【香澄編】

走馬灯のように蘇る思い出

               一二章


              【香澄編】

  ワシントン州 レイクビュー墓地 二〇一五年八月二四日 午後二時〇〇分

 エリノアたちがワシントン大学にあるフローラの教員室に集まり、そこで香澄の行方について議論していた。その頃とほぼ同時刻の午後二時〇〇分、シアトルにあるレイクビュー墓地のある墓前の前で、綺麗な黒髪を風になびかせる一人の日本人女性の姿があった。

「トム、また会いに来たわよ。最近調子はどうかしら?」


 墓石にサンフィールド家と刻まれているお墓の前で一人静かにたたずむ女性こそ、エリノアたちが血眼ちまなこになって行方を捜す香澄本人だった。彼らの墓前にはいつものようにお花が添えられていたことから、おそらく香澄が用意したのだろう。

 ここレイクビュー墓地にトーマスたちが眠っていることも、香澄たちを含めて一部の者にしか知らされていない。死者となってしまった彼らの眠りを、これ以上妨げたくないという香澄なりの配慮も見え隠れしている。


 なお香澄が自宅を出たのは午前一〇時〇〇分なのだが、今の時刻は午後二時〇〇分。自宅からレイクビュー墓地まで、徒歩でもそんなに時間がかからない場所にある。その間香澄は一体どこへ行っていたのだろうか? 


 お昼近くまで自宅周辺のスーパーでジェニファーが買い物をしていたのだが、現に彼女は外で香澄と出会っていない。そのことを踏まえると、おそらく香澄はこの時すでにレイクビュー墓地近くまで来ていたと思われる。そして近くのカフェやレストランなどで昼食を済ませ、その後レイクビュー墓地へやってきたのかもしれない。


 その後も香澄はまるでトーマスとの想い出に浸るかのように、一人どこか遠い目をしている。その表情はどこか嬉しそうな顔に見える一方で、どこか切なさや悲しみといった哀愁を感じさせる。おそらく彼女の心は、現実と理想の板挟み状態になっているのだろう。


 そしてレイクビュー墓地に眠る故人へ青空に遠いまなざしを向けながら一人たたずむ香澄の姿は、彼女が数年前に同じ場所で見たトーマスそのものだった。かつてのトーマス自身も寂しさのあまり、一人密かにこの場所で亡き両親 リースとソフィーの面影を追いかけていた。

 そんなトーマスの心理を疑似体験するかのように、今度は香澄が遠くへ行ってしまった少年の面影を追いかけている――一人哀しみに打ち浸れる今の香澄に、目の前にいる親友や家族たちの言葉は届かないのだろうか?


 SF映画のように、この世にタイムマシンや過去に戻れる能力があるのならば、迷うことなく香澄は数年前に戻りたいと願うはずだ。その目的はもちろん最初から決まっており、当時大学生だった香澄が救えなかった小さな命――に他ならない。


 今でも心の奥底でトーマスの死は自分が原因と思っているのか、一ヶ月ほど前にそのことをエリノアに指摘されてしまう。今ならその原因がはっきり分かっているが、当時の香澄には何も言い返すことが出来なかった。人一倍責任感が強く優しい性格の香澄だが、今回に限ってはそれが裏目に出てしまった――実に皮肉な話だ。

『せめて私たちが、リースやソフィーが生きていた時に出会っていれば……トム、あなたもこの世を去らずにすんだかもしれないのに……』

 

 細長い眉を静かに閉じ難しい顔をしながら、香澄は一人考えごとに明け暮れている。それはトーマスに対する贖罪の気持ちか、あるいは自分自身を罰するためのものなのか? 時折ピンク色の唇がまるで魔法を唱えるかのように動くが、その言葉を確認することは出来なかった――仮に天国でトーマスたちを見守っている神様であっても、今の香澄の真意を悟ることは出来ないだろう。

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