第562話 令和2年11月18日(水)「憂鬱な小春日和」恵藤奏颯
今日から期末テストだ。
気が重い。
生理も始まってしまい尚更だ。
試験が終わっても教室に残り友だちと喋っていた。
その時間だけ気持ちが安らぐ。
だが、早く帰って勉強しろと先生に追い出され、アタシはとぼとぼと帰り道を歩く。
良い天気だ。
気温も暖かい……というより暑いくらいだ。
こんな良い陽気なら、我を忘れるくらいダンスを踊りたい。
中学生になってアレをするなコレをするなと言われてばかりだ。
テスト前だからだとか、感染症対策だからだとか、小学生の頃に比べて禁止事項がどんどんと増えていく。
服装も女の子らしくしろとよく言われるようになった。
別にどんな服を着たっていいじゃんか。
しかし、親は二言目にはお姉ちゃんたちを見習えだ。
長女の
可愛いし成績も良い。
親の期待にいつも応えている。
かな姉は親の前では妹たちに対し優しそうに振る舞うが、見ていない時は態度が一変する。
特にわか姉にはキツく当たることが多い。
そのわか姉――次女の
勉強はできないし、性格も暗い。
アタシにさえおどおどした態度を取る。
そんな彼女は家族全員から見下されていた。
3人姉妹の三女のアタシはなぜか男の子のように育ち、身体を動かすことが大好きになった。
陸上部の顧問からかなり熱心に誘われたくらい運動には自信がある。
その代わりと言っていいかどうか、頭の出来はわか姉と似たり寄ったりだ。
「あ、早也佳先輩、おはようございます!」
帰宅して居間に入るとわか姉と早也佳先輩が既に勉強を始めていた。
ダンス部に入るまでは早也佳さんと呼んでいたのに、すっかり先輩呼びが定着してしまった。
ほかの部員よりも早也佳先輩との距離が近いことを示す「さん」付けを続けたかったのに、周りの空気には抗えなかった。
そして、そう呼んでいるうちにこちらの方が自然だと感じるようになったのだ。
「こんにちは、
ニッコリ微笑む早也佳先輩は貫禄があり、とても格好いい。
これほど素敵な先輩がわか姉と仲が良いのか不思議で仕方がない。
「早也佳先輩はわか姉に教えるくらい余裕があるんですね」
「そんなことはないよ。昔っからひとりだと集中力が続かないんだ。だから、いつも和奏には助けてもらっているよ」
アタシは立ったままわか姉をチラッと見た。
彼女はこちらを気にすることなく勉強を続けている。
先輩が話を続けてくれそうなので「やっぱり受験は大変ですか?」と聞いてみた。
何の変哲もない質問なのに先輩は真剣に考える。
腕を組み、頭を捻り、しばらく唸った末にたどり着いた結論は「大変は大変だよ。ただ、中学校生活で身につけたことの集大成を発揮する場だと思うようになった」というものだった。
「……集大成ですか?」
「勉強をちゃんとやって来たのならそれを発揮すれば終わりだろうけど、そうじゃない生徒にとっては勉強のやり方だったり、高校や塾の情報収集だったりと様々な攻略が必要なんだ。自分なりの攻略法を編み出すためには中学生の間に身につけた能力が重要になってくるんじゃないかな」
いつの間にかアタシだけでなくわか姉も顔を上げて先輩の話を聞いていた。
早也佳先輩は照れたように後頭部に手を当て、「1年の時からしっかり勉強していたらこんな風に慌てることはなかったんだけどね」と苦笑する。
話が一段落したところで、あまり勉強の邪魔をしていてはいけないとアタシは自分の部屋に向かおうとした。
しかし、アタシは足を止める。
どうしても聞いておきたいことがあった。
勉強に手がつかないのは自分の責任だが、この問題で頭を悩ませているからでもあった。
「あの……」と口を開くと、驚いた顔で早也佳先輩がアタシを見上げた。
「辻先輩のことなんですが……」というアタシの言葉にすかさず早也佳先輩が表情を引き締めた。
「どうかしたの?」と問う先輩の声は穏やかだが、目つきは険しくなっている。
「どうして辻先輩が部長なんですか?」とアタシは単刀直入に尋ねた。
ダンス部に入部して3ヶ月以上が過ぎた。
それぞれの人となりやダンスの実力が分かってくる時期だ。
特に最初はとても凄い人のように感じていた先輩たちの本当の姿がだんだん見えてくると、後輩なりにいろいろ思うところは出て来る。
「何が不満なの?」と早也佳先輩もズバリと切り込んできた。
アタシは天井を見つめながらどう答えるか思案した。
ここ最近溜め込んでいた不満が怒濤のように押し寄せてくる。
「笠井部長や早也佳先輩みたいな頼り甲斐はありませんし、ひかり先輩ほどとは言いませんがほのか先輩や沙羅先輩と比べてもダンスは上手くないじゃないですか」
アタシは視線をゆっくりと下ろし、早也佳先輩に面と向かった。
言葉が堰を切ってあたしの口を衝いて出てしまう。
「それなのに自分たちで決めたことを押しつけてくるし、こちらの話は聞いてくれないし、納得できません!」
思いをぶちまけて少しスッキリしたが、一方で早也佳先輩の反応が怖かった。
視界の隅ではわか姉が厳しい表情をこちらに向けているのが見えた。
「部長のダンスの腕は自分よりも下手だと思ってる?」
そう早也佳先輩に問われ、アタシは正直に頷いた。
先輩は再び腕を組むと、言葉を選びながら言った。
「ダンスの上手い下手で相手をランク付けしたい気持ちは分かる。あたしもしていたしね。だけど、それは間違ってる」
そうハッキリ否定されてアタシは呆然と立ち尽くす。
憧れの人からそんな風に言われて、自分のすべてが否定されたように感じた。
「ダンスの実力はあくまでダンスの実力。もちろん、それだけ頑張った証でもあるけど、それでもその人の評価基準のごく一部に過ぎない。奏颯があかりよりも上手いのは確かだろう。じゃあ、いますぐ奏颯に部長が務まるかと言えば、あたしにはできるとは思えない」
「……できます」
アタシ自身が自分の口から出た言葉に驚いていた。
先輩に反論したことに居たたまれない気持ちになる。
アタシは駆け出す。
呼び止める声も聞こえたが、構わずに脱ぎ散らかした靴を履くと外へ飛び出した。
着替えもしていない。
制服姿のままだ。
このままどこまでも走って行きたかった。
だが、家を出た直後に頭がふらついた。
寝不足、ストレス、生理痛、空腹、暑さ、絶望、怒り、やり切れなさ、涙。
ありとあらゆるものが心と身体の中で渦巻いた。
立っていられなくなり、アタシはうずくまる。
「奏颯ちゃん!」と大声で駆け寄ってきたのはわか姉だった。
「大丈夫? 大丈夫?」とひたすら心配して寄り添ってくれるわか姉の存在がアタシに安心感を与えた。
……なんだ、良いとこあるじゃん。
アタシや家族が見ていないわか姉の姿をきっと早也佳先輩は見ていたのだろう。
††††† 登場人物紹介 †††††
恵藤
山本早也佳・・・中学3年生。元ダンス部。役職はなかったがダンス部の中核メンバーとして活躍した。後輩からの人気も高かった。なお、奏颯が飛び出して行ったあと彼女は言い過ぎだったと頭を抱えていた。
恵藤
辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。ダンスの実力もカリスマも自分は足りていないと認識している。
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