第527話 令和2年10月14日(水)「旧敵」原田朱雀
「大変だったの。あかりを取り合って、沙羅ちゃんと秋田さんが激しく言い争って……」
登校して顔を合わせるなり、ももちゃんが身振り手振りを交えながら昨日の出来事を教えてくれた。
放課後の体育館でファッションショーの練習の合間にトラブルが起きたそうだ。
女子だけのダンス部の部員間で修羅場っていったいどういうことだと思ってしまうが、目の前の彼女は悲しそうに眉尻を下げていた。
「それで?」と続きを促すと、「琥珀ちゃんがいなかったし、みんなどうしていいか分かんなくて……」と泣き出しそうな声だ。
わたしも眉間に皺を寄せる。
文化祭で開催されるファッションショーは、実はファッションがメインではない。
そう銘打ってはいるが、モデルの人数もパフォーマンスの量もダンス部が多数を占めている。
着飾ってウォーキングを行う”チーム日々木”や生徒会役員にも頑張ってもらうが、ショーの成否はダンス部に掛かっていた。
ダンスで盛り上げてもらわないとすべての計算が狂ってしまう。
「ヤバいよね……」
そう呟いて、わたしは唇を噛み締めた。
何か協力できないかと詳しい事情を教えてもらう。
ももちゃんによると、ダンス部の2年生部員には部長のあかりちゃんがほのかちゃんを贔屓しているという不満があるそうだ。
ほのかちゃんはダンスの実力はあるが、人当たりがキツく、部員の間では敬遠されがちだ。
プライベートで仲が良いのはいいが、それをダンス部の中にまで持ち込むことには抵抗があり、ほとんどの部員は今回のトラブルに距離を置いていると話してくれた。
「人数が多いと大変だね」とももちゃんを慰めながら、わたしは耳が痛いと感じていた。
手芸部は現在部員はわずか3人だ。
しかし、人が3人いれば派閥ができるなんて言葉を聞いたことがある。
幸い手芸部ではそのような人間関係のトラブルは起きていないが、部長のわたしは幼なじみのちーちゃんを優遇しているのは間違いない。
もうひとりの部員であるまつりちゃんには申し訳ないと思いつつも、差がつくのは避けようがない。
「協力が必要なら言ってね」とももちゃんの肩に手を置いていると、「おはようございます」とまつりちゃんが登校してきた。
「どうかしたの?」と親友のももちゃんを気遣うまつりちゃんに、わたしは「おはよう」と挨拶を返し、早速仕事を任せることにする。
「今日は”チーム日々木”は衣装合わせがあるから、放課後のクラスの指揮はまつりちゃんにお願いするね!」
まつりちゃんにもっと仕事を振らないとダメだよねとわたしは反省した。
つい、ちーちゃんにばかり頼み事をしてしまうのだ。
まつりちゃんは目を白黒させながら「え、え、えー!」と驚いているが、「まつりちゃんならできるよ! 信頼しているから!」と声を掛けて背中を叩いてあげた。
やり取りを黙って見ていたちーちゃんは何か言いたそうだったが、これで大丈夫だろう。
ダンス部の件はこちらからは口出ししにくい問題なので、何かあったらすぐに動けるようにしておこうと頭の中にメモしておいた。
授業中もファッションショーの準備をコソコソやっていたら、あっという間に放課後になった。
この前の週末に活動できなかったことで準備は遅れ気味だ。
仕事は山積し、考えることも大量にあった。
「ショーのスケジュールを分単位で決めないといけないよね。通し稽古ができるのはいつになるかな……。もう終わっているはずだった生徒会メンバーの衣装決めは今日のうちにやらないとマズいし、衣装のレンタルについても話し合っておかないと……。あとは、そうね。生徒会役員の練習の進捗も聞いておいた方がいいよね……」
そんなことをブツブツ呟きながら指を折り、わたしはひとりで多目的室に向かった。
このところこの部屋で過ごす時間が長い。
手芸部の部室に行く暇もない状況だ。
定期テストが終わって文化祭モードに入り、生徒会役員も忙しくなってきたようだ。
なかなか集まることができず、今日もほかの用事を済ませた時間に集合することになった。
「それまでにやれることをやっておかないと……」とわたしはプリントアウトした写真を机に並べていく。
週末のうちに手持ちの服を写真に撮ってもらったのだ。
本当は服を持ち寄って誰が何を着るか決める予定だった。
だが、学校が使えなくなり、こうして写真でとなってしまった。
着た姿をイメージしながら配置しているとドアが開いた。
まだ集合時間には間があるはずだ。
顔を上げると、長身の女子がずかずかと入ってくるのが見えた。
「何? それ」と写真をのぞき込んだ久藤が挨拶もなしにわたしに尋ねた。
「撮ってもらった服の写真」と事務的な口調でわたしは答え、「ひとり?」と物珍しげな視線を送る。
生徒会の仕事の時はたいてい小西と一緒だ。
わたしは久藤の他人を支配しようとする目が嫌いだった。
だが、小西のおっかなさはそれ以上に苦手だ。
「ハルカは職員室に呼び出し」と質問に応じてから、「そんなの、スマホに送ればいいじゃない」と彼女はわたしのやり方にケチをつけた。
「この方が見比べやすいんだよ」と言いながらわたしは作業を続ける。
久藤はフンと鼻を鳴らしてから席に着いた。
自分の鞄から紙を数枚取り出す。
そして、それをわたしに差し出した。
「これは生徒会役員の練習の進み具合を確認したもの。こちらは衣装のレンタル費用に関する資料ね。生徒会顧問に確認も済ませたわ。この額までならすぐに出してもらえるそうよ」
「あ、ありがとう」と言って受け取った用紙を確認した。
どちらも分かりやすくまとめられていた。
予算の方はもう少し欲しいところだが、目安が分かっただけでもありがたい。
「久藤って意外と仕事ができるな」
褒めたつもりだったが、久藤は不快そうに顔を歪めた。
1年の時は同じクラスだったので勉強ができることは知っていたが、こうした仕事をこなすイメージはなかった。
策士っぽいずる賢さは感じていたから能力を疑っていた訳ではなく、やる気を見せたことに驚いたといった方が正しいかもしれない。
「生徒会に入ったのって内申目当て?」
「そう思ってくれていいわ」と久藤はぶっきらぼうに答える。
「生徒会長を目指しているの?」
彼女は自分のスマホを取り出し、画面を見始めた。
マスクを外し水筒からお茶か何かを飲む。
もう質問に答える気はないのかと思っていたら、しばらく経ってから口を開いた。
「入った時はそんな気はなかったけど、いまはそれを視野に入れているわ」
そう答えてから長い髪をかき上げ、再びマスクをつける。
彼女から何か余裕のようなものが感じられた。
1年生の時にはなかったものだ。
敵味方を区別し、敵に対しては容赦のない視線を送っていたのに、いまはそういった刺々しさが薄れている。
「何か、変わった?」というわたしの曖昧な質問にも、「ちょっとね」と彼女は応じた。
こんな風に久藤とふたりきりで落ち着いて話したのは初めてのことだ。
あれほど忌み嫌っていた相手なのに、いまはわたしも穏やかな気持ちで接することができている。
しばらく沈黙が続き、それをどう受け取ったのか、久藤は「私が生徒会長になるのは不安?」と問い掛けてきた。
わたしは作業の手を止め、上を向いて「不安と言えば不安だけど……」と声に出す。
「でも、いまの久藤なら生徒会長の姿がしっくりくるような気がする」
彼女が権力を持つと不安なのは間違いない。
特に手芸部にとっては危機だろう。
そもそも今年度は特例で存続を許されたが、部員不足で廃部の危機なのだ。
彼女が生徒会長になれば赤子の手をひねるくらい簡単に手芸部を潰してしまえるだろう。
わたしの返答を聞いた久藤は微動だにせずにスマホを見つめていた。
彼女と仲良くなる気はない。
仲良くなれるとも思っていない。
たとえ手芸部が潰されるとしても媚びを売ったりは絶対にしない。
ただ、馴れ合うことをしなくても、いがみ合う必要はない。
いまの久藤となら。
「感謝しておくわ」と思い出したように彼女は口にした。
彼女は変わった。
たぶん、わたしも変わったのだろう。
いまはファッションショーの成功が最優先課題だ。
仕事ができるヤツには目一杯働いてもらおう。
わたしはニヤリと笑うと、頭の中で彼女に押しつける仕事をリストアップしていった。
††††† 登場人物紹介 †††††
原田朱雀・・・2年2組。手芸部部長。文化祭のファッションショーのプロデューサー役を担っている。
本田桃子・・・2年2組。ダンス部の中で沙羅といちばん仲が良い。
鳥居千種・・・2年2組。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。
矢口まつり・・・2年2組。手芸部。朱雀に強引に手芸部に入れられた。
辻あかり・・・2年5組。ダンス部部長。自分を巡ってケンカが起きるなんて初めてのことで頭が真っ白になった。とりあえず練習は中止となり、調整を琥珀に頼むことしかできなかった。
秋田ほのか・・・2年1組。ダンス部副部長。人望がないことは自分でも分かっている。
藤谷沙羅・・・中学2年生。支援教室に通っている。ダンス部。
島田琥珀・・・2年1組。ダンス部副部長。こういう時ばかり当てにされても……と嘆いているが、さすがにこの事態は動かざるを得ないと認識している。
小西遥・・・2年4組。不良。アサミの親友。
久藤亜砂美・・・2年1組。生徒会役員。クラスでは支配的な態度を変えていないが、以前よりは丸くなったと言われることは多い。
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