第332話 令和2年4月2日(木)「朱雀復活」矢口まつり
『よし! 新年度最初の手芸部会議を始めます!』
スマホ画面の中で朱雀ちゃんが吠えている。
休校中はずっと風邪を引いていて元気がなかったが、ようやく体調が良くなったそうだ。
それでもまだ咳が出るということなので、先月末の登校日も学校を休み、いまもこうしてテレビ電話でお話ししている。
『あんまり叫ぶと咳き込むよ。まだ解呪の魔法がかかりきっていないんだから』と隣りの画面で千種さんがたしなめていた。
ふたりも長いこと会っていないらしい。
小学生の頃からの幼なじみでよく互いの家を行き来しているそうだが、朱雀ちゃんは病院以外には外出していないと言うし、千種さんも朱雀ちゃんの家に行くのを我慢している。
これまではLINEや通話でのやり取りがメインだったが、この状況が長く続いたことに耐えかねて朱雀ちゃんは親に通信環境について直訴した。
その結果こうしてテレビ電話を使った話し合いができるようになった。
うちは親がIT関係なのでWi-Fi環境があるけど、ないと大変だよね、データ通信量って。
『ほら、まつりちゃん! 会議に集中して!』と朱雀ちゃんに注意されるが、そもそも何の会議なのかもわたしは知らない。
『えーっと、何の会議なんですか?』と質問すると、『ふっふっふっ、よく聞いてくれたわね、まつりちゃん』と朱雀ちゃんがふんぞり返った。
『手芸部の名を学校中に知らしめる画期的なアイディアを思い付いたのよ!』の声とともにガタッと音がして、画面は天井を映している。
おそらく指をビシッと差した時に勢い余ってスマホを倒したのだろう。
何ごともなかったかのようにスマホを元に戻した朱雀ちゃんは、もう一度同じテンションで『手芸部の名を学校中に知らしめる画期的なアイディアを思い付いたのよ!』と言って右手を突き出した。
『どんな天啓?』と千種さんは興味津々といった表情だ。
『マスクを配るのよ!』と朱雀ちゃんは叫んで、咳き込んだ。
マスクうんぬんのことはともかく、『大丈夫?』とわたしは心配して声を掛ける。
一方、千種さんは『昨日すーちゃんは、あれは日本政府によるエイプリルフールネタだって断言していたよね』と冷静に指摘した。
朱雀ちゃんは絶対に一夜明けたら嘘でしたって言うと力説していたが、いまのところそんな話は耳にしていない。
わたしなんかは学校に行くのにマスクが必要なのでそれはそれでありがたいかなあと思っている。
『第一いつ配られるかも分からないじゃない! それよりもわたしたちで作ってみんなに配れば手芸部のアピールにもなるし一石二鳥だと思わない?』
最近わたしが外出の時につけているマスクも自作したものだ。
手芸部に入って1年足らず。
まだまだふたりのように器用に作品を作ることはできないが、マスクくらいならわたしでもどうにかできた。
『すーちゃんにしては、とても良いアイディアだと思う。パクりのような気もするけど』
『”すーちゃんにしては”は余計。あと、”パクリ”も』と朱雀ちゃんは抗議するが、わたしも千種さんに同意見だ。
『素敵なアイディアだと思います』とわたしは胸の前で両手を合わせて称えると、朱雀ちゃんは『ふっふっふっ』と笑いながら背中を反らせた。
学校でこれをやって椅子から転落する姿を何度か見たが、幸いベッドの上のようなので大事には至らなかったようだ。
頬に手を当てて考え込んでいる千種さんは、『先生には?』と朱雀ちゃんに尋ねる。
朱雀ちゃんは『まだ』と答えた。
『どんなものにするか考えているの?』と普段とは違い千種さんが真面目に話す。
それだけ真剣にこの提案を捉えているのだろう。
『やっぱり可愛いやつがいいよね』と朱雀ちゃんは相好を崩す。
『学校によっては白以外禁止とかあるみたいですよ』とわたしがネットで見た知識を披露すると、『マジ? この大変な時に?』と朱雀ちゃんは驚いていた。
うちの学校は制服などについてあまり厳しい指導はないが、ネットなどでは信じられないようなブラック校則の学校だってあるのを目にする。
最近は色つきのマスクをしている人も増えた。
マスクは目立つだけに生徒の中にも見た目を気にする人は出て来るだろう。
『顧問の先生に問い合わせてからの方がいいね』と副部長の千種さんが言って、部長の朱雀ちゃんが『えー!』と顔をしかめた。
あまりにしょんぼりするものだから、『学校で使えなくても、学校の外で使う分として使ってもらえたらいいんじゃないですか』とわたしは助け船を出した。
例年だとこれからの季節はマスクは使わないが、今年は例外になるだろう。
家の中はともかく、ちょっと外に出る時でもマスクは着用したい。
朱雀ちゃんは『そうだよね!』と一瞬で復活した。
彼女は手芸に対し並々ならぬ情熱を持っている。
それは自分が好きなもの、作りたいものを作るという思いから来ている。
作業的に白いマスクを大量に作ろうとしてもすぐに飽きてしまうのではないか。
それよりも手芸部らしい可愛いマスクを作って配った方が少なくとも女子には喜ばれるだろう。
『それでね、紐の部分なんだけど、タイツを使ったら耳が痛くならないんだって』と元気を取り戻した朱雀ちゃんが大きな声で説明した。
『学校でずっと着けていたら大変そう』とわたしが頷くと、『そうでしょ! あたしなんて1時間でこの辺が痛くて我慢できなくなるのよ!』と朱雀ちゃんは自分の耳の上側を指で摘まんだ。
『でも、他人に配るのなら使用済みって訳にはいかないわね』と千種さんは冷静だ。
『ちーちゃんの使用済みなら男子に飛ぶように売れそうだけど』と朱雀ちゃんがからかうと、『すーちゃんのパンツで作ったマスクを紛れ込ませておくわ』と千種さんは反撃した。
わたしは慌てて『え、え、えー! ケンカは止めましょう』と声を上げる。
『ケンカなんてしてないよ。何時何分何秒にしたか言ってみて』と朱雀ちゃんがわたしに言えば、『知力が低すぎる勇者を諫めていただけ』と千種さんもしらを切る。
『折角の良いアイディアなんですから、仲良くやりましょうよ』とわたしが珍しく大声を出すと、『まつりちゃんが良いことを言った』と朱雀ちゃんが微笑んだ。
『顧問の橋本先生と相談してみましょう』と副部長がまとめて一件落着となった。
『部活動が続けられるか分かんないし、新入部員が入ってくるかも分かんない。だけど、この3人がいれば手芸部は無敵だから』
朱雀ちゃんがしんみりした顔付きでそう呟いた。
いつも前向きで猪突猛進といった印象だが、その言葉とは裏腹にいまは繊細で儚げに見えた。
わたしは何と言っていいか分からず黙り込んだ。
『女神様を助け出すためにはまだ力が足りないわ。勇者はどんな時でも立ち上がって』
『そうだよな』と千種さんの言葉に朱雀ちゃんは力強く答えた。
『魔王を倒すために1年生全員を手芸部に引き込むくらいしないとな。まつりちゃん、よろしく!』と朱雀ちゃんがわたしを見る。
『え、え、えー』
††††† 登場人物紹介 †††††
矢口まつり・・・4月から中学2年生。手芸部部員。休校中はインターネットや動画を見る時間が激増した。
原田朱雀・・・4月から中学2年生。手芸部部長。風邪が長引き、心身ともに低調だった。
鳥居千種・・・4月から中学2年生。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。休校中は趣味のWeb小説を読んで過ごしていた。
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