第588話 令和2年12月14日(月)「ダチ」水島朋子

 冬休みまであと10日といったところだが、それでも月曜日がかったるいことに変わりはない。

 1時間目の授業が終わるとあたしは大きな欠伸をした。

 マスクをしていなくても手で口を押さえるなんて女っぽい真似はしないが、マスクのお蔭でまったく気を使わなくて済むのはありがたかった。


「あれだよね。水島っていつも欠伸してるイメージ」とくっきーが笑う。


「眠いものは仕方ないだろ」とあたしは鼻を鳴らした。


 そんなふたりの話の流れをぶった切って上野が「2年がお見合いパーティー、したんだ」と口を開いた。

 あたしは意味が分からず「お見合いパーティー?」とオウム返しをする。


 頷く上野に「あれか? 男と女を集めて……」と確認する。

 今度は首を横に振り、「参加者は全員女だって」と彼女は言った。


「それってつまり同性愛者のお見合い?」とあたしは驚きの声を上げる。


 目の前の上野が女の先輩とつき合っていると知っていなければもっと偏見に満ちた言葉遣いになっていたかもしれない。

 上野はまったく表情を変えずにまたも首を横に振った。


「友だちを求めてみたい」と上野が説明してあたしは納得する。


 しかし、それを”お見合い”って言うか?

 言葉選びのセンスに疑問を投げていると、くっきーが「それって”ぼっち”の集会じゃん」とバカにしたようにケラケラ笑った。

 言葉には出さないが、あたしが拾わなければぼっち確定だったお前が言うか?


 ムッとしたあたしの感情に気づくことなく、上野が先輩から聞いた”お見合いパーティー”の内容を説明した。

 手芸部の原田先輩が主催したらしい。

 手芸部に入ったくっきーが知らされていなかったのは、おそらくベラベラ喋ってしまいそうだからだろう。

 賢明な判断だ。


「それで? やってみたいのか?」とあたしが上野に問い掛けると、小首を傾げた彼女は「友だち、いないし」と返答した。


 あたしは自分の額を手で押さえる。

 彼女とのつき合いは半年ほどだが、毎日のように顔を合わせていてこれかよと思ってしまう。

 だから声が尖ったのは仕方がないことだ。


「うちらは友だちじゃないのかよ」


 返ってきたのは「友だち?」と疑問形の言葉だった。

 こちらが聞き返したいくらいだ。

 そもそもコイツは友だちを欲しそうに見えない。

 他人のことには我関せずだし、相手に合わせようという気遣いも皆無だ。

 ひとりでいることをまったく苦にしないので、あたしのグループに入っていなくても困らなかっただろう。


「友だち、欲しいのか?」と単刀直入に聞くと、上野はじっと考え込んだ。


「お見合いなんて必死すぎるじゃん」とくっきーはまだ笑っている。


 それが癇に障ったあたしは「いいだろ、別に」と凄んだ声を出す。

 だが、くっきーは「ぜってーダセーって」と意に介さない。

 あたしは不良ではなく、いたって温厚な人間なのでここで怒ったりはしない。

 ただゲンコツを一発頭に落として黙らせるだけだ。


「いってー」と涙目で頭を押さえるくっきーを横目に、あたしは上野に「どうだ? 答え出たか?」と話し掛ける。


「水島と朽木は友だちだよね?」


「あー、まあ、一応はな」といまの一連のやり取りがあったせいであたしは言葉を濁した。


「一応の友だち」と上野に指摘されると、あたしは焦って「いや、ちゃんとした友だちだから」と言い直す。


 下手なことを言うと上野の”友だち”観が歪んでしまいそうだ。

 彼女は今度はくっきーの方を向き「朽木はどう?」と問い掛けた。

 あたしは余計なことを言うなよと目で牽制するが、残念ながらくっきーには伝わらない。


「暴力を振るうようなヤツは友だちじゃないよ」


「あれは……躾だ」と誤魔化そうとするが、もちろんくっきーは納得しない。


「ま、こういう率直なやり取りができるのが友だちってことだ」とあたしは強引にまとめた。


 くっきーが抗議の声を上げる横でしばらく思案した上野は「だったら友だちはいらない」と言い切った。

 あたしが「うちらのことは?」と聞くと、少し間を置いてから「仲間?」と答えた。


 疑問形なのが気になるが、仲間なら悪くないか。

 そう思ってあたしはニヤリと笑う。


 上野はそんなあたしの表情に気づくことなく「それとも、……手足のような存在」と言葉を続けた。

 それって、あれか。

 ファッションショーのためにこき使える便利な存在って意味か。


 あたしがそうツッコむ前に、くっきーが「ほたるってうちらのことそんな身近に感じていたんだ」となぜか喜んだ。

 3人とも国語の成績は見るも無惨だけど、もう少し勉強しろよと言いたくなる。


 でも、上野のことだ。

 そういう意味も込められているのかもしれない。

 こいつの言動をいちいち真に受けていたら身が持たない。


「ふたりは友だち欲しくないの?」と上野が尋ねた。


 くっきーは欲しくてたまらなそうな顔をしながら「べ、別に」と答えた。

 あたしは「くっきーと上野のふたりだけで十分だ」と答える。

 満足しているからではなく、これ以上面倒を見る相手が増えるのは無理だからだ。




††††† 登場人物紹介 †††††


水島朋子・・・中学1年生。周りからは不良だと思われているが本人は頑なに不良ではないと主張している。


上野ほたる・・・中学1年生。美術部部長。来年のファッションショー開催に向けて頑張っているが、相当の変わり者。


朽木陽咲ひなた・・・中学1年生。手芸部。くっきーと呼ばれている。


山口光月みつき・・・中学2年生。美術部。ほたるに告白されてつき合うことになった。朱雀とは同じクラスで仲が良い。


原田朱雀・・・中学2年生。手芸部部長。今年のファッションショーの中心人物。


 * * *


 次の休み時間、上野がスケッチブックを胸元に抱えてあたしのところへ「見る?」と持って来た。

 珍しいことがあるものだ。

 彼女は自分が描いたものを見られることに抵抗はないようだが、積極的に見せようともしなかった。


 あたしが興味津々といった顔で頷くと、彼女はスケッチブックを堂々と広げた。

 そこには画用紙いっぱいに描かれた女性の胸があった。


「お、お、おい!」とあたしは慌ててそれを隠そうとする。


 こんな教室の中で開けっぴろげにしていいものとは思えない。

 くっきーは「そんなに大声を出すとみんなに注目されるよ」と笑っているがそれどころではない。


「もういいからしまえ!」と命じるが、「もっとよく見てよ」と上野はスケッチブックをあたしに突きつけてくる。


 写真のように精緻に描かれている訳ではないが、それでもとても生々しく見えた。

 あたしは「見たから! もう見たから!」と喚いた。


 スケッチブックを受け取ってじっくり眺めたくっきーは「これ、ほたるの母親?」と尋ねた。

 あたしの胸を描きたいと迫る上野に、自分のママの胸を見せてもらえと言ったが本当にやってしまうとは……。

 頭を抱えたい気分で上野が頷くのを見た。


「これでもう満足だろ」とあたしが言うと、「もっといろいろなおっぱいを見たい」と上野が言い出した。


 当然、「だから水島のを見せて」と続く。

 あたしは「ダメだ」と断ったあと、「銭湯に行けばいいじゃん。見放題だぞ」とあらかじめ考えておいた返答をした。


「スケッチブックを持って行っていいの?」


「それはダメだろ」とあたしが言うと、「じゃあ無理」と上野は肩を落とす。


 彼女の説明によると、つぶさに観察して描かなければいけないらしい。

 くっきーは「乳房だけにつぶさ」と笑っているが無視だ。

 そんなの適当でもいいだろと思うが、上野はそこは譲れないと言った。


「これ見て」と上野が右手を突き出した。


 人差し指と中指の二本が立てられ、いわゆるVサインというヤツだ。

 子どもっぽい短くてちょっと太めの指に目が行く。


「見た?」と聞かれ、あたしは頷く。


「いま左手・・で指を何本立てていたでしょう?」


「4本」とあたしは即答する。


 さすがに見え見えの質問だ。

 上野は相変わらず無表情だが、わたしはしてやったりという顔をしてみせた。


「描きたいのは右手なのでそれはどうでもいいの。本当の質問は、人差し指と中指の角度は何度だったでしょうか?」


「おい、待てよ!」とあたしは質問が後出しされて腹を立てる。


「見てと言ったのは右手だから、問題ないよね」と上野は屁理屈をこね、「答えられないの?」と迫った。


 あたしは「これくらい」と自分の指でさっき見た指の角度を再現する。

 上野はあたしの顔を見て、「その時の様子をありのまま紙の上に描写することが大切なの……って顧問の先生が言ってた」と真剣そうな顔つき――いつもの無表情とたいして変わらないので気のせいかもしれないが――で言った。


 上野が本気で絵に取り組んでいるのは知っている。

 だからと言って胸を見せることはできない。


「おっぱい見せて」とぐいぐい来る上野と、あたしが困る姿を見て笑っているくっきー。


 友だち選び、間違ったかなと思わなくもないが、まあこれはこれで楽しいか。

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