第649話 令和3年2月13日(土)「3年間」松田美咲

 昨夜、優奈から電話があった。

 帰宅後すぐに連絡があった彩花や綾乃と違い、夕食を終えたあとでのことだ。

 その時間の遅さに受験の結果は推測できた。


 彼女の声はサバサバしたものだった。

 普段通りの明るさを見せていたが、そこに至るまでにこれだけの時間を要したのだろう。


 月曜日には公立高校の入試がある。

 気持ちを切り換えてそこに全力を注ぐと彼女は意気込んでいた。

 わたしは「頑張ってね」と応援することしかできない。


 いつも一緒にいる彩花たちならどちらかが不合格だったら、すぐ隣りで寄り添い励ましていただろう。

 あのふたりの距離は近い。

 まるで実の姉妹のようだ。

 綾乃が彩花に依存している感じもするが、彼女の家庭環境を考えればある程度は仕方がないだろう。


 わたしと優奈の関係はあのふたりとは異なる。

 もっと距離がある。

 良いとか悪いとかではなく彼女と知り合ってからの3年間で定まった距離なので、わたしたちにはそれが最適なのだろう。

 そして、別の高校に進学してもこの距離なら緩く繋がっていけるのではないかとわたしは期待している。


 全員が合格が決まったら集まってちょっとしたお祝いをしたいと思っていた。

 だが、当然延期だ。

 公立高校の合格発表は3月1日なのでしばらく時間が空く。

 残り1ヶ月を切った卒業式までには彼女の進路も決まっているはずだ。


 従って今日は1日予定が空いた。

 春のような清々しい陽気なのでどこか出掛けたい気分だが、優奈のことを思うとひとりだけ楽しむのは気が引ける。

 優奈ならそんなことを気にするなって言うでしょうけれど。


 かと言って1日を無駄に過ごすのももったいない気がする。

 中学生生活は残りわずかだし、高校生になれば忙しい日々が続くはずだ。

 彩花と綾乃は今日ふたりで買い物に行くと話していた。

 受験が終わった解放感に浸りたい気持ちはよく分かる。

 実質デートのようなものだろうから、彩花からは誘われたが一緒に行くのは遠慮した。


 何をするか迷っているうちに時間だけが過ぎていく。

 そんな時に日々木さんから連絡が来た。

 お昼過ぎのことだ。

 時間があれば相談したいことがあるという。

 日々木さんがわたしに相談とはどういうことだろう。

 彼女には日野さんという心強い親友がいる。

 わたしでは足下にも及ばない存在だ。

 日野さんのことで相談という可能性もあるが、そこまで彼女のことに詳しい訳ではない。

 よく連絡を取り合っている彩花の方が適任だろう。

 わたしは訝しく思いながらどんな相談なのか尋ねてみた。


『わたしが卒業式の答辞をすることになったの! その内容についていろいろな人の意見が聞きたいなって思って』


『そうなんですか。山田さんがするものだと思っていました』


『小鳩ちゃんからどうしてもってお願いされて、断り切れなかったの。彼女は生徒会長として大活躍をしたけど、この学年の象徴はわたしと可恋だって言って』


 生徒会は裏方の仕事が多い。

 わたしは学級委員だったのでその仕事振りを見る機会があったが、一般の生徒にはなかなか伝わらないものだ。

 山田さんは生徒会長として目覚ましい成果を上げたと聞いている。

 それでも知名度は日々木さんや日野さんには敵わない。

 このふたりは目立つし、文化祭でファッションショーという前代未聞のことをやってのけた。

 日野さんは3年生になってほとんど登校していないので日々木さんに白羽の矢が立つのは理解できた。


『可恋にも相談したけど、自分の出席日数はごくわずかだからもっと他の人に聞いてみたらって言われて。進学先が決まった子限定になるけど、何人かに聞いてみようかなって思ったの』


『分かりました。私で良ければ協力致します』


 彼女にお願いをされて断る理由はない。

 むしろ光栄なことだ。

 日々木さんはわたしにとって憧れであり、特別な存在だった。

 同じクラスになった時はもっと親密な友人になりたいと願ったこともある。

 しかし、結果的にはいまのような距離感で良かったのかもしれない。


 優奈は常にわたしの半歩前にいる感覚だった。

 わたしは視野が狭く考え方もお子様だったが、優奈はわたしよりも周りをみることができて経験も豊富だ。

 露悪ぶったところもあるがわたしに対しては真摯に接してくれた。

 わたしのことを考え正しく導いてくれる頼り甲斐のある親友だ。


 一方、日々木さんは見た目の愛らしさに惑わされがちだが芯が強く意識も高い。

 日野さんくらいの能力がないと彼女の横に並ぶことはできなかっただろう。

 無理をして彼女の隣りに行こうとすればどこかで関係が破綻していたかもしれないと、いまなら思う。


『それでね、長くなり過ぎずに独創的で卒業生みんなが共感するような答辞にしたいの』


『なかなか難しそうですね』


 一瞬、日々木さんの要求の高さを面倒に感じて日野さんはほかの人に相談するよう言ったのではないかという疑念が浮かんだが思い過ごしだろう。

 きっと普通の生徒の声を入れたかったに違いない。

 その意味では彩花にも声を掛けた方が良いだろう。


『松田さんはこの3年間でもっとも印象に残っていることって何?』


『いろいろありましたが、ファッションショーに向けてクラスが団結していく様子が忘れられませんね』


 ファッションショーそのものももちろん素敵な思い出だ。

 しかし、それ以上に感銘を覚えたのはクラスがひとつにまとまっていく姿にだった。

 小学生時代にもそういう体験をしたことはある。

 ただそれらは担任教師の主導によるものだった。

 当時のわたしは気づかなかったが、作られた団結ということで醒めた目で見る生徒もいた。

 それに比べると2年生で体験した団結は自分たちで作り上げたという思いが強い。

 もちろん日野さんが巧みに環境を整備したのだろう。

 だが、それだけではなかったと思う。

 最後はクラスメイト全員が目標に向けてやる気に満ちていた。

 それが日野さんひとりの力だったとはわたしは思わない。


『楽しかったよね』


『楽しかったですね』


 思い出にふけってばかりいてはいけないが、いまだけは許して欲しい。

 あの夏から秋にかけての充実した日々。

 試行錯誤をしながら意見を出し合いひとつのものを作り上げる。

 夢中だった。

 苦労もした。

 それらの体験がその後のわたしを築き上げたといっても過言ではない。


『この学校に新たな文化を残すことができたかもしれませんね』と翌年にもファッションショーが開催できたことを念頭に述べると、『そうだね。次はわたしたちが新しい舞台で挑戦する番だね』と日々木さんはもう目線を未来に向けていた。


 4月から高校生になる。

 まったく新しい世界だ。

 不安がないと言えば嘘になるが、なんとかなるはずだ。

 わたしにはこの学校での3年間の経験があるのだから。




††††† 登場人物紹介 †††††


松田美咲・・・3年3組。元2年1組。お嬢様だが居丈高なところはなく、至って真面目な優等生。春から東京の名門私立高校に進学する。


笠井優奈・・・3年4組。元2年1組。見掛けはギャル風だが友だち思いで面倒見も良い。ただし敵には容赦しない性格。私立高校の受験に失敗した。


須賀彩花・・・3年3組。元2年1組。美咲とは小学生時代からの友だち。おとなしい性格のごく普通の少女だったが飛躍的に成長した。


田辺綾乃・・・3年3組。元2年1組。独特の雰囲気を持つ少女で聞き上手。自分のことを話すことは苦手。彩花のことが好き。


日々木陽稲・・・3年1組。元2年1組。ロシア系美少女。コミュ力も高い。ファッションデザイナーを志望している。可恋と暮らしている。


山田小鳩・・・3年3組。元生徒会長。学力は非常に高いがコミュ力は低め。難しい言い回しをするキャラを作っている。


日野可恋・・・3年1組。元2年1組。チート級中学生だが免疫系の障害があるためこの1年間ほとんど登校していない。

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