第568話 令和2年11月24日(火)「先輩の凄さ」晴海若葉
昼休みの教室であたしが「これでどうかな?」と尋ねると、差し出された紙をしっかりチェックしたコンちゃんが「何だか新鮮味に欠けるよね」とダメ出しした。
あたしは顔をしかめ、「えー、だったらコンちゃんがやってよ」と悲鳴を上げる。
これだけの練習メニューを作るだけでも昨日の夜かなり長い時間が掛かったのだ。
コンちゃんも顔をしかめ「最初だから仕方ないか」と口にすると、あたしが書いた練習メニューにいくつか文字を書き足した。
ちょっと修正しただけなのに、かなり様になったように見える。
「コンちゃんだって初めてなのに、なんでこんなにできるの」とつい不満を漏らしてしまう。
「いままでやった練習の中で印象に残っているものを入れただけだよ」
「あー、なるほど。じゃあ、あたしも」とパッと思いついたメニューをそこにつけ加える。
「……いいけど、時間オーバーするんじゃない?」と指摘され、「あっ、どうしよう!」とあたしは慌てた。
せっかく入れたのに無しにするのは惜しい気がする。
かといってほかを削るのも……。
「この3つ目のを時間、短くしたら?」とコンちゃんが提案し、「そうだね」とあたしは受け入れた。
これで明日ダンス部Aチーム1年生が行う練習メニューが完成した。
あとは放課後に先輩に確認してもらうだけだ。
あたしはホッとしてコンちゃんに手を合わせ感謝の気持ちを表してから自分の教室へ戻って行った。
ダンス部は改革の真っ只中である。
その結果1年2年を問わず5つのグループに分けられた。
イベント用ダンス担当、動画用ダンス担当、練習メニュー担当、オーディション担当、そしてすべてをまとめる統括担当だ。
イベントは可馨が颯爽と名乗りを上げ、彼女を中心に来月のクリスマスダンスの振り付けを考えることになった。
動画はほのか先輩が主導する。
オーディションは今後はもっと頻繁に行われることになり、それを取りまとめるグループだ。
統括担当は現部長や副部長の琥珀先輩に加え、次期部長が有力視されている奏颯やみっちゃんが参加している。
そして、あたしが選択したのが練習メニュー担当だった。
コンちゃんはみっちゃんからここがいちばん重要になりそうだと言われ、イベントグループにしようかと考えていたあたしを誘った。
練習メニュー担当はいちばん人数が多く、ひとりひとりの負担が小さそうだったのでそれもいいかとあたしは承諾した。
しかし、土曜日の練習後に担当が集められ、その目の前にはたくさんのノートが山積みされていた。
「これは過去1年間の練習のメニューや実際に行った記録です。あと課題なんかも書かれています」
そう説明したのはこのグループのリーダー格であるトモ先輩だ。
ミキ先輩は「これは須賀先輩と田辺先輩が作成したものです。あたしたちはこれを参考に練習メニューを作っています」と1年生に語り掛けた。
中を見ると細かい字でびっしりと書かれている。
「これまで2年がすべての練習メニューを考えていましたが、これからは1年の分は1年で作り、記録してもらいます」と言われ、あたしは顔を引きつらせた。
1年のメンバーは多いが、考えなきゃいけないチーム数も多い。
Aチーム、Bチーム、新設されたCチームとあるし、Bチームは複数に分かれている。
話し合いの結果、あたしとコンちゃんは1年生Aチームを担当することになった。
それにしても……。
ダンス部は部員によって運営されているとは聞いていた。
だけど1年生は放課後に体育館やグラウンドに来て、ただ言われた通りに練習するだけだった。
自主練でも課題を出されてそれをクリアすることを目標にしていた。
あたしはそういうものをすべて先輩たちが考えていたということに気づいていなかったのだ。
「須賀先輩たちは自主練のメニューも各人ごとにカスタマイズしてくれたんだけど、手が足りなくてこれまでできなかったんだよね」
「そっちの方も少しずつ覚えてもらうからね」
トモ先輩とミキ先輩からそう言われ、1年生たちは青い顔をしている。
あたしたちも上級生になればやる必要があったのだろうが、奏颯たちの動きでそれが早まってしまったみたいだ。
昨日の練習後には、次からは1年がメニューを作るように言われた。
最初はコンちゃんに任せようと思っていた。
だが、いきなり彼女から「最初はグー」と迫られ慌ててジャンケンをしたらパーを出してあたしは負けた。
「交替で作っていこう。最初は若葉ね」
あたしが泣いてすがってもコンちゃんは聞いてくれず、「明日の昼休みに確認をするから教室まで来てね」と突き放された。
勉強そっちのけでなんとか完成させたのがこの練習メニューだったが、早速修正が入ってしまった。
放課後、2年生の教室に向かう。
廊下には1年のダンス部員が結構いて緊張感を和らげてくれる。
それでもガチガチになりながら廊下にいたミキ先輩に作成したメニューを見てもらった。
「うーん、この3つ目のは短すぎない?」
ひと目見ただけでそう指摘された。
あたしは「全体の時間が……」とゴニョゴニョ言い訳をする。
「短すぎるとモヤモヤしない?」と問われ、「あー、そうですね……」とあたしは答えた。
ダンス部の練習は全体の時間が短く、休憩も多い。
メニューは非常に種類が多く、飽きさせない工夫がしてあった。
ただそれだけに動きに慣れるのに少し時間が掛かることがある。
こういう動きをするんだと頭で理解して身体がついていくようになるまでに人にもよるがある程度時間が必要だった。
それだけに、慣れたと感じてすぐに次の練習だと言われたら確かにモヤモヤしてしまうだろう。
あたしはそんなことまで全然考えていなかった。
「どうすればいいでしょう?」とコンちゃんがあたしに代わって質問し、先輩は少し考えてから「これをなしにしよう」と最後の練習項目を削った。
「練習時間が短くないですか?」とあたしが尋ねると、「いまは新しいことをやっているから練習に集中しにくいよね?」と先輩は答える。
今後イベントが近くなると練習が大変になるので、いまは軽めでもいいというのが先輩の判断だった。
これまでまったく知らなかった先輩の凄さを感じて尊敬の眼差しを向けると、「今年の1年は優秀だからこんなのすぐにできるようになるよ」と先輩は笑っていた。
「そんなことないよね」と帰り道でコンちゃんに言うと、「思っていた以上に先輩は先輩だったね」と彼女は感心していた。
突然暦通りの寒さがやって来て、あたしは肩をすぼめて歩いている。
一方、コンちゃんはしっかりマフラーをして寒さ対策は万全だ。
だが、その表情は冴えない。
「奏颯は大丈夫かな」と不安そうな呟きがあたしの耳に届いた。
††††† 登場人物紹介 †††††
晴海若葉・・・中学1年生。ダンス部。中学入学前にダンス部の練習を見て須賀彩花から手ほどきを受けた。その縁から1年生部員の中ではコアメンバーに近いポジションにいる。
紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。晴海若葉と名前がかぶったせいでコンちゃんと呼ばれている。その呼び名には不満があるが、1年のコアメンバーの中では精神年齢が高めなので受け入れている。
恵藤
劉
小倉美稀・・・中学1年生。ダンス部マネージャー。マネージャーのリーダー格で次期副部長候補。みっちゃんと呼ばれている。
三杉朋香・・・中学2年生。ダンス部。国枝美樹と仲が良い。クラスではミキと共にカースト上位に位置している。
国枝美樹・・・中学2年生。ダンス部。トモ同様ダンスは楽しければOK派。それでも与えられた仕事はキチンとこなしている。
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