第416話 令和2年6月25日(木)「新戦略」原田朱雀
「手芸創作部ってどうかな?」
午後、わたしの部屋に遊び――というか、ほぼ部活のために来ていたちーちゃんが唐突に発言した。
わたしはスマホに届いた生徒会のアンケートに回答しているところだった。
「本気で乗っ取るつもりなの?」と聞くと、「大丈夫よ。すーちゃんがいればそこは手芸部なのだから」と訳の分からない理屈を言う。
「まあ、裏でどういう活動してもいいけどね」
わたしはスマホから視線を逸らし、テーブルの上に積まれた布の山を見る。
使命感に燃えてマスク作りに励んできたが、3ヶ月も続くとさすがに飽きてきた。
もともといろいろな手芸に手を出しては途中で放り出す性分だ。
手芸部として一丸となっていたから頑張ることができた。
しかし、学校が再開されるとマスク作りばかりをやっていられないし、そろそろ他のものも作りたい。
「知名度は上がったと思うけど、新入部員が増える気がしないんだよー」
わたしは溜息を吐いてカーペットの上に寝転がる。
まだ中学では部活が再開されていない。
新入生の勧誘も行われていないのでどうなるかは分からないが、少なくとも自分から積極的にコンタクトを取ってくる1年生はいなかった。
「すーちゃんじゃあるまいし、部活動再開前に突貫する1年生なんていないと思う」
「えー、そうかなあ」とわたしは唇と尖らせた。
「ダンス部は1年生が入ったって言ってたじゃない」
「人気ナンバーワンの部活と弱小の泡沫クラブを比較しても……」
悔しいがちーちゃんの言う通りだ。
手芸部に入りたいなどという物好きは少ない。
それは理解している。
その現状を打破するために、いまこそ立ち上がる時だ!
「よし!」と叫んで、文字通りに立ち上がる。
7月になれば部活が再開され、新入部員の勧誘も行うことができる。
ここで踏ん張らなければ手芸部に未来はない。
「ダンス手芸部はどうだろう」と踊る振りをしながら言ってみる。
「バカなの?」とちーちゃんが冷めた声でツッコみ、「ごめん、バカだと知っていたわ」と訂正する。
「……冗談だよ。こういうのはどうだろう。手芸部は日々木先輩の公式ファンクラブだと宣伝するのは」
「マネージャーというか、ボディガードというか、所属事務所の社長というか、そういうところから横槍が入ってきそうなんだけど」
ゴゴゴゴゴ……という背景を背負った大魔王のイメージが頭の中に浮かぶ。
その足下に、囚われた麗しの姫君。
まち針を武器にこの強大な敵に立ち向かうのは無謀の二文字がピッタリ来る。
「それに、1年生に我らが女神様はまだ十分に認知されていないと思う。まずは布教活動から始めないと」
わたしはちーちゃんの言葉に頷き、「じゃあ布教計画を立てよう!」と腰を下ろして身を乗り出した。
コンサートを行うという提案は神々しさが薄れると否定され、ポスターを作るという案は魔王の妨害をどうするかという難題に直面した。
「日々木先輩のお姿を引き立てるにはファッションショーが一番だよね」
「あとは女神様の素晴らしさを説いた物語も必要」
今年度の文化祭が開催できれば手芸部が中心となってファッションショーを行うことが可能かもしれない。
しかし、手芸部は実質3人しかいない。
「やっぱり新入部員の確保が必要じゃん!」とわたしは頭を抱えた。
そもそも新入部員獲得の話をしていたつもりだったのに、いつから話がずれたのだろうか。
わたしが首を捻っていると、ちーちゃんは「布教のためには創作部が必須」と力説している。
彼女がどこまで本気なのかはうかがい知ることができないが、できる限りの協力はするつもりだ。
乗っ取りを許す気はないけどね。
「手芸、おもしろいのになあ……」
現在夏用マスクの制作中だ。
さすがに手芸部だけで全校生徒に配布する分を作るのは無理がある。
顧問の先生と話し合った上で、3年生の分は手芸部が作って配布し、1、2年生には家庭科の時間に自作してもらうことになった。
それが生徒の間で不評だ。
1年生のことは分からないが、わたしたちと同じ2年生の声は届く。
圧倒的に多いめんどくさいという意見は否応なくわたしの耳に入ってきた。
夏用マスクを着けていると、わたしにも作ってと頼まれることはある。
そこで材料を渡し、作り方を説明しても、「やっぱりいいや」と言われてしまう。
まつりちゃんでも作れるくらいに作り方を簡素化したのに聞いてもくれない。
手芸部が公開した夏用マスクの作り方を自分で試してくれたのは、わたしの知る限りみっちゃんと日々木先輩だけだ。
「すーちゃんは創作ダンスを面倒だって言っていたじゃない。そういうものだよ」
ちーちゃんの指摘にわたしは頭をかいた。
女子に人気の創作ダンスだって、授業でやらされると面倒だと思う子はことのほか多い。
わたしも面倒に感じてしまった。
「手芸への悪いイメージが広まったら新入部員勧誘には逆風になっちゃうね」
「でも、知名度が上がったのはプラスだし、すーちゃんなら新入部員召喚に成功するよ。できればSRキャラを二人くらいは確保したいよね」
ゲーム関係の話だと推察できるがあえて深くはツッコまない。
後輩ふたり確保は現実的な線として目標に掲げたいところだ。
更に、我が参謀は新たな策も提示してくれた。
「うちの学校には文芸部はないし、オタク系の部活は美術部だけなのに創作系の活動ってほとんどしてないんだよね。マンガやイラストを描くことも手芸だって言い張れば、そういうのに興味がある子も関心を持ってくれるかも」
美術部所属のみっちゃんの話でも、創作活動をしているのは部長以下数名だけらしい。
おおっぴらに描いたものを発表する雰囲気がなく、みっちゃんは自分が描いたものを部長に見てもらうことしかやっていないそうだ。
「そこで、新入生へのアピールに人形劇はどうかな?」
例年なら体育館で新入部員勧誘のアピールを行う機会がある。
そこでファッションショーを行う予定で準備は済ませているが、春向きの衣装だったのでこれからの季節にどうかなという思いはあった。
手にはめて動かすパペットは作ったことがある。
精巧なものなら時間が掛かるが、簡単なものならそんなに時間は掛からない。
「でも、ストーリーとかは?」と質問すると、ちーちゃんは自分の鞄からスケッチブックを取り出した。
「すーちゃんの転生勇者物語を人形劇にアレンジしてみたの」と珍しく嬉々とした顔で描いたものを見せてくれる。
勇者兼竜騎士が魔王と対峙するシーンが絵コンテのように描かれていた。
長々とお芝居を見せることはできないからクライマックスのワンシーンを持って来たのだろう。
「これは?」
「すーちゃんのドラゴンライダーモード」
「これは?」
「勇者の剣と盾」
人形はすぐにできても小道具が多い。
わたしはその手間を考えて眉間に皺を寄せる。
「これは?」
「魔王第二形態」
「これは?」
「爆裂する魔王」
わたしが指差して説明を聞いたが、登場人物は少ないのに演出のためにたくさんの人形を用意しなければならないようだった。
「誰が操作するの?」と聞くと、ちーちゃん自身とわたしを指差す。
「セリフは誰が言うの?」と聞いても同じく自分自身とわたしを指差した。
「できるの?」と確認すると、頬に手を当てちーちゃんは小首を傾げた。
いちばん心配なことを聞いてみる。
「練習する時間は?」
「気合で!」
そう言ったちーちゃんの笑顔は眩しかったが、わたしの頭の中にはデスマーチが鳴り響いた。
††††† 登場人物紹介 †††††
原田朱雀・・・2年2組。手芸部部長。1年生の時に千種と共に手芸部を創部した。それに協力してくれた陽稲を女神と崇めている。
鳥居千種・・・2年2組。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。ライトノベルやweb小説が好きで最近は創作の楽しみにも目覚めてきつつある。
矢口まつり・・・2年2組。手芸部。朱雀になかば無理やり入部させられた。
山口
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