第421話 令和2年6月30日(火)「アサミによる支配」内水魔法
「マジ、ヤバくね?」
「アリエねーよな」
他愛ない会話を楽しげに続ける女子たち。
クラスの半分以上の女子がアサミの周りに集まっている。
あたしもにこやかな笑みを顔に貼り付けているが、常にアサミの様子をうかがっている。
「折角だしみんなで遊びに行きたいよね」
ひとりだけ椅子に座り、机に頬杖をついていたアサミがそう口にした。
学校外でまで彼女に従いたくはないと思っている子が大半だろうが、そんな素振りは誰も見せない。
「どうせなら男子も呼んでさ」
アサミが挙げた男子の名前に女子たちの目の色が変わったように見えた。
1組は男子の質が高いと言われている。
イケメン数人を含む男子のグループとアサミが率いるこの女子のグループがこのクラスのリア充組で、他の子たちは肩身が狭い雰囲気ができつつあった。
男子を呼んでどこに行くかで大いに盛り上がった。
内心はともかく、アサミのグループに所属していないと学校生活を満喫できないのは事実だろう。
計画が決まったところでアサミが言った。
「アンジュとセイラはアイツらがいるから来る必要ないよね」
「だよねー」と見下すように賛同する女子たちと、引きつった顔をするふたり。
昨日はハルカによってボコボコにされた男子ふたりについてアサミが面白おかしく話していた。
金曜日にアサミに手を出そうとして、怒ったハルカに痛い目に遭わされたそうだ。
大きな声でクラス全体に聞こえるように言うから、このふたりはいたたまれなくなって教室を出ようとした。
「ハルカは下着を脱がせて『うわ、ちっちぇえ』って言ったんだって」
「サイテー!」とゲラゲラ笑う少女たち。
「すぐに逃げ出すような人って粗末なものしか持ってないのね」
そんな風に一日ずっと馬鹿にしていたのに、最後の最後にその男子ふたりを呼びつけ、「私に従うならアンジュとセイラを好きにしていいわよ」とアサミは艶めかしい声で告げた。
アンジュとセイラが顔面蒼白になったのは当然だ。
この男子たちと仲が良かったのは事実だが、つき合っていた訳ではないのだから。
金曜日のトラブルについてアンジュとセイラは自分たちは関係ないと言い張り、アサミに何度も謝っていた。
アサミが問題視していなかったので周りも普通に接していたが、彼女が甘くないとグループ全員に知らしめた。
いまもそうだ。
アンジュは縋るように「ごめん、アサミ」と謝った。
セイラはいまにも泣き出しそうな顔をしている。
それを嘲笑うような顔つきでほかの女子たちが見つめている。
「だって、あなたたちは彼らのものだもの」とアサミは取り合わない。
「彼氏と遊びに行けば」とあたしが突き放すと、「彼氏じゃねーよ」とアンジュがギロリと睨んできた。
それを無視して「あたしたちはあたしたちで楽しもうね」とほかのメンバーに同意を求める。
積極的に同調する子もいれば、アンジュたちを気にして恐る恐る頷く子もいた。
誰もアサミには逆らわず、ふたりの味方になろうとしなかった。
「あのふたりが嫌ならほかの男を紹介しようか? もっとヤバめの奴」
アサミが冷酷な目でそう嗤うと、アンジュとセイラは押し黙った。
ハルカの知り合いにはかなりヤバめな不良がいるので、アサミならやりかねない。
チャイムが鳴ったので自分の席に戻る。
そのどさくさに紛れて、アンジュが「死ねよ、ボケ」とあたしにぶつかってきた。
身体がよろけた程度だったが、カチンときたあたしは「ウザい」と言って手近にあった鞄をアンジュの背中に投げつけた。
振り返ったアンジュは鬼の形相だった。
つかみかかろうともの凄い勢いで突進してくる。
あたしはアサミの席を目指して逃げ出した。
アンジュが邪魔な人間を強引にどかそうとしたので、教室内にはいくつもの悲鳴が上がった。
アサミは興味なさそうに頬杖をついたままだ。
あたしが「助けて!」と言っても知らんぷりだ。
とうとう追いつかれ、あたしは床に倒れ込んだ。
馬乗りになったアンジュは罵りながら顔をガードするあたしの手をつかむ。
その時、アサミが男子の名前を呼んだ。
アンジュたちを好きにしていいと言ったふたりの男子の名前だった。
飛びつくようにふたりがやって来て「もうやめとけ」とアンジュを引き剥がす。
そこに先生が入って来て「何をやってる!」と声を荒らげた。
アンジュは連れて行かれ、10分ほど遅れて授業が始まった。
あたしは怪我はないと言って自分の席に戻った。
あたしはアサミの奴隷のような存在だ。
グループの中ではナンバーツーの位置にいるが、それはアサミの従順な下僕だからだ。
アサミに反発できないから、今日のように敵意があたしに向けられることも少なくなかった。
アサミには数々の弱みを握られている。
不良の溜まり場に呼ばれて喫煙や飲酒をしたときの写真、裸の写真など、無理やりやらされたとはいえ絶対に流出されたくないものが多数あった。
そもそも彼女に逆らえるほどあたしは強くない。
アサミは狡猾で残忍だ。
グループ内だけの問題にして外部からの介入を避け、暴力や脅迫を使って容赦なく逃げ道を塞いでくる。
次の休み時間になってもアンジュは戻って来ていない。
欠席裁判のようにあたしたちはアンジュの悪口で盛り上がっていた。
「あの子、ウザいよね。セイラもそう思うでしょ?」
アサミの言葉にセイラは悲愴な顔つきでコクリと頷いた。
彼女とアンジュは1年の時から仲が良く、親友と呼べる間柄らしい。
アサミはセイラからアンジュのことを色々と聞き出し、セイラを試すような質問を繰り返した。
休み時間の終わり間際にアンジュは戻り、グループの方には目もくれずに自分の席に着いた。
授業とホームルームが終わり、生徒たちが席を立つ。
雨がポツポツと降り始めた。
アンジュはセイラのところへ行き、「帰ろう」と声を掛ける。
「……ごめん」
そう言って首を振ったセイラはアサミの方をチラッと見た。
アンジュもアサミを見る。
不安、怒り、焦り……いろんな感情が交ざった表情だった。
アンジュはアサミから目を逸らさずに彼女の方へ歩き出した。
あたしを含めグループのメンバーは固唾を飲んで見守っている。
「アサミ、許して。お願いします」とアンジュは頭を下げた。
アサミは冷めた目で「謝る相手が違うでしょ」と顎であたしを示す。
アンジュはこちらを見て、グッと奥歯を噛み締めた。
おそらく腸は煮えくり返っているだろう。
それでもあたしのところまで来て、「悪かった」と頭を下げた。
アサミが立ち上がりつかつかと寄ってくると、アンジュの肩を抱いた。
悪巧みを考えている時の顔つきだ。
アサミはアンジュの耳元で囁いた。
「今日、マホの家に来なさい。謝罪の仕方を教えてあげるわ」
††††† 登場人物紹介 †††††
内水
久藤亜砂美・・・2年1組。近藤未来から教室支配のノウハウを教わり実践している。男子のことはグループの女子をうまく扱うための道具くらいにしか思っていない。
井上
幸田
小西遥・・・2年4組。アサミの親友で不良。躊躇せずに暴力を振るうタイプ。
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