第224話 令和元年12月16日(月)「プレゼント」須賀彩花
このところ一日の終わりに湯船につかってその日の出来事を振り返ることが多い。
変わり映えしない毎日だった頃はそんなことを思いもしなかった。
しかし、いまはやらなきゃいけないことがいっぱいあって、こうして今日のことを思い出し、これからのことを考える時間が必要になった。
今日はダンス部の練習があった。
今回のイベントでは全体パートはそこまで難易度が高くはない。
それに比べ、ソロや少人数で踊るところは各自の実力に合わせた難易度になっている。
わたしの場合、ダンスの難易度よりもソロで踊ることに重圧を感じている。
いままでは上手くて目立つ優奈やひかりの陰に隠れていた。
観客の視線はわたしに向くことはほとんどなかった。
それがソロなら一斉に視線が集まるだろう。
今日は他のAチームの前でソロパートをひとりで踊ったが、それでも緊張した。
優奈は注目を浴びるから楽しいと言うが、わたしはそこまで思えなくて、どう克服するかが課題だと思った。
もうひとつ忙しい原因は塾通いだ。
家での予習復習を怠ると、たちまちついて行けなくなるんじゃないかと恐怖感がある。
塾では周りにいるみんなが勉強ができそうに見えて、自然に頑張らなきゃいけないという気持ちになる。
昔だったら、自分じゃついて行けないと投げ出していたかもしれない。
いまは、頑張りさえすればなんとかなると思えるから不思議だ。
充実した気持ちがある一方、こうした生活がこれからずっと続くのかと思うと辛く感じることもある。
ダンス部は楽しいし、勉強は高校受験がある以上避けて通れないと分かってはいるのだけど。
最近はテレビを見る時間がめっきり減ってしまった。
幸い、グループ内のお喋りでテレビ番組を話題にすることが少なくなった。
美咲はお稽古事があってもともとそれほど見ていなかったし、いまの優奈はわたしよりもダンス部のために時間を割いている。
お気に入りだった番組は録画しているが、それを見る時間もなかなか取れない。
勉強の息抜きにはダンスの動画を見ることが多くなったからだ。
練習量を極端に増やすより、この方が効果的だと日野さんから勧められた。
身体を動かすにはイメージが大切なんだって。
その効果はまだ実感できていないものの、彼女の教えに従おうと思っている。
ダンス部のイベントのあとには美咲の家でクリスマスパーティがある。
優奈の提案でプレゼントの交換をすることになった。
こういった贈り物はいままで平凡なものしか思い付いたことがない。
買った時は喜んでもらえると思っていても、渡す時にはもっと別なものが良かったと後悔することもあった。
みんなを驚かせるようなプレゼントができるとは思っていないので、勝負は捨てている。
ただ、それとは別にこの機会にやってみたいことがあった。
それは、お世話になっている人たちに何かプレゼントを贈りたいというものだった。
お風呂から上がって、寝る準備を整えながら、わたしは明日香ちゃんに連絡を取ってみた。
SNSでヒマかどうか尋ねると、すぐにヒマという返事が来た。
その速さに笑いながら、わたしは彼女に電話をした。
『ヒマな人に相談があるの』と言うと、『ホントはヒマじゃないけど、相談に乗ってあげよう』と明日香ちゃんが笑う。
わたしはお風呂場で考えていたことを説明した。
『クリスマスプレゼントは自分で選ぼうと思うんだけど、お世話になった人に贈るものは何がいいか相談に乗って欲しいのよ』
『素敵なアイディアだね。当然、お世話になった人の中にはわたしも入っているんだよね?』
『えー、どうしよう』と笑うと、『ひどーい』と明日香ちゃんも笑う。
ひとしきり笑ったあと、『明日香ちゃんなら、プレゼントを贈ったりもらったりよくしているのかなあって』と相談相手に選んだ理由を話すと、『まあね』といきなり明日香ちゃんは惚気モードになった。
『彼がマメで、季節のイベントごとに結構プレゼントをくれるのよ。だから、わたしもお返ししたり、先手を打って彼をびっくりさせたり色々ね……』
1年以上付き合っていると聞くけど、いまもラブラブで羨ましい限りだ。
さすがにクリスマスまでに彼氏をとは思わないが、女の子だから当然憧れはある。
『お世話になった人への贈り物なら、形に残るものより使ってもらえるものの方がいいんじゃないかな』と惚気話を早々に切り上げた明日香ちゃんがアドバイスをしてくれた。
『使ってもらえるものかあ……』
『お歳暮なんかも食べ物や石けんみたいなものが多いじゃない。タオルなんかはいいけど、あんまり重い感じがするものは止めた方がいいかも』
『なるほどね』とわたしは納得した。
中学生のお小遣いなんだから予算は限られているし、数人分となると高いものは買えない。
安っぽいものを贈られてももらった方が困るかもしれない。
『そこでさ、入浴剤なんてどう?』
『入浴剤?』
『最近、わたし凝っていて、毎回替えているの。オシャレなものも多いからちょっとしたプレゼントになるんじゃないかな』
『明日香ちゃんが欲しいだけとか?』と聞くと、『そうとも言う』と彼女は笑った。
でも、わたしでは思い付きそうにない良いアイディアだと思った。
どんなものがあるかや、どこで買えばいいかなど色々と質問をして、わたしの気持ちはすっかり決まった。
『あとさ、……いちばんお世話になった人にだけ形のあるものを贈るのもありかな』と明日香ちゃんが言葉を選びながら最後にそう付け加えた。
『いちばんお世話になった人……』
『お世話っていうか、身近っていうか、大事な人っていうか……』
『確かにそうだね。考えてみるよ』
『あー……ちゃんと伝わったか不安だけど、自分にリボンを付けて、わたしがプレゼントくらい言えば……』
明日香ちゃんは小声でぼそぼそと何か言うが、わたしにはよく聞き取れず、『何?』と尋ねても、『いいや、また明日ね。おすやみ』と明るく言うだけだ。
『うん、今日はありがとうね。おやすみ』とわたしも明るく言葉を返す。
電話を切ったあと、スマホで入浴剤を少し調べてからベッドに入る。
プレゼントについては明日香ちゃんのお蔭で目処が立った。
クリスマスプレゼントもいまの会話の中で閃くものがあった。
あとは……いちばんお世話になった人。
わたしはその人の顔を思い浮かべながら眠りについた。
††††† 登場人物紹介 †††††
須賀彩花・・・中学2年生。容姿も勉強も運動も「普通」で、劇的にそれが変わった訳じゃない。でも……。
塚本明日香・・・中学2年生。彼氏と一緒ならダンス部に入ったんだけど、男子が他にひとりもいないんじゃ無理だよね。
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