令和元年12月

第209話 令和元年12月1日(日)「勉強」キャシー・フランクリン

 ワタシは自分の右肩に触る。

 昨日、カレンに蹴られたところだ。

 ワタシはカレンが寸止めすると思い、そのままタックルしようとした。

 しかし、カレンは容赦なく足を振り抜き、ワタシは衝撃で吹き飛ばされた。


 カレンは強すぎる。

 ただの力勝負なら絶対にワタシの方が上だ。

 攻撃を当てさえすればと思うが、当たらない。

 どんなトリッキーな動きをしても、まるで分かっているかのようにカレンは動く。

 だから、どうしても捕まえようとしてしまう。

 タックルが決まれば……。


 そんなことを思いながら自分の部屋でトレーニングをしていると、姉のリサがやって来た。

 ワタシと違って頭が良いが、それを鼻にかけるようなことはまったくない良い姉だ。

 以前はワタシのやることをただ温かく見守ってくれるだけだった。

 それなのに最近はカレンに洗脳されてしまった。

 カレンと同じようにワタシの勉強についていろいろと言うようになったのだ。


『勉強の時間よ。一緒に来て』


 行きたくはないが、昨日カレンにたっぷり脅された。

 カレンは絶対に笑いながら人を殺すことができる。

 目的のためなら手段を選ばない女だ。

 ワタシに勉強をさせるためにワタシを殺すくらい平気でする。

 ワタシは死刑囚になった気分で渋々リサについて行った。


 着いたのはパパのAVルームだ。

 ワタシと違い小難しい映画が好きなパパはよくこの部屋を利用している。

 アメリカの家にはもっと大きなホームシアターがあった。

 ワタシはそこでアクションムービーを見るのが好きだった。


 ここでいったいどんな勉強をするんだろうと思っていると、リサがディスクをセットして大画面に映像が流れ始めた。

 大人気のアクションムービーだ。

 アメコミが原作で最近とても評判が良いシリーズの最新作じゃないか!

 これのどこが勉強なんだと思いながらもすぐに映像に引き込まれる。

 こういう細かなストーリーを気にせずに楽しめる映画は大好きだ。

 アクションシーンを見ているだけで興奮する。


 冒頭のアクションシーンで盛り上がったあと、しばらくストーリーを説明する退屈な時間が続く。

 そして、いよいよ次のアクションシーンというところで、なぜかリサが映像を止めた。


『何だよ! 良いところなのに』


 ワタシの不満は誰もが思うことだろう。

 これからバトルと思ってグッと手を握ったところで止められたのだから。


『ここまでを見て、どういう話か説明して』とリサが言う。


『どういうことよ?』


『言ったでしょ。これは勉強だって』


 そりゃ勉強だって聞いてはいたけど、だからといってこんな良いところで止めるのはなしだ。

 そう言い返すと、リサは溜息をついて『これは勉強なの。これからいくつか質問をするから、それにちゃんと答えられたら続きを見せてあげるわ』と説明した。

 更に、やる気がないのならこの先は見せないと言われ、ワタシは仕方なく答えることにした。


『えーっと、主人公は……、そう、なんだっけ……』とワタシはしどろもどろになってしまう。


 リサは肩をすくめてから、『もう一度最初から見ましょう』と言った。

 同じところまで見て、同じ質問をするそうだ。

 それなら大丈夫なはずだ。


 退屈なストーリーの説明部分を今度は必死に見て、なんとかリサの質問に答えることができた。

 これで次に進めると思っていたら、『この主人公はどこに行くつもり?』とか『この主人公は何が目的なの?』とか聞かれた。

 行き先はなんとか答えられたが、目的なんか分からない。

 そう言うと、リサは『もう一度ね』と最初から映像を流し始めた。


 主人公の目的らしいことを答えると、ようやく『次に進みましょう』と言われた。

 ワタシはガッツポーズをして喜びを身体で表現する。


 しかし、また良い場面の直前で止められた。


『主人公はこの登場人物のことをどう思っているの?』


『知らないよ!』と叫び出したかった。


 いいじゃない、そんなこと、どうだって。

 ワタシは純粋にアクションが見たいの。

 ワタシは必死に自制して、叫ばずにそう伝えることができた。

 しかし、返って来た答えは『映像を使うより、ペーパー試験の方がいいの?』という恐ろしい言葉だった。

 リサがカレンのようになってしまった。

 ワタシは大きなゼスチャーを交えながら、ペーパー試験が嫌だと主張した。


『だったら、真面目に考えて』


 ワタシはガックリと肩を落とし、頷く。

 イライラするけど続きが見たいし、ペーパー試験は死ぬほど嫌だ。


 最初に止められたところまで戻って続きを改めて見る。

 リサの質問を覚えていたので、それに答えられるように必死で見た。

 さっきの場面まで進み、今度はちゃんと答える。

 リサは頷くとまた質問をする。

 ワタシが答えられないとまた前に戻って見直す。

 何度もそれを繰り返した。


『あなたは一度見直せば答えられるのだから、理解力が足りないのではなく、分かろうとする意識の問題だと思うのよ』


 リサはそう話すが、いったい何が言いたいのか分からない。


『今度は途中で止めずに最後まで見ましょう。今日私が質問したことを覚えているといいのだけど……』


 今度こそ映画を楽しめると思った。

 期待のアクションシーンに集中できるはずだ。


 ところが、これまでずっと流して見ていたシーンもリサの質問に答えるために真剣に見ていたせいですんなりと話が頭に入ってくる。

 そして、ストーリーが分かり、主人公の気持ちが伝わってくると、ワタシの感情は揺さぶられた。

 いままではアクションの動きの良さしか見ていなかったのに、ワタシは主人公と同じ気分になって映像にのめり込んだ。

 主人公のピンチにハラハラし、悪を倒した時にはいままでにない喜びがあった。

 いつも以上に勝手に身体が動いてしまい、振り回した右手がリサの肩にぶつかって彼女が泣いてうずくまるという事故が起きたが、こんな体験は初めてだった。


『ごめん、リサ。本当にごめん』


 リサは大柄で身体は丈夫だが、ワタシほど鍛えている訳ではない。


『もういいわ。事故だと分かっているから。ただ今後は気を付けてね。さもないと、カレンに、あなたが暴れられないようにしてもらわないといけなくなるから』


 ワタシだって成長しているから、リサの言葉の意味は伝わった。

 カレンを怒らせてはならないと、ワタシはしっかり理解しているんだ。




††††† 登場人物紹介 †††††


キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。インターナショナルスクールに通っている。このあと可恋に電話で今日の勉強の成果を伝え、『可恋は大悪魔だから怒らせてはいけないとしっかり学んだぞ』と口にした。


日野可恋・・・中学2年生。『余計なことを言わないようにするには顎の骨を粉々に砕くのがいいかしら。食事もできなくなるけど。意味が分からない時はリサに解説してもらってね』と返答した。


リサ・フランクリン・・・高校2年生。日本の高校に通い、日本語を勉強中。最近可恋と密に連絡している。このあと、なぜかカレンが怒っているとキャシーに問われ、解説するハメになった。

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