第355話 令和2年4月25日(土)「ゲーム」高木すみれ
真剣にヤバいと思っている。
本当にどうしていいのか分からない。
すべての原因はあたしの心の弱さなのだけど、この危機にどう立ち向かえばいいのだろう。
一斉休校が始まり、時間ができたあたしはついソシャゲに手を出した。
テレビアニメ化を控えた作品でなんとなく絵柄が好みだった。
それにハマって、一時もスマホが手放せなくなってしまった。
更に、結愛さんや楓さんの影響で他のゲームまでやり始めてしまった。
ひとつひとつのゲームのプレイ時間は限られている。
しかし、プレイするためのスタミナの回復中に他のゲームをプレイするので、延々とやり続けてしまう。
しかも、コミケが中止になり予定された同人誌の製作がキャンセルされた。
それでも何冊かは作るそうだが、あたしが依頼されていた分はほとんど描き上がっている。
本来はこの空いた時間を画力向上に当てなければいけないのに、ずっとゲームに費やしていた。
『課金はしていないの?』
何度か叔母の黎さんに相談している。
始めは笑って聞いていた黎さんも最近は真剣に話を聞いてくれるようになった。
『あー……、お年玉を少し……』
どうしても欲しいガチャがあり、いけないと思いつつ一度きりだからと言い訳して課金した。
親には怒られると思って言っていない。
あたしが課金額とそのゲーム名を伝えると、『ああ、あれか……。気持ちは分かる』と言ってくれた。
筋金入りのオタクである黎さんは当然いくつかのソシャゲをプレイしていて、それなりに課金していると耳にした。
『ゲーム代という意味ではゲーム機やゲームソフトを買うのと同じだからそこまで後ろめたく思う必要はないよ。ただ欲望を抑えきれずに際限なく課金しちゃうといけないから、ルールを決めた方がいいね。そこはお母さんと相談するのがいい』
あたしが返答せずに黙り込んでしまうと、『大丈夫だって。姉さんも話せば分かってくれるわよ』と背中を押してくれる。
あたしのお母さんも元オタクなので、そういった方面には寛容だ。
だが、最近はあたしの生活リズムの乱れなどを口やかましく指摘されるようになった。
昼夜逆転に近い状態なので悪いのはあたしなのだが。
『話してみます……』とうなだれながら答える。
『それよりも問題なのは創作意欲だね。ゲームをしていてそのキャラを描いてみたいって思わないの?』
『描き方の参考になるなあって感じることはあるんですが、キャラクターに萌えるってことがないんですよね……。ストーリーや強くなっていくゲームシステムに惹かれてプレイしているので……』
『オタクにしても絵描きにしてもいろんなタイプがいるからね。キャラ萌えが高じて絵を描き始めた人もいれば、承認要求を満たしたいから描いている人もいる。ゲームにしてもどこにハマるかは人それぞれだし』
あたしはソシャゲよりもコンシューマと呼ばれるゲーム専用機用のゲームの方が向いているかもしれないと黎さんは説明した。
弟が小さい頃にゲーム機でアクションゲームをよくやっていたので、ゲーム機と言えばそういうゲームという認識が強かった。
いまはそれが間違った見方だと理解しているが、最新のゲーム機やゲームソフトを買うとなるとかなりのお金が掛かる。
無料で始められるソシャゲは最初のハードルがとても低かった。
『私は5、6本のソシャゲをプレイしているし、他にもゲームをするし、アニメやマンガも見る。仕事をしながらね。時間をお金で買っているところはあるけど、なんとかやりくりしている』
ソシャゲというとガチャのイメージが強いが、課金の対象はそれだけではない。
キャラクターを強化したり、イベントで良い報酬を得ようとしたりすれば、スタミナの回復などを課金で補うことができる。
学生などお金はないがヒマな人は時間を使い、時間のない社会人はその逆にお金を使って楽しむというスタイルが一般的だ。
『ゲームをすることに罪悪感があるような気がするから、もっと肩肘張らずに楽しんでみたら? その上で、この時間は絵に集中するってスケジュールに組み込んでしまうとか』
黎さんが言うように、絵を描かなきゃいけないという強迫観念のようなものがあり、それができないことでゲームをすることに罪の意識が生まれていると思う。
今日も描けなかったというストレスが更にあたしをゲームに向かわせているのかもしれない。
そんな自分の考えを伝えると、黎さんはしばらく考えた上でひとつの提案をした。
『SNS、やってみない?』
『SNS、ですか?』と聞き返すと、黎さんは『うん』と頷いた。
『twitterでもpixivでもいいけど、毎日1枚絵を投稿する。それだけ。人との交流なんかは私の方でサポートするから』
『それだけでいいんですか?』と問うと、『そう。絵はラフでいいからその日に描いたものがいいね』と黎さんは答えた。
そして、黎さんは付け加える。
『同人誌には描いてもらっていたけど、読者の反響っていままで十分に伝えてこなかったよね。SNSなら、いいねがついたり、コメントをもらったりと反応があるからきっとモチベーションの向上に繋がるよ』
中学生の身で18禁の作品を描いていたので、バレないように気をつけていた。
そのため読んでくれた人の感想は黎さんを通して伝えてもらうだけだ。
『反応が来なくて落ち込んだりしませんか?』
あたしは性格的に悪い事態をすぐに想像してしまう。
毎日投稿しても無反応だったら……。
あるいは、下手くそなどと書き込まれたら……。
そんなあたしの不安を打ち消すように『大丈夫。画力は高いし、私の知名度を利用すればすぐに人気絵師の仲間入りだよ』と黎さんが請け負ってくれる。
しかし、それはそれで自分の実力とは無縁のように感じてしまう。
『そりゃあ私のサポートがあればまったくの無名からスタートするよりかなり有利だけどね。でも、実力がなかったら多くの支持は集まらない。そういうところはシビアな世界だよ、ネットは』
あたしはごくりとツバを飲み込んだ。
自分の中では上手い方だと思っているし、人からもそう言われることは多い。
だけど、本当に通用するのだろうか。
『今後、美術の世界を目指すとしても、他人からの評価はついて回るよね。少し早い気もするけど、すみれちゃんならやれるよ』
黎さんの言葉にあたしの心が揺さぶられる。
昨年の文化祭で展示した日々木さんと日野さんのふたりを描いた絵。
ドキドキした。
あたしの精一杯をどう評価されるのか。
しかし、展示することに迷いはなかった。
みんなに見てもらおうと必死で描いたのだから。
あたしが承諾の言葉を告げる前に、黎さんはもう一押しという感じで『そうだね、いいねの数に応じてお小遣いをあげてもいいよ。ゲームっぽく思えるでしょ?』と楽しそうに語った。
なるほど、いかにいいねをもらえる絵を描くかというゲームか。
それはいまプレイしているソシャゲよりもやり応えのあるゲームのように感じた。
『分かりました。やります!』
あたしは吹っ切れた気分でそう声を弾ませた。
††††† 登場人物紹介 †††††
高木すみれ・・・中学3年生。美術部部長。黎の同人サークルで作画を担当。一方、本人の希望は絵画方面で、美術系の高校へ進学する予定。
黎・・・すみれの叔母。大手同人サークルを主催している。最初はいいねの数=1円のレートを考えていたが、彼女のやる気に満ちた声を聞いて慌ててもっと無難なレートに修正した。
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