉に我慢できずに着いてきた俺に、スミス氏は苦笑する。しかしクリス氏の書斎の本はほぼ読み切ってしまったのだ。
書斎には鍵が掛かっていて入れない扉があり、そこは探せていないのだが、流石にクリス氏が不在の時に鍵を壊すのも躊躇われた。
「シャーフってかわってるよね。学校の男の子は、みんな泥だらけになって遊んでるのに」
「そういうのはもう子供の頃経験したから良いんだよ」
「あたしもシャーフもまだ子供だよ?」
首を傾げるパティ。左手はスミス氏と繋ぎ、もう片方の手は何故か俺の手を握っている。
「この辺は糸や染料が貴重ですので、製本があまり盛んではないのです。東大陸から取り寄せる事になるのですが、坊ちゃんさえ良ければ行商に依頼しておきましょうか」
「本当ですか!? ぜひ! お代は父につけておいてください!」
その言葉にテンションが上がり、俺はパティの手を握ったままブンブンと振り回す。
「いーたーいー!」
情けは人の為ならずってやつだ。善意でパティを助けたら、本の流通ルートのコネクションが出来るとは!
しかし今の話を聞くに、東大陸では製本が盛んって事か⋯⋯いいなあ、女神様も東大陸に転生させてくれりゃ良かったのに。
「ははは、そんなに喜んでいただけるとは⋯⋯おや?」
麦畑を通り過ぎ、民家が立ち並ぶ区画に差し掛かった頃、雑貨屋が立ち止まる。その目は怪訝そうに、村人が集まる広場を見ていた。
「まだ帰って⋯⋯」
「近くの森に⋯⋯」
「冒険者に依頼を⋯⋯」
村人――主に大人たちが集まり、何事かを話していた。
その誰もが険しい表情をしており、ただならぬ雰囲気が漂っている。
「何かあったのか?」
雑貨屋が俺とパティに『待っているように』とジェスチャーし、その集まりに近寄っていく。俺も話の内容が気になり、ギリギリ聞こえる位置まで近づく。
「怒られるよ⋯⋯?」
「しっ。聞こえないから」
パティの口に人差し指を当て黙らせ、耳を澄ませる。
そして、聞こえてきた内容は――。
「ああスミスさん。子供がまだ家に帰って無いんだよ」
「学校から帰ってきて遊びに行ったんだが」
「村の外に行ったみたいで」
「もしかしたら魔物に」
子供。帰ってこない。魔物。
もしかしなくても、あの三馬鹿の事だろう。いじめのはけ口を魔物に移していたようだが、まさか⋯⋯。
「いま、自警団が近くの森を探しているんだが、もしかしたら水晶の洞窟に――」
水晶の洞窟――聞いたことはないが、雰囲気から察するに危険な場所らしい。
「パティ、水晶の洞窟って知ってる?」
「うん⋯⋯マナが濃くて魔物が強いから、先生からは絶対いくなって言われてるとこ⋯⋯」
パティ曰く、ウォート村と隣町を繋ぐ街道――それを途中で外れたところにある森の奥に、水晶の洞窟がある。
森に生息する魔物は子供でも倒せるほど弱いが、雑魚相手に調子に乗った三馬鹿が、水晶の洞窟に足を踏み入れたら⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯」
背筋に氷を当てられたような寒気が走る。
三馬鹿の事は憎たらしいガキだと思うが、死んでしまえなんて思っていない。むしろ、パティと和解してくれればいいなとすら思っていたのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます