第526話 令和2年10月13日(火)「夏の残り香」辻あかり
ホームルームが長引いたため体育館にあたしが着いた時にはもうほかの2年生部員たちは練習を繰り広げていた。
先週の寒さが嘘のように今日は少し早足で歩いただけで汗が噴き出る。
今日はマネージャーがいないので、以前のように自分でタオルや飲み物を隅にまとめておく。
「ごめん、遅れて」
あたしがそう声を掛けるとほのかがホッとした顔をこちらに向けた。
今日は琥珀がいないので、ほのかひとりでは指導が不安なようだ。
言葉遣いや態度を改めようと心がけてはいるが、人に教えようとすると染みついたものが出てしまう。
琥珀は考え方から変えないと無理じゃないかと言っていた。
思っていることはどこかに出てしまうそうだ。
ほのかに代わってみんなをまとめていたのはももちだった。
彼女はほのかとは違って性格的には問題がない。
ダンスの技術など足りないところも多いが、持ち前の明るさでカバーしている。
「どんな感じ?」とほのかに尋ねると、「基本部分はこれでいいんじゃない」と素っ気ない言葉が返ってきた。
「あたしがいなくて寂しかったからって拗ねないでよ」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
わたしが小声で囁くとほのかが大声を出して反応し、ほかの部員たちの視線を集めた。
まあ、またやってるくらいの生暖かい視線だったりするが。
今日はダンス部の練習ではなく、文化祭で行われるファッションショーの練習だ。
だから参加は2年生だけ。
後輩がいたらこんな弛んだ雰囲気は見せられない。
「集合!」と号令を掛けて、あたしはみんなを集めた。
各自タオルやドリンクを手に取ってからあたしの周囲にやって来た。
ここに来る前に寄った多目的室でもらったプリントをみんなにヒラヒラと示して、決まったことを読み上げた。
「ダンス部は3人1組で登場し、軽い感じでランウェイを歩いて行きます。いちばん先でちょっとしたダンスを踊って戻ります。組み合わせを変えてひとり2回ウォーキングをします」
「同じ服装?」と部員から質問が飛ぶ。
「うん。着替える余裕はないみたいだね。ただ何か考えるかもって言ってた」
「ちょっとしたダンスってどうするのよ?」と聞いたのはほのかだ。
さっきまで練習していたダンスはウォーキングをしたあとに全員で踊るもので、ほのかに振り付けを考えてもらった。
ショーへの参加が決まってから時間があったので、ほのかは凝ったものを作りたがった。
ただスカートを穿いて踊るという制約があるため、あまり難易度は高くないようにお願いした。
その点は不満なようで、あたしにだけは愚痴を零すことがあった。
「グループ分けして、グループごとに考えるのでいいんじゃない?」
具体的な指示はなかったので、それっぽい振りを見せれば十分だろう。
それよりも問題は……。
「グループ分けはくじ引きでいいかな?」
2年生部員はそんなに人数は多くない。
それでも仲の良い者同士で固まることが多い。
あたしもほのかといつも一緒にいるから他人のことを言えた義理ではない。
ただ部長になると、部員同士のそういった垣根は取り払った方が良いと感じてしまう。
反対意見は出なかったが、賛成の声もない。
誰か反対しろよという空気で、みんながお互いの様子をうかがっていた。
あたしは誰も何も言わないのをいいことに自分の提案を推し進めた。
「それじゃ、くじ作るね」と言って、ノートにあみだくじを書く。
グループナンバーを書いたところを折って見えなくして、全員に1本ずつ線を書き加えてもらってから自分の場所を決めてもらう。
ひとりひとり反応を見ながらどのグループになるか線をたどっていくのが楽しいのだが、残念ながらいまは時間が惜しい。
「自分で確認して。それから1番から順に集合してね」
折っていた部分を広げてそう呼び掛ける。
あたしは自分の分と誰も引かなかったところ、すなわち琥珀の分を確認する。
「あたしも琥珀も2番か」
これでほのかも2番ならくじ引きにした意味がない。
だが、同じグループのもうひとりはミキだった。
ほのかは1番を引き、藤谷さんやトモと同じグループになった。
「よろしくね」とミキに挨拶してからほのかの様子をうかがう。
ミキも親友のトモがいるのでそちらが気になるようだ。
実際、ほのかと藤谷さんの間に挟まれたトモは困った顔をしている。
大変そうな組み合わせだが、3人で歩いてターンのひとつもして戻って来るだけだ。
トラブルは起きないはず……。
藤谷さんが何か呟いてそれがほのかの耳に入ったようだ。
眉間に皺を寄せムッとしているのが見えた。
トモとももちを交替した方がいいかなと思いながら、あたしはシャッフル後のグループ分けの方法を考えた。
「顔合わせが済んだようだし、後半のグループ分けを決めよう」
あたしは決まったグループ分けをノートにメモしてからみんなに告げた。
ゾロゾロと集まってくる顔を見る限り、前半の分け方を喜んでいるのは少数派のようだ。
「後半はグループのリーダーの指名ってことにしよう」
完全なくじ引きよりはいいんじゃないかという空気が広がった。
あたしは再びノートにあみだくじを作る。
リーダー役をくじで決めるのだ。
先ほどの要領でくじを引いてもらい、今度は当たりのところから線をたどっていく。
「ミキ、ももち、藤谷さん、ほのか。この順番でひとりずつ指名してね。さっきのグループと同じメンバーはできるだけ避けて」
ミキは笑顔でトモを指名した。
ももちはあたしの顔をうかがってから琥珀を指名した。
たぶん、ほのかに気を使ったのだろう。
次は藤谷さんだ。
彼女は部内で浮き気味だが、最近はトラブルもなく普通に過ごしている。
ももちとはよく話しているところを見かけるし、機嫌が良い時はほかの子たちと笑顔でお喋りをしていることもある。
ダンスの実力はほのかと並ぶほどで、本来なら部の運営にもっと協力して欲しい人材だ。
しかし、発達障害があるそうで、気分にむらがある。
それに、あたしとほのかに対して距離を取っている。
入部したての頃の対立が尾を引いているのか、あたしたちには近寄ってこなかった。
「藤谷さんは誰を指名する?」
あたしの問い掛けに彼女は首を捻った。
なかなか答えないので次の順番であるほのかは苛立たしげに顔をしかめている。
藤谷さんのトレードマークである黄色いヘアピンを眺めながら、あたしは辛抱強く待った。
「……辻」
「あたし?」と驚いて問い返すと彼女はそっぽを向いた。
ほのかが睨んでいるので聞き間違いではないようだ。
あたしは藤谷さんの側に行くと、ほのかに次の指名を促す。
そして、こちらを見ようとしない藤谷さんに「よろしく」と話し掛けた。
藤谷さんがゆっくりと振り向く。
その顔はなぜか怒りに満ちていた。
あたしは呆然と彼女の顔を見つめる。
「あんな女のどこがいいの?」
もの凄く恨みがこもった声があたしの耳に届いた。
この突然の修羅場にあたしは為すすべなく立ち尽くしていた。
††††† 登場人物紹介 †††††
辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。テストの結果を聞かれるのでほのかに会いたくなかったが、そういう訳にもいかず……。
秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。ダンスの実力は部内トップクラスでそれを自負している。口が悪くコミュニケーションは下手。
島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。コミュニケーション能力は高いが多忙なため副部長の役割をほのかと分担することに。
本田桃子・・・中学2年生。ダンス部。クラスでも部活でも優しい友人に囲まれ自信をつけた。最近は大事な役割を任されることも。
国枝美樹・・・中学2年生。ダンス部。
三杉朋香・・・中学2年生。ダンス部。
藤谷沙羅・・・中学2年生。ダンス部。発達障害と診断されたが、それだけではないような……。ダンスの実力はほのかと双璧。
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