第490話 令和2年9月7日(月)「愛の力」辻あかり
昼休み、廊下でほのかにばったり出会った。
土日に顔を合わせなかっただけなのに、なんだか久しぶりな気がしてしまう。
部活や自主練で土日でも一緒にいる機会が多かったからね。
それがいまは運動会前でクラスの創作ダンスに集中している。
LINEでは繋がっていても、こうして会うのはまた別だ。
「どんな感じ?」
あたしは平静を装ってほのかに声を掛ける。
先週の月曜日のあの時以降、ほのかの顔をまともに見ることができない。
しかし、あたし以上にほのかはぎこちない態度だ。
顔を真っ赤にして目を伏せ、「別に、普通よ」とぶっきらぼうに話す。
「そ、そう……」
「そうよ」
ふたりだと会話が続かない。
困ったなあとあたしは後頭部に手を当てる。
首筋が熱を持ったように熱い。
あたしも血が上って顔が赤く染まっていそうだ。
幸いほのかには気づかれていないようだが。
「なにお見合いしてるん?」と琥珀が呆れ顔で近づいてきた。
「な、何を言っているのよ!」と慌てるほのかを見て、あたしはホッと息を吐いた。
琥珀に食ってかかるほのかは一時期の落ち込んだ姿ではなかった。
以前の、傲慢というと言葉が悪いが自信に満ちた彼女らしさが垣間見えた。
「雨やからもっと涼しくなるって期待してたのに暑いなあ。特にここは」
琥珀が思わせぶりに笑みを浮かべる。
ほのかが怒ったところで動じない。
琥珀もショックを受けていたようだが立ち直ったみたいだ。
「1組は体育館?」とあたしはふたりに質問した。
運動会まで1週間を切り、そこで披露する創作ダンスの練習もラストスパートに入りつつあった。
今日は雨で放課後の練習場所としてグラウンドが使えそうにない。
主力メンバーだけの練習なら教室や廊下で行うことも可能だが、クラス全体での練習は体育館でないとできないだろう。
「先週はほのかが休んでバタバタしてたんやけど、久藤さんが体育館を確保してくれとったんよ」
「実行委員会で代理を務めていたね」とあたしは頷いた。
放課後の体育館の使用は運動会の実行委員会で割り当てが決まる。
グラウンドは広々としているが暑いし日焼けも気になるため体育館の方が人気だ。
各クラス公平にできれば理想だが、どうしても声が大きい人間の言うことが通りやすい。
運動会の実行委員は各組男女1名ずつだ。
創作ダンスは女子が中心なので練習場所を決める時も女子の委員が主導権を握っている。
先週の委員会で1組は実行委員のほのかが欠席し、代わりに男子が話し合いに加わった。
だが、女子同士の激しいやり取りの中には入っていけず、1組は体育館を使用できなくなりそうだった。
あたしは5組の実行委員なので、可哀想だと思いつつも口出しはできずにいた。
ほぼ決まりかけだった状況を覆したのが久藤さんだ。
彼女は生徒会役員として委員会に参加していた。
1組の不利を見かねて口を挟んできた。
急に実行委員の代理を名乗ったことに抗議する女子もいたが、久藤さんが睨むと何も言えなくなった。
結果的に1組はほかのクラスと同じ程度体育館を使えるようになった。
「ああ見えて意外とクラス思いなんだね」とあたしが感想を漏らすと、琥珀とほのかは揃って顔をしかめた。
「ダンスは好きやと思うんよ」と言ったのは琥珀だ。
「さすがに嫌がらせだけで創作ダンスを考えたりせえへんやろし」
アレンジという形ではあるが久藤さんはほのかが考えた創作ダンスより良いものを作り上げた。
ほのかはダンスの技術は高いが、創作という点では型にはまったものを作る傾向にある。
「あいつならやりかねないわよ」とほのかは辛辣な意見だったが、「好きだという琥珀の考えは否定しない」とそこは認めた。
運動会の創作ダンスはクラス対抗の意味合いがあるので、ほかのクラスのことを根掘り葉掘り聞くことはできない。
それでも心配なのでどうしても「うまくやれてる?」と聞いてしまう。
「私が平身低頭に謝って久藤が寛大に許すって儀式をみんなの前でやったからね」
「クラスは完全に彼女に牛耳られて、うちらは肩身が狭うなったんよ。うちのミスやから仕方ないんやけど」
実行委員のほのかがトラブルを起こし、久藤さんが頑張ってそれを解決したとクラスメイトたちからは見えているのだろう。
ほのかに色々と吹き込んだことをみんなは知らない。
それを明かしたところで状況が変わるとも思えない。
「まあクラスのことはうちらでやるしかないんやし、あかりに心配掛けんように頑張るわ」
琥珀はサバサバした表情でそう言った。
起きたことは仕方がない。
これからどうするかが大切だと気持ちを切り替えられたようだ。
「ほのかはファッションショーの会議でも久藤さんと一緒なんやろ。あかり、ちゃんと守ってあげなあかんよ」
琥珀の言葉にほのかがチラッとこちらを見た。
それだけでも照れてしまいそうになるが、あたしはニッコリ笑って「任せて」と請け負う。
すると、ほのかはまた顔を赤くしてそっぽを向いた。
琥珀はそんなあたしたちのやり取りを見て、笑いを堪えるのに必死という顔をしていた。
「5組は順調なん?」
なんとか笑いを噛み殺すことに成功した琥珀があたしに尋ねた。
あたしは肩をすくめて、「時間がね……」と答える。
ほかのクラスより遅れている上に、今日は雨でグラウンドが使えなくなった。
ボーッと座っていても解決策が浮かびそうにないので、こうして歩きながら考えていたのだ。
ほのかが気遣うようにこちらを見た。
これまでだったら「他人の心配をするより自分の心配をしなさいよ」くらい言いそうなのに、彼女の目は「大丈夫? 手伝おうか?」と言っているようでなんだかむず痒い。
あたしはほのかの不安を和らげるように「1年生に見られて恥ずかしくないものにはするよ」とキッパリ言い切った。
それは自分自身に言い聞かせるためでもあった。
あたしはダンスの腕はたいしたことがない。
それでもダンス部の次期部長として後輩たちを納得させるだけのダンスを見せたかった。
「あかりには愛の力があるから大丈夫そうやね」と琥珀が笑う。
「そんなことを言ったら、ほのかを5組に連れて行くよ」とあたしはどさくさに紛れてほのかをギュッと抱き寄せた。
ほのかは慌てて抵抗しようとするが、その力は弱い。
制服越しにほのかの体温が伝わってくる。
あたしは”ほのか分”を補充できたことで元気が出た。
琥珀は好きにしてって顔をしている。
彼女の言う通り愛の力があればなんだって乗り越えていけるのだ!
††††† 登場人物紹介 †††††
辻あかり・・・2年5組。ダンス部次期部長。運動会実行委員。先週の月曜日に親友のほのかが青ざめダンス部を辞めると口走りそうになった時に先んじてその口を塞いだ。自分の唇で。
秋田ほのか・・・2年1組。ダンス部。運動会実行委員。先週の月曜日の事件以降意識しすぎてあかりの顔をまともに見ることができなくなった。
島田琥珀・・・2年1組。ダンス部次期副部長。学級委員。ふたりのイチャイチャぶりを間近に見て真剣に悩むことがアホらしくなった。
久藤亜砂美・・・2年1組。生徒会役員。育った環境もあって親友のハルカ以外を対等とみなしていない(歳上は除く)。
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