第381話 令和2年5月21日(木)「友と友」塚本明日香

『見て見て、可愛いでしょ』


 スマホから少女の弾けた声が聞こえる。

 目立つのはかなり脱色した髪の色。

 ちょっときつめのアイラインに、キラキラしたイヤリング。

 休校中だから目一杯オシャレしましたという彼女の思いが伝わってくる。


『カレに見せたら』とわたしは感情を顔に出さないように気をつけながら提案する。


 こういうド派手な装いは苦手だった。

 それを感じ取ったのか、『明日香、ノリ悪いよぉ』と彼女は口を尖らせる。

 そして、『まだカレじゃないよぉ。美花はね、もっと、もおっ~と可愛くなってから告白するんだよぉ』と乙女の顔でわたしに告げた。


 ……あっそ。


 白けた気持ちを隠しつつ、『頑張ってね』と会話を終えようとしたが、『明日香ひどーい! 今日のカレ、どうだった? ちゃんと教えてよぉ』と胸の前で手を組んで美花が問い掛ける。

 目を潤ませる彼女に『自分でオンラインホームルームに参加すれば、いちいちわたしに聞かなくてもいいのに』と話すと、『えー、だって美花の部屋の中を男子に見せるなんてできるわけないじゃない!』といつもの返事が来る。


 美花の背景に映る彼女の部屋は、わたしよりも女の子らしい綺麗なものだ。

 いちいち気にすることかと思うが、彼女にとっては譲れない一線であるらしい。

 わたしも自分のカレとビデオチャットをするが、よほど散らかっていなければ問題ないと思っている。

 まあ、わたしは女の子らしくないと自認しているので普通の子の感覚について行けないだけかもしれないが。


 わたしはオンラインホームルームでは春菜の手伝いをしているため、美花が気になっている男子のことばかり見ていられない。

 何かあったっけと記憶を探りながら、『特に変わった様子はなかったかなあ』と教える。

 それに対し美花は、どんな服装だったかだの今日も格好良かったかだのいろいろと聞いてくる。

 知らんがなと言いたくなるのを堪えて、引きつった笑顔で受け流した。


 彼女、戸田美花とは4月の始業式で声を掛けられ連絡先を交換した。

 わたしは女子のグループが苦手で避けてきた。

 しかし、2年のクラスで春菜や彩花と友だちになり、そこまで忌避しなくてもいいかと思うようになった。

 美花がお淑やかな感じだったこともOKした理由だった。


 休校中は毎日のように美花から連絡が来るようになった。

 つき合いが長いカレとはもちろん頻繁に連絡を取っている。

 とはいえ、お互い受験生だし、彼は弟妹の面倒を見る必要があった。

 わたしは時間が有り余っていたものの、ずっとカレとやり取りすることはできなかった。

 それに勉強しなきゃいけないという重圧の抜け道として、彼女からの連絡は都合が良かった。


 好きな男子と同じクラスになったと喜ぶ彼女の話を、最初は親身に聞き入っていた。


『休校中に告白してつき合えば時間がいっぱいあって充実した時間を過ごせるんじゃない? 万一断られても顔を合わせなくて済むし』


 わたしのアドバイスに、『やっぱり告白は、校舎裏なんかで、顔を合わせてじゃないと……』と夢見がちな言葉が返ってきた。

 呼び出してあげると言っても、なんだかんだと理由をつけて一歩を踏み出そうとしない。

 男子とつき合った経験はあるようだが、つき合うことより片思いしている自分に酔うことが好きなんだろうと感じた。


 美花のことを理解するにつれてだんだんと面倒に思うようになった。

 時間があるときだけと言っていたのに、返信が遅いといって責められることもあった。

 そこで、わたしはカレのことや勉強を理由に「もう連絡してこないで」とハッキリ伝えた。

 すると、ほかに話す相手がいないのと泣き出された。

 外出自粛の中、話す相手がまったくいない状態は辛い。

 その気持ちが分かるだけに、妥協して1日1時間だけねと厳格なルールを設けた。


『そういえば明日香って1組だったんだよね?』


『そうだね』と頷くと、『1組ってさー、感じ悪かったよね』と美花が言う。


 わたしはカレのいる4組によく行っていたので、クラスの雰囲気の違いは感じていた。

 また、カレから「明日香のクラスって独特だよね」と言われたこともある。

 ここまで面と向かって悪く言われたことはなかったが、そう思う子がいたっておかしくはない。


『外からはそう見えるかもしれないけど、中にいると居心地良かったよ』と誤解を解こうとしたが、『えー、ウソー』と美花は考えを変える気はないようだった。


『文化祭でファッションショーでしょ? そんなのできっこないってみんなで笑っていたのよ』と美花はケラケラ笑う。


『見に来なかったの?』と聞くと、『だって、素人のなんて』と馬鹿にした口振りで答えた。 


 見てくれた人からは好評だったが、同学年は1年や3年に比べると足を運んだ人が少なかったようだ。

 ショーの中心メンバーだった日々木さんは他のクラスの女子から人気があるとはいえ、反感を持つ女子も少なからず存在する。

 目立つと嫉妬ややっかみが増えるのは仕方がない。

 わたしは表情が険しくなるのを感じていたが、美花はそれに気づかずに声を潜めた。


『実はね、文化祭の直前に美花、告白されたんだ』


 重大な秘密を告白するかのような口調だが、わたしはどうでもいいと思いながら『へぇー』と相づちを打った。

 自慢げに微笑んだ美花は『たいした相手じゃなかったから、すぐに振っちゃったんだけどね』と語る。

 彼女はオシャレに気を使うし、清楚な印象があったので男子から人気があっても不思議ではない。

 ……本性はこれだけどね。

 ケバいと言いたくなるいまの美花を見て思う。


 そりゃわたしだってまだ中学生だからガキなところはいっぱいある。

 ただなあ。

 春菜や彩花と比べると、美花の未熟さが際立ってイライラしてしまうのだ。


 美花との会話を切り上げたあと、わたしは気分転換に誰かと話したくなった。

 話すというより愚痴を聞いて欲しかった。

 カレに愚痴を零すのもどうかと思ったわたしは彩花に連絡する。


『ごめんね、愚痴につき合ってもらって』


『いいよ、友だちじゃない』とサラッと許してくれた彩花は『それに、わたしも彼女の気持ち分かるもの』と言った。


『1年の時に日々木さんのクラスでファッションショーをしていたら見に行かなかったと思うもの』と話した彩花は『そのファッションショーが凄かったってあとで聞くと、自分の判断が間違っていなかったと弁解するために、たいしたことがなかったって思い込みたくなるんじゃないかな』と言葉を続けた。


『よく分かるね』と感心すると、『わたしもいろいろと考えちゃうから』と彩花は声を落とす。


『でも、そんな風に自己分析ができて、それを友だちに言えるって凄いよ』


 彩花は見た目は本当にごく普通の少女だ。

 キャラが立った子が多かった2年1組では影が薄く、6月頃までは松田さんたちの後ろに隠れていた感じだった。

 それが、見た目はガラッと変わった訳じゃないのに存在感がどんどん増していった。

 運動会の実行委員になり、創作ダンスの主力チームに加わり、ダンス部の副部長になり……。


『わたしは友だちに恵まれているから』と彩花が笑う。


『わたしも彩花ちゃんと友だちになれて本当に嬉しく思っているんだよ』と柄にもないことをつい口にしてしまった。


『ありがとう、わたしも』と力強く言う彼女から、わたしは元気を分けてもらった感じがする。


 ドンドン成長する彼女にわたしも負けていられない。

 置いて行かれないように頑張らないと。

 夏が目の前とは思えない肌寒い1日だったが、わたしの気持ちは一足先に熱くなった。




††††† 登場人物紹介 †††††


塚本明日香・・・3年5組。2年間つき合っているカレがいる。女子のグループづき合いが苦手。


戸田美花・・・3年5組。男子の前では態度をガラッと変えるタイプ。女子のグループに所属はしてもあまり仲が良い関係にはならない。


千草春菜・・・3年5組。勉強ができる優等生。現在、明日香の手を借りつつオンラインホームルームを仕切っている。


須賀彩花・・・3年3組。運動会の創作ダンスの練習を通して明日香と仲良くなった。


日々木陽稲・・・3年1組。入学以来全校生徒から注目を浴びた美少女。コミュ力も非常に高いが、始めから嫌うような相手は避けるようにしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る