第423話 令和2年7月2日(木)「部活再開」辻あかり
「案外良い奴じゃん」とあたしが言うと、ほのかはまったく同意する気がないように顔をしかめた。
「大ごとにしたないんやろうなあ」と琥珀もうんざりした表情で語った。
金曜日にほのかがいじめの現場に遭遇した。
助け出そうとしたところ反撃に遭いそうになり、そこを久藤に助けられた。
月曜日にはいじめをしてした男女4人を連れて、ほのかといじめを受けた女子のところへ謝りに来たそうだ。
それを聞いた上での久藤に対する感想だったのに、同じクラスのふたりはこれっぽっちも良い奴とは思っていないようだ。
琥珀は「あの子、先生への受けはええんよ。成績ええし、彼女自身は表立って問題起こさへんし」と零す。
彼女は学級委員に指名され、問題児の扱いに手をこまねいている状態だ。
「すぐに反省して謝罪したから、今回は先生たちも大目に見たみたいだしね」とほのかが言うと、「去年いじめがあった時に怖い先輩たちにいろいろ言われたそうなんよ」と琥珀が情報通ぶりを披露する。
「あー」とあたしは呻き声を上げる。
中学生になると先輩に睨まれることは先生から注意されるよりもキツく感じることがある。
特に頭に浮かんだあの先輩は敵に回したくない。
「そやから、グループの外ではあからさまな嫌がらせはせえへんねんて。その代わり、グループ内でのマウントの取り合いが凄いみたいよ」
琥珀は侮蔑した目つきでそう語ったが、この年頃の女の子の集団であればどこも似たようなものだろう。
ダンス部は風通しが良い方だが、ダンスの実力によって相手を見下したりする行為がまったくない訳ではない。
ソフトテニス部のように誰と仲が良いかでマウントを取り合うよりかは健全だと思うが。
「あたしとしては部長がキレずに済んだから謝ってくれてラッキーって感じだったけどね」と微笑む。
恐れていた通り、部長はほのかが金曜日の出来事を伝えた時には教室まで乗り込むほどの勢いだった。
あたし、ほのか、琥珀が全力で宥めたことや久藤がすぐに事を収めたことで部長の怒りは収まった。
部員としては頼もしい部長の姿だったが、廃部の危機を告げられている中で問題は起こしたくない。
こちらとしても大ごとにならずに済んでホッとする気分だった。
昨日から部活が再開した。
新入生を勧誘する場はなく、プリントを配り校内放送で顧問の先生が活動紹介をするだけだったが、昨日も今日も1年生の女子が数多く見学に訪れている。
今日は梅雨の中休みで、カラッとした暑さとなった。
グラウンドでは降り注ぐ日差しの下でこまめに休憩を挟みながら練習を続けている。
「暑いから水分はちゃんと摂取してね! 少しでも気分が悪くなったら無理しないようにね!」と副部長が見学者にも声を掛けて回っている。
現在AチームBチーム関係なく新しいダンスに取り組んでいる。
ダンスの振り付けは事前にひとりひとり動画が送られ、自主練でマスターしておくように言われていた。
部活動では全体で合わせた時の確認が中心なので、見学者からすればかなり楽な練習に見えるだろう。
「ポジションの確認だけ通してやってみようか」と手を叩きながら部長が声を出した。
休憩中だったあたしたちはタオルを首に掛けたままスタート地点に素早く赴く。
先輩のマネージャーがグラウンドの向かいにある校舎の上階から動画を撮影してくれる。
部長のカウントに合わせて、ダンスをイメージしながら立ち位置を変えていく。
こうした集団での動きは自主練ではできない。
音楽に合わせればダンスのバラツキは抑えられるが、部員同士の距離感などは難しい。
だが、それがうまくできていないと見た目が悪い。
ましてポジションを変えて躍動しようとすれば息の合った動きが欠かせない。
「確認するから休憩して」と部長が宣言する。
学年ごとに分かれて、少しでも日陰のあるグラウンドの端に集まる。
休憩ばかりという印象だが、部活再開直後なのでこれくらいで丁度良いのだろう。
「暑いね」とか「焼けちゃう」とか口々に言っていると、部長からあたし、ほのか、琥珀の3人が名指しで呼ばれた。
撮影された動画をあたしたちも確認するようにと言われた。
スタートポジションは事前に地面に印を付けているので綺麗な等間隔になっている。
それがダンスが始まるとかなり乱れてしまうのが上からの映像でよく分かった。
「この辺、ちょっとひどいね」
「ももち、周りを全然見てないんじゃない?」
「できる人とできへん人がハッキリしてるんやね」
これを修正するのは大変そうだ。
時間がないのに大丈夫なのだろうか。
「明日はポジショニングがしっかりできている人を基準に動く練習をします。自主練ではダンスの動きだけでなく他人の位置を確認する意識を持つようにしてください」
部長が部員を集め、そう言って今日の活動を締めた。
全体練習は1時間と掛からずに終了したので、グラウンドに残って個別練習をすることが許されている。
休憩時間が長かったのでほとんど身体を動かした感じがしない。
「ほのかは残るよね?」と確認したら当然の顔で彼女は頷いた。
「うちも残るから、ちょっと見てくれへん?」と琥珀が両手を合わせてお願いする。
「ほのかは琥珀を見てて。あたしはほかの2年の様子見てくる」
あたしの言葉にほのかと琥珀が頷く。
それを見てから、あたしは視線をほかの2年生部員へと向ける。
仲良しの集団がいくつかできていて、どうするか話し合っているようだった。
「動きの確認が必要なら手伝うよ!」と声を上げると、ももちが「こっち、お願い!」と手を振った。
ももち、トモ、ミキの3人組のところに向かっていると、「あかり、そっち終わったらこちらもお願い」と頼まれた。
あたしは「分かった」と手を挙げ、安請け合いする。
ほのかの手が空いたら手伝ってもらおう。
ただ彼女の実力は誰もが認めているが、その口の悪さから見てもらうことを良しとしない部員がいる。
2年生のもうひとりの実力者である藤谷さんも周りとのコミュニケーションに問題があるので、先輩たちが引退したあとのダンス部の運営には課題が多い。
「アタシが見てやるよ」とそのやり取りを聞きつけた部長が突然割って入ってきた。
黄色い歓声が上がり、楽しそうなので彼女たちのことは部長に任せておけばいいかとあたしは「お願いします」と笑顔を向けた。
創部してまだ1年に満たないので先輩たちがいつ引退するのかは明確になっていない。
当初は夏休みに全国大会を目指しその後引退すると言われていたが、大会は中止になった。
部長は3年生の花道となる場を作ろうと考えているようだ。
新入部員を加え、ある程度彼女たちが馴染むまでは3年生の中心メンバーは続けてくれると聞いているが、残された時間は多くない。
「ももち、自主練の成果は出ているから、あとはポジショニングをもっと意識して!」
††††† 登場人物紹介 †††††
辻あかり・・・2年5組。ダンス部。次期部長候補。元ソフトテニス部。
秋田ほのか・・・2年1組。ダンス部。2年生の中では実力トップ。口が悪く、あかりや琥珀以外とは会話が続かない。
島田琥珀・・・2年1組。ダンス部。毒舌だが口当たりの良い関西弁を使うことで誤魔化している。
久藤亜砂美・・・2年1組。クラスの頂点に君臨している。
本田桃子・・・2年2組。ダンス部。クラスは別になったが部内ではトモ、ミキと仲が良い。
笠井優奈・・・3年4組。ダンス部部長。カリスマがあり部員から慕われている。
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