第632話 令和3年1月27日(水)「頑張っているアピール」水島朋子
マスクをしているから大口を開けて欠伸をしても問題ない、という訳ではないが、あたしは人目を気にすることなく大きな欠伸をした。
昼休みの教室はのんびりした空気が漂っている。
窓が開いていても真冬とは思えない暖かさだ。
世間では緊急事態宣言だのなんだの言っているが、校内は変わり映えしない日常が続いている。
机の上に両手を組むように置き、その上に顎を乗せたくっきーが眠たそうな声で「退屈だね」と呟いた。
あたしはもう一度欠伸をしてから、「あたしは生徒会の仕事があって寝不足なだけだ」と答える。
実際生徒会に入って10日あまり経つが学校の勉強よりも大変だった。
上級生、特に久藤さんと小西には逆らえないし、その要求はかなり厳しいものがあった。
1年に押しつけられた仕事も何だかんだ手が掛かり、結構多忙だったりする。
ゆっくりできるのは休み時間くらいだ。
くっきーは「水島でも生徒会の仕事ができるんだ」とほざくが、仕事自体はどうということはない。
頼られるとつい任せとけってなってしまうので、思っていた以上に仕事量が多くなったことが問題だった。
「くっきーでもできるから手伝ってくれてもいいんだぜ」
「嫌だよ。めんどくさい」
即答したくっきーを睨みつけるが、彼女は意に介さない。
最近は彼女だけでなくあたしの脅しが利かない1年生が増えてきている。
あたしが不良じゃないと分かってもらえるようになったとしたら喜ぶべきことだが、ビビって近づいて来ないのは変わらないので不思議だ。
「くっきーは友だちが困っていたら助けようとは思わない訳?」
「思わない。それに、水島、困っているように見えないじゃん」
確かにいまは大変ではあるが、ヤバい状況ではない。
ただもう少ししたらヤバくなるかもしれないとは思っている。
「学年末テストはまだ1ヶ月ほど先だけどさ。そこで平均以上取れって言われているんだよ。たぶん試験前はムチャクチャ困ると思うから、その時は助けてくれよ」
生徒会役員は生徒の模範だからせめて平均点以上取るようにと久藤さんから厳命されている。
これまで下から数えた方が早い順位って感じだったのでとてもできそうにないが、精一杯やったというアピールは必要だろう。
「嫌だよ。めんどくさい」
あっさりとそう言い放つくっきーに対し、あたしはこめかみにピクピクと青筋を立てそうになった。
友だち甲斐のないヤツだ。
あたしはなんとか怒りを収めて「何でだよ。困っていたら助けるのが友だちだろ」と詰問する。
「水島だっていままで勉強サボっていたじゃん。それを急に周りにまで勉強しろとか虫が良すぎ」
あたしはぐうの音も出ない。
くっきーにしては珍しく正論だ。
しかし、言い負かされただけでは癪なので、なんとか反撃に出る。
「あたしも上野も色々頑張っているんだから、くっきーも少しは頑張ったらどうだ?」
あたしはスケッチブックとにらめっこしている上野をチラッと見て言った。
くっきーも上野に目をやりバカにしたような顔で「全然上手くなってないじゃん。あ、おっぱいだけは上手いけど」と笑った。
カチンときたあたしは「上野に謝れ」と詰め寄る。
くっきーは「なんで?」とまったく分かっていない顔で答えた。
「頑張っているヤツを笑うな」
「無駄な努力をしてるだけじゃん。結果が出なきゃ頑張ったって無意味でしょ?」
あたしは「そんなことはない」とは言えなかった。
上野の絵の練習が無駄かどうかは分からないが、頑張りましたアピールがウザいと感じていたのはあたしもだ。
それが上野を見ているうちに変わってしまったのかもしれない。
あたしは自分の変化に気づいて戸惑った。
「だいたい学校の勉強なんて社会に出たら役に立たないじゃん。水島もそう言っていたよね?」
あたしは不機嫌な顔で頷く。
久藤さん相手にくっきーと同じ質問をするような命知らずな真似はできないが、心の裡ではあたしも思っていることだ。
あたしが黙り込んだことで調子に乗ったくっきーは生徒会の仕事まで批判する。
将来の役に立たないだとか、自己満足だとか。
どうやらあたしが生徒会の話をすることに不満が溜まっていたようだ。
「上野はどう思う?」と話を聞いていたかどうか定かではない上野にあたしは聞いた。
「別に。目的のためにやるべきことをやるだけ」
顔を上げることなく抑揚のない声で上野は答えた。
至極真っ当だ。
あたしは聞くまでもなかったかと「そうだよな。頑張ったことをアピールする必要はないよな」と口にした。
「それは必要。頑張っている姿を見せることでみんな協力してくれる」
上野から返答があると思わずあたしは驚いた。
そして、すぐに疑念が浮かぶ。
「もしかして休み時間にずっと絵を描いているのもアピール目的なのか?」
上野はその質問には最後まで答えず、昼休みが終わるまで手を動かしていた。
あたしは口を閉じてその様子をずっと見つめた。
もやもやしたものが胸に渦巻いていたせいか、放課後生徒会の仕事中久藤さんに聞いてしまった。
勉強って何の役に立つのかと。
「貴女のような考えが足りない人を生み出さないためよ」と彼女は鼻で笑う。
ムッとするあたしに「役に立つかどうか判断するためには相応の理解が必要だと思わない? 貴女のことを良く知りもしないで不良と判断することと何が違うのかしら?」と言い募った。
真面目にとは言わないがあたしだって小学校の6年間と中学での1年間の計7年勉強したという反論には、義務教育は常識を教わっているだけでまだ勉強と呼べるほどのものではないと見下すような目で言われた。
口論でこの人に勝てる気がしない。
あたしは「結果の出ない頑張りに意味はありますか?」と話題を強引に変える。
「ハルカはどう思う?」
「あー……、意味とかどうでも良くね?」
何言ってんだという顔で小西を見ると「ゴチャゴチャ考えすぎなんだよ」と言われてしまった。
そして、握り拳を自分の顔の前に掲げ「強くなりたいと思ってる。だが、勝てそうにないヤツもごまんといる。それを知ったけど、それでも強くなりたいと思う」と言うとその拳をあたしに突き出した。
「意味があるかどうか考えることに意味があるかどうか、ね」と久藤さんが話を引き継ぐ。
「でも、無駄だったら……」とあたしが言い掛けると、「そんなことを考えるお前の人生が無駄だ」と小西に笑われた。
「やりたいこと、つまり目的のために、やるべきこと、つまり手段を考え実践する。それが生きるということかもしれないわね。目的を見つけられない人は生きていないのと一緒ってことよね」
久藤さんの言葉に、昼に上野から言われた言葉が重なった。
あたしの考えが変わった理由も分かった。
くっきーと同じように目的のなかったあたしが、上野の夢を叶えたいと思うようになったからだ。
ファッションショーが失敗して努力は無駄に終わるかもしれない。
上野の姿はアピール目的の演技なのかもしれない。
でも、あたしの心は動き出してしまった。
もうきっと引き返せない。
斜に構えて頑張りアピールウザいなんて考えていたあたしには戻れないのだ。
††††† 登場人物紹介 †††††
水島朋子・・・中学1年生。生徒会役員。周りから不良と見られることに腹を立てているが彼女の考え方はかなり不良に近い。
朽木
上野ほたる・・・中学1年生。美術部部長。秋の文化祭でファッションショーの開催を目指している。
久藤亜砂美・・・中学2年生。生徒会役員。昨年の文化祭でファッションショーを担当し、現在水島に引き継ぎ中。
小西遥・・・中学2年生。亜砂美の親友。校外でも名の知れた不良。1年ほど前から空手を習っている。
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