第554話 令和2年11月10日(火)「宇宙人」水島朋子
昼休み、うちらはリア充たちから距離を置き、教室の片隅に陣取っていた。
現実はあたしを避けて誰も近づいて来ないと言った方が正解かもしれない。
4月に入学して以降――と言っても学校再開は6月からだったが――休み時間にクラスメイトから話し掛けられた回数なんて数えるほどしかなかった。
「それがさあ、びっくりしたんだよ」
いつもこんな調子で喋っているのはくっきーだ。
あたしの前でも怯えない稀有な存在だが、それは人間ができているからというよりもよく分かっていないからだろう。
それをあたしはふんふんと相づちを打っている。
もうひとり、上野ほたるはマイペースに窓から外を眺めていたり、ノートに絵を描いていたりしていることが多い。
見た目はおとなしそうな普通の女子だが、つかみどころがない印象だ。
いまは黙々とノートに何かを書いているようだ。
くっきーは少し声を潜め「部長と副部長、できてるみたいなんだよ!」と衝撃の事実を語るかのようにあたしに囁いた。
さあ驚けという顔のくっきーを尻目にあたしは「ふーん」と受け流す。
「なんでそんなに平静でいられるのよ! 女同士だよ! マジかって話でしょ?」とくっきーは興奮気味だ。
その声の大きさから周りに会話の内容が漏れていないかとあたしは教室を見回す。
幸いというか、こちらを気にする生徒はいないようだった。
あたしはくっきーをひと睨みしてから、「いいじゃん。好きにすれば」と興味がなさそうに告げた。
そもそも誰が誰を好きだとかまったく興味がない。
それが女同士だろうと男同士だろうとだ。
「えー、マジ、ヤバいじゃん!」
「何が?」
「えー、だって……、あたしが襲われるかもしれないじゃん」とくっきーは最後は聞こえないくらい小声になった。
「別に女なら誰だって言い訳じゃないだろ? それを言うならクラスにゴロゴロいる男子の方が危険じゃん」
「それはそうだけど……。だけど、水島は平気なの? 女の子とつき合える? キスとかできる?」
「はぁ? なんであたしの話になるんだよ」
女相手だろうと男相手だろうとキスなんてこっぱずかしくて想像すらできそうにない。
くっきーがエロ過ぎというか想像力がたくましすぎるだけだろう。
あたしはそう思い、「上野はどう思う?」と声を掛けた。
ノートから顔を上げた上野は「何の話?」と聞く。
あたしたちの話を聞く気がなかったようだ。
「手芸部の部長と副部長がつき合ってるみたいなのよ。女同士でだよ。おかしいでしょ!」とくっきーが上野に同意を求める。
上野は少し首を捻る。
あたしが「別に変じゃないよな?」と聞いても無言のままだ。
焦れたくっきーが「つき合ったことのないお子様には分からないのよ」と自分を棚に上げて上野をバカにした。
「つき合っているよ。美術部の先輩と」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
分かった瞬間、教室中に轟き渡るような声で「はあああああああ?」と叫んでしまった。
上野は耳を塞ぎ、くっきーからは「うるさいよ」と窘められた。
クラスメイトの反応は怖くてうしろを振り向けない。
あたしは咳払いをひとつしてから「どういうことだよ?」と上野に聞いた。
だが、上野は耳を塞いだままなので聞こえないようだ。
あたしとくっきーのふたり掛かりで上野の耳を覆う手を引き離し、改めて「どういてこと?」と問い質す。
くっきーも興味津々といった表情で「相手はどんな人?」と尋ねた。
「先輩に訊いたの。部長――引退した前の部長のことが好きなのかって」
上野は相変わらず能面のように自分の感情を欠片も見せずに話す。
声も抑揚がなく、淡々としたままだ。
とてもこれから恋バナをするとは思えない。
「先輩はもの凄く憧れているけど、好きとは違うって。なら、つき合おうって言ったの」
……ちょっと待て。
意味が分からない。
「先輩ってどんな人? 素敵? 格好いい? 背は高い?」とくっきーは経緯よりも相手が気になるようだ。
しかし、うちの学校の美術部って……。
あたしがくっきーに注意する前に、「絵を教えてくれている人。くっきーにも紹介したでしょ」と上野はなんの躊躇いもなく教えた。
「ええええええええーーーー!」
あたしの先ほどの悲鳴を上回る大声が教室にこだました。
さすがにクラスメイトたちも訝しげな顔でこちらをちらちら見ていた。
だが、あたしと目を合わすとサッと逸らす。
みんなあたしを不良だと思って怖がっているからだ。
「えっと、山口先輩だっけ?」と固まってしまったくっきーを放っておいて、あたしは上野に確認した。
上野はこくりと頷く。
その顔に恥じらいといった感情は一切見られなかった。
「本気なの?」と問い詰めると、上野はまた小首を傾げた。
「真面目につき合えるのかって聞いているの」とあたしは彼女の態度に少し声を荒らげた。
「真面目につき合うって?」と上野はキョトンとした顔で問い返す。
「えーっと……、分かるだろ?」と言うが、「分からない」とあっさり返された。
いざ問われるとどう説明していいのか分からない。
相手を大事にしろとかだろうか。
でも、それは友だち同士でも言えることだ。
同性同士の恋愛となると、なおさら愛情と友情の違いが分からなくなってくる。
「ねえ、キスした?」とようやくフリーズが解けたくっきーが話に割り込んできた。
「した」というあっさりした返答にあたしはまたも目を見開いた。
さすがに今度は声は出さなかった。
いや出せなかったと言うべきかもしれない。
「どうだった? どうだった?」と身を乗り出すくっきーに、上野は平然と「普通」と答える。
何が普通なのかさっぱり分からない。
あたしが頭を抱える横で、羨ましそうな顔をするくっきーに上野は「やってみればいい」とさも簡単なことのように勧めていた。
「相手がいないよ」
「水島とやれば?」
くっきーはあたしの顔を見て「いやいやいや、むりむりむり」と顔を真っ赤にした。
あたしだって顔が赤くなる。
「先輩はちゃんとOKしたのか?」とあたしは大事なことを聞いておいた。
上野は女子としては平均的な体型と運動能力の持ち主だ。
無理やりとは考えにくいが、先輩も似たような体型だったはずだ。
「つき合う記念と、一度経験したいからって言ったら照れてはいたけど最後は首を縦に振ってくれたよ」
そこに愛はないのかと聞きたくなったが、なんだか怖くなってそれ以上は聞けなかった。
変わり者だと思っていたものの想像以上だ。
あたしは宇宙人を見るような目で上野を見た。
怖いとは思わないが、どう接していいものやら……。
たぶん上野はこのグループから抜けてひとりになっても平気な顔で過ごすことだろう。
それってあたしが負けた気になってしまいそうだ。
「とにかく、つき合う以上はその先輩を泣かすようなことはするんじゃないぞ」
精一杯虚勢を張ってあたしは上野に言った。
彼女は抑揚のない声で「分かった」と答えた。
その何も映さない瞳を見て、あたしは一抹の不安を感じる。
この常識外れの存在を友だちとして受け止めていけるのか。
上野は黙り込んだあたしに関心を示さず、再び視線をノートに落としていた。
††††† 登場人物紹介 †††††
水島朋子・・・中学1年生。本人は不良ではないと主張しているが誰も信じてくれない。名前で呼ばれることを嫌っていて、自身も他人を名字で呼ぶ。
上野ほたる・・・中学1年生。来年の文化祭でファッションショーを開催するために美術部部長に就任した。
朽木
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