第356話 令和2年4月26日(日)「Web会議」須賀彩花
『今日は集まってくれてありがとう』
日野さんの第一声に雑談が止み、みんな聞き入る姿勢になった。
パソコンのモニター画面には懐かしい元2年1組の顔が並んでいる。
数日前に、今日のお昼過ぎにビデオ会議システムを使って話がしたいと日野さんから連絡があった。
わたしはお父さんに手伝ってもらって準備を整えた。
どれくらいの人数が集まるのか気になっていたが、日野さんと日々木さんの他に、美咲、優奈、綾乃、明日香ちゃん、三島さん、千種さん、高木さん、わたしと女子の三分の二が参加した。
『みんな、聞いているかもしれないけど、先週の月曜日から金曜日まで3年1組でオンラインホームルームをしたの。藤原先生の努力のお蔭でね』
同じダンス部の早也佳が1組で、ダンス部のLINEグループでかなり詳しくその様子を教えてもらった。
部長の優奈はダンス部でもそれができないか検討を始めた。
すでに日野さんに相談しているはずだ。
『知っての通り、休校は5月6日までということになってる。あと10日間ね。しかし、本当に学校が再開できるかは不透明な状況よ。すでに一部の地域では5月いっぱい休校を続けるという話が出てる』
2月末に突然一斉休校となって2ヶ月あまりが経つ。
その間、何日か登校したものの、夏休み以上の長期休暇となっている。
『いっそ9月から新年度にするという提案まであって、そうなるとこの休みはあと4ヶ月も続くことになるわ』
そう聞いて嬉しそうな顔をする人はいない。
通常の夏休みのようにみんなで会ったり遊んだりできるんであれば喜ぶかもしれないが、この状況ではウンザリする気持ちの方が勝るだろう。
『そのため学校では休校が延長した場合、オンラインホームルームだけでもできないか模索中みたい。特に、入学したての1年生と、受験を控える3年生を優先して考えているようよ』
あくまでホームルームなので学習面で何かプラスになる訳ではないが、早也佳の話では相当意識が変わったらしい。
1日のリズムが生まれるだとか、普段とは違う面々と顔を合わせることで学校生活の感覚が蘇っただとか、そんなことを言っていた。
今日のこの話し合いだっていつもと違った刺激がある。
だらけ気味だったわたしの気持ちにも活が入ったんじゃないかと思う。
『とはいえ、実際にできるかどうかは微妙なところね。学校、各家庭両方のハード面がかなり厳しいから。それに公立学校は公平さを重視しすぎるので、できない家庭があるとやらないという判断をしてしまうかもしれない』
1組のオンラインホームルームは半分強の参加者だったそうだし、今日だってクラスの女子全員に声を掛けたと聞いているのに不参加が5人いる。
ひかりはアプリを使えないとついさっき連絡してきた。
前もって準備しておいてと言いたいところだが、ひかりらしいと笑ってしまった。
『私立と公立の違い、地域の違い、学校ごとの取り組みの違いで生徒の学力に大きな差が生じてる。大学受験に比べれば影響は小さいとはいえ、高校受験でも無視できない影響はあるでしょうね』
日野さんの言葉になんだか重石を飲み込んだような気分になる。
なかなか自分が受験生だという自覚を持てないでいる。
こうして言葉で現実を突きつけられると、自分の意識の低さを感じてしまう。
『そこで、1組では生徒主導でオンラインホームルームを継続することにしたの。明日以降、平日の朝に2、30分程度参加してもらって勉強をする雰囲気作りを試みる予定』
えーって思わず声を上げそうになった。
なんて羨ましい。
2年生の時は日野さんが定期試験前にクラス内で勉強する空気を作ってくれていた。
わたしは周りのムードに流されやすいので、本当にありがたかった。
『私ひとりで3年生全員の相手はできないので、ノウハウを提供するからあなたたちが中心となってそれぞれのクラスでも実践して欲しい』
『時間と労力を割いて自分のライバルとなるかもしれない人たちを助ける必要はあるの?』と声を上げたのは千草さんだ。
『受験だけを考えた場合、メリットよりデメリットの方が大きいでしょうね』と日野さんは答えた。
おそらく予期していた質問だったのだろう。
顔色ひとつ変えずに日野さんは言葉を続けた。
『他人に感謝されるかどうかよりも、多くの人と関わり合いながら何かを作り上げていく作業というのは貴重な経験だと思うよ。自分が中心となって行う機会なんてそうある訳じゃないからね』
以前だったら日野さんの言葉を理解できなかっただろう。
ダンス部の副部長としていろいろ経験したことで、日野さんの言葉の意味が分かるようになった。
他人を動かすのは簡単ではない。
同じ目的で集まった部活ですらそうなのだから、もっとバラバラなクラスメイトたちをまとめるのは大変だろう。
だけど、それをやり遂げた時の充実感は他とは比べものにならないものだ。
オンラインホームルームはわたしひとりではできないと思うけど、協力し合えれば……。
『3組はお任せを。彩花、綾乃、手伝ってくれるわね?』と自信に満ちた表情で美咲が言った。
わたしは即座に『もちろん!』と頷き、綾乃も『うん』と首を縦に振った。
続いて、優奈が『4組はひとりだとキツいんだけど』と顔をしかめながら言った。
表情とは裏腹に、その声音は楽しげだった。
『アタシ以外はひかりと三島じゃん』と零す優奈に日野さんは何人かの男子の名前を挙げ、『手伝ってもらえるように話をつける』と請け負った。
そのやり取りを見たあとで、千草さんが『5組は私が担当ということね』と肩をすくめながら言って引き受け、『生徒会は関与するの?』と質問を付け加えた。
日野さんはその質問も予測済みだったようで、『生徒会長を遊ばせておくのはもったいないからね』と不敵な笑みを浮かべながら答えた。
『えーっと……、2組っていま居るのがあたししかいないんですけど……、あたしひとりでは……』と顔面蒼白といった感じで高木さんが声を出した。
『2組は阪本さんにまとめてもらうつもり。それに、安藤さんがいるのでひぃながサポートに入る。高木さんはふたりに協力して』
『はい。それなら……』と高木さんは安堵の息を漏らす。
『3年生全員の連絡先は入手済みだけど、声を掛けにくい相手もいるだろうから、どういうルートで声を掛けてもらうかの資料を配るね。あと、学年主任の桑名先生の名前を出す許可を得ているので、困ったらそれを使って』
相変わらず事前の準備は万端である。
日野さんに頼れば何でも解決してくれそうだけど、それじゃあダメなんだろう。
自分たちでできることは自分たちでやらないと。
でも、本当に壁にぶつかった時は日野さんが何とかしてくれるだろうと思うと気持ちが楽だった。
『時間があれば、明日の1組のオンラインホームルームを見学して、どんなことをやるのか体験して欲しい』と最後に日野さんは告げた。
それは楽しみだ。
明日は寝坊しないようにちゃんと起きないと。
††††† 登場人物紹介 †††††
須賀彩花・・・3年3組。ダンス部副部長。美咲とは小学校時代からの友だち。
日野可恋・・・3年1組。何ごとも情報収集は基本。1年かけて全校生徒の個人情報を収集してきたことがこういうところで活きる。
松田美咲・・・3年3組。単なる知識ではなく経験の重要性を両親から教えられている。あえて公立中学に進学したのもそういう配慮があって。
笠井優奈・・・3年4組。ダンス部部長。4組は他に渡瀬ひかり、三島泊里がいる。バカばっかじゃんと嘆いているが、男子の成績優秀者が何人か在籍する。
田辺綾乃・・・3年3組。ダンス部マネージャー。母親に隠れてこっそりこのWeb会議に参加した。
日々木陽稲・・・3年1組。可恋と同棲中。安藤純が2組なので、2組のサポート役を任されている。
千草春菜・・・3年5組。成績優秀で、休校中もしっかり勉強している。生徒会長の山田小鳩と仲が良い。
高木すみれ・・・3年2組。美術部部長。自称コミュ力のあるオタクだが、大人数をまとめたり仕切ったりするのは苦手。
阪本千愛・・・3年2組。陸上部部長。優奈とは犬猿の仲だが、面倒見が良い。
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