第326話 令和2年3月27日(金)「卒業」近藤未来
今日は一日曇り空だったが、非常に暖かく、換気のために窓が開放されていてもまったく寒さを感じなかった。
簡素化された卒業式はあっさりと終わり、教室に戻ることなくクラスごとに時差をつけての解散となった。
これで中学生としての生活は終わりだ。
後ろ髪を引かれるように帰りそびれているクラスメイトを横目に私はさっさと帰宅しようとした。
「待ってよ、
この学校で私を名前で呼ぶ人間はひとりしかいない。
私は最大限に嫌そうな表情をして振り返るが、工藤は気にする素振りもなく笑い掛けてきた。
友人の多い彼女は卒業式が終わってからも多くの生徒に囲まれていた。
私が声を掛けて邪魔をしちゃ悪いとスルーしたのに、めんどくさい奴だ。
「私なんかに構う必要ないでしょ。みんな待っているわよ」と指摘しても、「未来は自分から連絡くれたりしないでしょ? これが最後になっちゃうかもしれないじゃない」とコイツは相変わらず強引だ。
工藤は「親御さんは待っているの?」とそこは気を使う。
私は首を横に振り、「先に帰ってもらった」と答えると、「じゃあ少し待っていて。一緒に帰りましょう」と言って友だちの輪に戻って行った。
卒業式は保護者1名の参加のみ許された。
高齢の祖母には来なくていいと言っておいたが、黒留袖姿で現れた。
頑固な人だから、私の言うことは聞いてもらえないことが多い。
周囲の保護者の中では浮いていたが、凛とした佇まいを見せていた。
工藤は前生徒会長として卒業生の答辞を担当した。
現生徒会長の涙ながらの送辞に対し、正々堂々とした立派な答辞だった。
そつがなく優秀。
本人は感動に打ち震えるような文言を用意したいと話していたが、結局は無難に落ち着いた。
それでも卒業生の間からはすすり泣きが起きていた。
言葉の中身より感情の籠もった話し方が良かったのだと思う。
私は、コイツは女優だとかアナウンサーだとかそちらに進んだ方が良いんじゃないかと思いながらそれを聞いていた。
なかなか人の輪が解けず、いい加減帰ろうかと思いかけていた時にようやく工藤がやって来た。
在校生代表として唯一参加した現在の生徒会長も一緒だ。
工藤はこの美少女に気がある。
どこまで本気かは知らないが。
下級生の方も慕ってはいるようだ。
「帰ろうかと思ったわ」と文句を言うと、「余韻に浸る時間をあげたのよ」と工藤は悪びれた様子がない。
「余韻なんてないわよ。清々しただけ」と感想を口にしたのに、「そう? そうは見えないけど」と工藤はニヤニヤする。
3年間通い続けた場所に別れを告げるのだから、何の感慨もないというのは嘘になる。
しかし、余韻に浸るほどの特別な思いがないのは事実だ。
「工藤はどうなのよ。涙ひとつ見せてないでしょ」
彼女のことだから泣いて感動アピールをするかと思っていた。
それなのに見る限りではずっと落ち着いて振る舞っていた。
「えー、そんなにわたしを見ていてくれたのぉ?」と工藤は芝居がかった甘ったるい声を出すので、私は思わずグーで殴りかかりそうになった。
「冗談じゃない」と工藤は笑うが、馬鹿にされたようで私は苛立つ。
工藤は他の生徒や先生たちの前では優等生を演じ切っている。
私の前では態度を変えるが、私に”特別感”を与える思惑も透けて見える。
それにまんまと乗ってしまう自分にも腹が立つ。
「私は冗談が嫌いなの」と冷たく言い放つ。
「怖いなあ。小鳩姫、助けて」と工藤は小柄な生徒会長にしがみつこうとした。
抵抗しようとしたが運動神経が乏しい少女はあえなく抱き付かれてしまった。
傍目には女の子同士がじゃれ合っているだけのように見えるが、色眼鏡が掛かっているせいか私には過度に工藤が胸元を押しつけているように見えた。
「困っているじゃない」と注意すると、「えー」と工藤は大声を出しながらも渋々身体を離した。
これ以上付き合っていられないという思いで私が歩き始めると、「待ってよ!」と追い掛けてくる。
足は止めずに歩くペースを少し落とすと、ふたりが追いついてきた。
「今日は晴れ舞台だったからね」と工藤は胸を張った。
私が尋ねた今日の感想への答えだろう。
彼女らしい回答だと思う。
コイツほど自分が主人公だと思って生きている奴はいないんじゃないか。
「人生イージーモードの奴はいいな」と私はつい愚痴を零してしまう。
「何よそれ」と工藤は不満げに言うが、「褒め言葉よ、たぶん」と私は誤魔化した。
「未来は頭が良いから難しく考えすぎなのよ」と言った工藤は横にいる生徒会長にも「小鳩姫もそうよ」と断言する。
「人生は一度きりなのだから楽しまなきゃ」と力説する工藤に対し、私は溜息を漏らす。
「何よ、わたしにだっていろいろあるのよ。でも、不幸だなんて言ってたって何も変わんないじゃない」
「珍しく工藤が良いこと言った」と私が茶化すと、「たまには元生徒会長らしいところを見せないとね」と工藤は胸を反らした。
「そのおっぱいがあれば人生安泰だ」とからかうと、慌てて工藤が自分の胸を両手で押さえた。
「セクハラよ!」と怒るが、「工藤だってさっき彼女に抱き付いていたじゃない」と私が笑うと、「あれは愛情表現なの!」と更に声を荒らげた。
私がどう? という感じで生徒会長に視線を送ると、「性的嫌がらせに該当すると愚考します」と彼女は躊躇いがちに認めた。
「えー! 分かって! あれは愛なの!」と工藤は両手を組み祈るように懇願するが生徒会長は静かに首を横に振った。
「生徒会長はセクハラをしても許されるって校則を作っておくべきだったわ」とがっくりと工藤はうなだれている。
それを無視して、私は生徒会長に語り掛けた。
「今度2年になる久藤亜砂美について、気に掛けてやって欲しい。家庭環境に問題があっていろいろと苦労をしている子なんだ」
小柄な彼女は真剣な顔で私を見上げた。
「コイツから日野が優秀と聞いて彼女に頼むことも考えたんだが私は日野と面識がない。できればでいいので、何かあったら助けてあげて欲しい」
生徒会長は「了解した」と請け負ってくれた。
私が安堵していると、「未来が他人のことを気に掛けるなんて雪でも降るんじゃない?」と工藤がからかってくる。
コイツの前では話したくなかったのだが、こんな機会は二度とないだけに仕方がなかった。
「いいさ。雪が降っても」と答えると、目を細めた工藤は「未来、変わったわね」としみじみと話す。
私が変わったかどうかなんて知るほどコイツと仲が良かった訳ではない。
ここ半年ほど話す時間は増えたが、そんなに深い話をしたことはなかった。
私の何が分かるのよとツッコんでも良かったが、高校受験やその他様々なことを通して自分が少し変わったのは事実だろう。
「もう中学生じゃないんだし、そりゃ変わるわよ」と私は微笑みながら卒業証書の入ったケースを指差した。
††††† 登場人物紹介 †††††
近藤
工藤
山田小鳩・・・中学2年生。現生徒会長。成績優秀だがコミュニケーションには難がある。難解な言葉を使い、そういうキャラを演じることで自分を守っている。
久藤亜砂美・・・中学1年生。両親の離婚後母親に引き取られボロアパートで暮らしていたが身の危険を感じて近藤家に引き取られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます