第321話 令和2年3月22日(日)「ヤバい奴ら」川端さくら
『1組の日々木って調子乗ってるって思わない?』
……はあ?
思わず「頭大丈夫か?」と尋ねようとしたが、なんとかとどまった。
『えーっと……、
そういえば昨日のLINEで、誰と同じクラスになりたいかという話題で盛り上がっていた。
いつものグループ内での他愛ない会話だったが、そこで一番人気だったのが日々木さんだった。
それが気に入らなかったのだろう。
『そう?』と疑わしそうな声を出す心花に、『そうそう、心花が気にする必要はないよ』と安心させる。
『でも、どちらが上かはっきりさせた方がいいんじゃない?』
……しつこいなあ。
電話だから、わたしは思いっ切り顔をしかめた。
心花は確かに可愛い方だが日々木さんは別格だ。
目が節穴か、それとも日々木さんのことをよく知らないかのどちらかだろう。
しかし、日々木さんは中学に入学直後から校内で知らない人がいないというほどの有名人だ。
いかに心花といえど、入学して丸2年が経つのに顔を知らないなんてあり得ないだろう。
『心花は日々木さんのこと知っているの?』と恐る恐る尋ねると、『知るわけないじゃない』と自慢げな答えが返ってきた。
……このバカ、どうしてくれようか。
わたしは本気で頭を抱えそうになった。
1年生だって全員彼女のことは知っているぞと叫びたいほどだ。
心花はこういう奴である。
1年から同じクラスで一緒にいるから分かってはいたが、想定以上にぶっ飛んだところがある。
彼女は女王様気取りで、目の前のことしか見えていない。
『あー、日々木さんの周りにはヤバい奴らがいるみたいだから関わらない方がいいと思うよ』とわたしは攻め口を変えた。
『ヤバい奴ら?』と問い返す心花に、『そうそう、日野とか安藤とか……』と名前を並べてみるがピンと来ないようだ。
……そうだよね、日々木さんを知らないのに他の人のことを知る訳ないか。
『えーっと、この学校の裏番だとか、筋肉の塊みたいな奴だとか……』とわたしは噂でよく言われる呼び方で説明する。
『裏番? そんなのがいるの? マンガの見過ぎじゃないの?』と心花は信じない。
わたしだって噂で聞いただけだし、眉唾かなとは思うが、心花には言われたくない。
『不良がまだ絶滅していないんだから裏番だっているかもしれないじゃない』と力説してみたが、心花は『……そうかなあ』と半信半疑の様子だ。
……思い込みが激しいクセに、こういう時だけは疑い深かったりするんだよね。
正直、心花ひとりが痛い目に遭うだけなら問題ない。
ただ、日野はマジでヤバいらしい。
この学校の全生徒の詳細な情報を握っていて、敵に回すともっとも痛いところを突いてくるともっぱらの噂だ。
どこまで本当か分からないが、心花の巻き添えだけは食らいたくない。
……少なくともあの麓を押さえ込んでいるってだけでヤバいのは確定なんだよなあ。
1年の時の麓の暴れようは有名だった。
隣りのクラスだったので授業中に彼女の怒鳴り声が聞こえてくることもよくあった。
2年のクラス替えの際は誰もが彼女と同じ組にならないようにと祈ったものだ。
その麓が2年になっておとなしくなった。
5組には彼女の仲の良い友だちがいてよく休み時間に顔を出すが、周りの生徒に手を出すことはほとんどなかった。
『麓は知っているよね? アイツよりヤバいんだって』と強調する。
『……暴力はよくないよね』とようやく心花も納得してくれたようだ。
昨年4月に教室にいた麓に何気なく心花が絡んで、机を蹴り飛ばされたことがあった。
それ以来、心花は麓やその仲間を視線に入れないようにしている。
『じゃあ、日々木は暴力的な人たちと繋がりがあるから相手にしないようにみんなに広めましょう』と良いアイディアを思い付いたといった感じで心花が言った。
……なんで分かってくれないのよ!
そんなことをしようとしても誰も相手にしないだろうし、心花が広めようとしていると噂になる。
最悪じゃん。
『待って! 日々木さんのことはわたしがどうにかするから、心花は何もしないで!』
『えー』と心花は不満そうな声を上げるが、『わたしのお願い!』と強調すると、『さくらがそこまで言うんなら……』と引き下がってくれた。
心花は1年でも2年でもクラスの頂点に立っていた。
彼女はそこそこ美人で、そこそこワガママな、ごく普通の――バカだけど――女の子だ。
わたしは表向きは取り巻きのひとりという感じだが、実際は心花がトップの位置にいるサポートを続けている。
自分はサポート役の方が向いていると思うし、心花もわたしのサポートを頼りにするようになった。
3年で同じクラスになるかどうかは分からないが、お互いにとってウィンウィンのこの関係を続けたかった。
『修学旅行、どこ行きたい?』と強引に話題を変えると、『TDL!』と心花が即答した。
……修学旅行にしては近すぎるだろってツッコみたいところだが、いまは良い気分にさせておいた方がいいだろう。
『春休みにみんなで行きたいね。思い出作りに』とわたしが言うと、『行こう!』とすぐに乗り気になる。
『あ、でも、まだ休園中か……』と呟くと、『えー! 行きたいよー』と心花は大きな声で抗議した。
こればかりはわたしの力ではどうしようもない。
それに保護者がOKしてくれるかも微妙な時期だ。
なんとか宥めすかしてから、わたしは通話を終えた。
彼女と話しているとドッと疲れるが、面白いっちゃ面白い。
日々木さんの件はクラス替えの結果を見てからでいいだろう。
わたし、心花、日々木さんの3人が揃って同じクラスになる確率なんてごくわずかだ。
……ヤバい奴って言えば、もうひとりいたな。
日野、麓と並んで同じクラスになりたくない女子だ。
高月
わたしと同じ小学校出身で、当時は周りの者たちを唆して問題を起こしまくっていた。
中学生になってピタリと噂を聞かなくなったが、いまも顔を見たくない相手だ。
日野、麓、高月。
こんな連中と同じクラスになった日には死んだ方がマシって思うんじゃないか。
わたしは首を振り、そんな想像を頭から払おうとする。
嫌な予感ほど当たるって言うからね……。
††††† 登場人物紹介 †††††
川端さくら・・・2年5組。クラス内カーストの頂点なんてよっぽど自分に自信がないと無理だよね。
津野
日々木陽稲・・・2年1組。最初から敵意を持っている人は分かるので自分から避けている。
日野可恋・・・2年1組。敵に対して容赦はしない。二度と刃向かえないように徹底的にやるタイプ。
麓たか良・・・2年1組。昔は気の向くままに暴力を振るっていたが、いまは理由があるときだけ振るうようになった。気分が悪いとか、こいつ気に食わないというのも理由のうちに入る。
高月
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