命をかけた大舞台
オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一五年八月二五日 午前四時三〇分
結果的にある人物の
「――あなたには完全に騙されましたよ、フローラ。私が何日もかけてフローラたちの行動を先読みしたつもりだったのに、あなたはわずか数時間で私の行動のすべてをプロファイリングするなんて――最初から勝ち目のない戦いを、私はフローラに挑んでいたんですね」
そう言いながら香澄は右手に持っていた銃のマガジン(弾倉)を取り出し、それを左手に置く。そして銃とマガジンのセットを、フローラへそっと渡した。
「――本当にごめんなさい、香澄。出来れば私もこんなやり方は望んでいなかったのだけど、あなたを命がけで説得するにはこれしか方法がなかったのよ」
「いえ、本当に謝らなければならないのは、むしろ私の方です――今だから言いますけど、フローラが冷たいまなざしで私に銃を向けた瞬間、本当に殺されるって思ったんですよ?」
「あら、あの時私は香澄にきちんと説明したはずよ? “その銃では誰の命を奪うことは出来ないわ”ってね」
「――まったく、フローラはハリウッドスター顔負けの名女優ですね」
意味ありげな会話をする香澄とフローラだったが、その姿は皆が良く知る家族のような関係に戻っていた。心からお互いを認め合っているからこそ成立する、仲の良い親子・師弟のような不思議な関係にも見える。
一方状況がまったくつかめずにいるジェニファーとエリノア、そしてケビンの三名は香澄とフローラのやりとりを聞くや否や、自分たちの耳を疑っている。その答えを確かめようと、ケビンが香澄とフローラに事情をしっかり説明するように求めた。
すると状況を把握したフローラが
「……本当にごめんなさい、あなた。でもその答えもすべて、このマガジンを調べればすべてはっきりするわ」
と言いながら、先ほど香澄から受け取ったマガジンをケビンへ渡す。
一体このマガジンにどんな秘密があるのか――そう不思議に思いながらケビンが調べてみると、
「……!? そ、そうか……そういうことだったのか!」
とフローラが語る言葉の意味を瞬時に察する。あっけに取られたケビンを見たフローラは軽く笑みを浮かべ、一方の香澄はどこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「ケビン、一体どういうことですか!? いい加減私たちにも分かるように、答えを教えてください」
一向に状況が見えないことに苛立ちを見せたのか、ジェニファーとエリノアの両名がケビンに説明を求めている。するとすぐに二人の元へ歩み寄ったケビンは、マガジンから弾を一つ取り出しつつ、事情を説明してくれた。
「エリー、ジェニー。これは
そう言いながらケビンは薬莢のフタを開け、その中身を自分の手の平に並べる。だが薬莢の中からは実弾や火薬の類が一切出てこないという、何とも
「あ、あれ!? ケビン、薬莢の中に何も入っていないですよ!?」
「――これは空砲って呼ばれている弾の一種で、元々は相手を威嚇射撃するために使うことがあるんだよ。本来は空砲専用の火薬が入った弾を使うのだけど、さすがのフローラも今回はそれを用意する時間がなかったんだろうね。……君たちはよく映画やドラマとか見ると思うけど、撮影でもこの空砲を使うことが多いんだよ」
「た、弾の入っていない銃弾……そ、そんなものがあるんですか!?」
「う、嘘でしょう!? 信じられないわ!?」
ケビンから状況説明を受けたジェニファーとエリノアの二人は、案の定混乱してしまう。だが結果的に香澄とフローラの両名は、誰一人傷つけていない――その事実を知ったジェニファーとエリノアは当初驚きを隠せずにいたものの、安堵のためか二人の表情も次第に柔和な笑顔へと変わっていく。
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