第374話 令和2年5月14日(木)「友だち」川端さくら
『川端さんはどうしたい?』
画面の中で日野さんがこちらを真っ直ぐ見つめていた。
カメラを見ているだけだと頭で分かっていても、居心地の悪さを感じてしまう。
『どうって……』とわたしが言葉を絞り出すと、『津野さんのこと』と日野さんが口を開く。
今朝のオンラインホームルームが終わった後、日野さんから話があると言われこうして対面している。
整った顔立ちの中でもその知的な目元が印象的だ。
知的なだけでなく射抜くような鋭さもあるのだけど……。
『日野さんはどうしたいんですか?』と思わず敬語で問い返す。
彼女は同じ中学生とは思えないほど大人びている。
わたしに引け目がある分、下手に出てしまう。
『私としては仲良くやっていきたいと思ってるわよ』と微笑んだ日野さんは『大きなトラブルを起こさない限りは、だけど』と付け加えた。
傍若無人な振る舞いは心花らしいが、クラスの和を乱しているのは間違いない。
教室の中であればもう少しわたしが間に入ることもできたのだろうが、オンラインでは為す術がなかった。
『迷惑を掛けてごめんなさい』とわたしは頭を下げる。
『川端さんが謝ることじゃないし、津野さんに謝って欲しいとも思ってない。これからどうしていくかって話をしたいだけ』
日野さんの中でわたしは心花担当となっている。
実際に過去2年間わたしはグループのリーダーだった彼女のサポートを陰でしていた。
それで表面上はクラスがまとまっていたし、わたしにとっても都合が良かったからだ。
それがすっかりバレていた。
心花のことなんか知らないと言ってもこの厳しい視線からは逃れられないだろう。
『根は悪い子じゃないんです。ちょっと空気を読んだりできないだけで』
わたしの言葉に日野さんが目を細めた。
威圧感が半端ない。
逃げ出せるものなら逃げ出したかった。
『このままだと彼女、孤立するわよ』
日野さんの指摘にわたしは『はい』と頷く。
1、2年の時は彼女がクラスのボスに君臨していた。
だから多少の言動については大目に見てもらえた。
しかし、いまのクラスには日野さんや日々木さんがいて、これまでのように上に立つことはできないだろう。
心花のオンラインホームルームでの振る舞いを見て、彼女と仲良くなりたいと思うクラスメイトはいないのではないか。
休校がなければと嘆いたところでどうしようもない。
『もう参加しないと思っていたのにちゃんとホームルームに来ているし、余計な発言は控えているようだから本人も少しは思うところがあるんじゃない。もちろん川端さんの努力の賜でしょうけど』
このままホームルームに参加しなくなれば完全に孤立すると危機感を抱いたわたしは時間が許す限り連絡を取って心花と話をしている。
なんでここまでやらなきゃいけないのかと思ったりもするが、心花が従ってくれている間は止めることができないでいた。
『学校再開が前倒しされる可能性はあるけど、こればかりは分からない。気の緩みからまた感染者数が増えるかもしれないしね。休校はあと半月続く予定だから、その間いまの状態をキープし続けられそう?』
日野さんからそう質問されたが、わたしは答えられずに口籠もる。
2年間同じクラスで仲が良い存在ではあったものの、わたしは彼女の一面しか知らない。
『……分かりません』
『津野さんが何を考えているのか分からない?』と問われ、わたしは首を横に振るしかできなかった。
日野さんは冷たい視線で『川端さんは津野さんと友だちになりたいと思わないの?』と言った。
その言葉にわたしは胸が苦しくなる。
心臓だとか胃の辺りだとかがキリキリと痛み、歯を噛み締めて必死にそれに耐える。
日野さんの顔をこれ以上見ることができず、わたしは俯く。
両手でお腹を押さえて、逃げ出したい思いを堪えていた。
……なんでわたしばかりこんな思いをしなきゃいけないんだろう。
そう叫び出したかった。
心花に聞いてよと言い返せたらどれほどすっきりするだろう。
しかし、わたしは何も言えない。
心花ならきっと「何を言っているの。あたしたちは友だちよ」と何の迷いもなく言ってのけるに違いない。
高慢で、自分勝手で、自信に満ちた愛すべきキャラクター。
そんな心花のことを、わたしは心のどこかで見下していた。
正面から友だちかどうか突き詰められたらわたしは答えられない。
時にわたしのクラス内での立場を守る駒のように、時にわたしに手間を掛けさせる厄介者のように思ってきた。
わたしは彼女を利用してきただけだ。
『メリットデメリットだけで友だち関係を決めるというのはどうかと思うけど、そういう視点があっても別に良いと思ってる』
日野さんが淡々と言葉を発した。
無表情で、わたしの心を突き刺す視線は変わらないものの声からは感情が読み取れない。
『他人を利用するななんて言わない。私だって多くの人を利用して生きているわ。ただ利用するだけで終わりなら誰からも信用されなくなるんじゃないかな』
心花の周りにはいつも彼女をうまく利用して自分の立ち位置を確保したい子が集まった。
そんな抜け目なさは学校の面倒な人間関係でひどい目に遭わないために必要なものだと思う。
だから暗黙の了解で心花を利用する共犯関係を作ってきた。
そういう子たちの中にも、本当に自分のことしか考えていない子もいれば、何かあれば助け合う子もいた。
ちょっとしたところに現れるそういう態度をみんなよく見ていた。
……わたしは。
『津野さんはあなたのことを友だちだと思ってるのでしょ?』
日野さんのその言葉に、わたしは顔を上げる。
愚問だよね。
心花は自分のことしか考えていないが、他人を利用しようとはしない。
そういう発想がない。
お子様だから。
単純だから。
だけど、そんな心花だからグループの中心になれる。
なんだかんだ言っても彼女の周りに人が集まる。
『わたしに任せてなんて言えるほどわたしに力はないけど、できる限り心花を支えたい気持ちはあるから。できれば……、できれば日野さんにも協力して欲しい』
日野さんは表情を変えることなく『そうね』と答えた。
そして、『協力について具体的な内容があれば連絡して。今日はありがとう』と言ってそそくさと通信を切った。
わたしは長い長い息を吐き、ぐったりと椅子に腰を沈める。
寿命が縮んだんじゃないかと思うほどだ。
日野さんは恐ろしい。
敵に回すのはもっての外だが、味方にするのだって嫌だ。
関わらないことがいちばんだよ。
わたしは失った気力を回復させるために大好きなポテトチップスコンソメ味の封を切る。
それをバリバリ食べながら、わたしは心花に連絡するためスマホを操作し始めた。
††††† 登場人物紹介 †††††
川端さくら・・・中学3年生。1年の時から心花と同じクラスで、彼女から信頼されている。なお、連絡した時の心花の第一声は『さくら、太ったんじゃない?』だった。
日野可恋・・・中学3年生。暫定の学級委員としてクラスのオンラインホームルームを仕切っている。なお、さくらとのやり取りを険しい目で見ていた陽稲からこのあと説教を食らった。
津野
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます