第178話 令和元年10月31日(木)「ハロウィーンの怪物」日々木華菜
「ファッションショーはお金さえあれば開催するのは可能です」
可恋ちゃんが淡々と話す。
それと対称的に、ゆえが「お金かぁ……」と深刻そうに呟いた。
学生にとってお金の問題は高いハードルだと思ったのに、可恋ちゃんはそれをあっさりと覆す。
「お金はどうにでもなります」
「え? なるの?」とわたしが驚きの声を上げると、「はい」と可恋ちゃんは平然と頷いた。
高校生ならバイトはできるが、それでも使えるお金の額は高が知れている。
だが、可恋ちゃんはスポンサーを募ればいいと簡単なことのように言ってのけた。
「問題は、どんなファッションショーをやりたいかです」
可恋ちゃんのその言葉にハツミが「どんなファッションショー?」とオウム返しをした。
「そうです。例えば、これは夏に私たちが見学に行ったファッションショーですが、大きな展示場を使った大規模なものでした」
可恋ちゃんはそう言うとパンフレットをわたしたちに見せてくれた。
そこに掲載されている写真から、テレビの映像などで見るような華やかな本物のファッションショーをイメージする。
「かなり大きな会場でしたが、ほぼ満席でした。それでも大赤字だったそうですが……」
「凄かったんだよ」と見学に行ったヒナが会場の様子を語ってくれた。
「逆に小規模なものとしては、誰かの自宅に集まってだとか、公民館の一室を借りるだとか、本当に内輪だけの開催も考えられます」
それをファッションショーと呼べるかどうかはともかく、服を着替えながら見せ合うというイメージは思い浮かんだ。
ゆえとハツミもそれを頭に浮かべてうーんと首を捻る。
中学の文化祭で見たファッションショーの盛り上がりに触発されて、ゆえたちは自分たちの手でファッションショーを開こうとしている。
今日なら時間が取れるという可恋ちゃんにうちに来てもらい、ゆえとハツミと話し合いが行われている。
あいにくアケミは用事があって不参加だ。
わたしと妹のヒナを加えた5人がわたしの部屋に集まった。
「もう少し大きな規模でしたいよね」とゆえが口にする。
ハツミもそれに同意する。
「やろうと思えば、大規模なファッションショーも開催可能です。しかし、当然スポンサーの意向が強くなります。その分、私たちの意見は反映されにくくなります」
「本当にできるの?」と疑わしげにハツミが聞き返す。
「この時の主催の方とは知り合いで、赤字を出さない方策を示せばもう1回くらいは開いてもらえそうですから」
何でもないことのように語る可恋ちゃんだが、ハツミが半信半疑の目で見るのは仕方がないだろう。
だって、可恋ちゃんはまだ中学生なのだから。
可恋ちゃんをよく知るわたしやヒナはその言葉が本当だろうと思ってしまう。
ゆえは彼女を試すように「その方策って?」と尋ねた。
「あくまでアイディアのひとつですが、今度立ち上げる女性アスリート支援のNPOとリンクさせて女性アスリートをモデルとして使うことでメディアにアピールすることでスポンサーをつけることは可能だと思っています」
スラスラと言葉が出て来る。
彼女を常識の枠で捉えてはいけない。
更に説明を続けようとする可恋ちゃんをゆえは両手のひらを前に出して、「分かった、ありがとう」と止めた。
さすがにこの規模のファッションショーを自分たちで開くというのは想像がつかない。
可恋ちゃんならやってのけることもできるのだろうが、わたしたちには身の丈に合っていないと感じた。
「文化祭のファッションショーくらいのものは難しいの?」とわたしは訊いた。
ゆえやハツミもあれを見てやりたいと思ったのだから、いちばん参考になるだろう。
「そうですね。会場は体育館などを借りられなくもないのですが、運営のためのスタッフ、いわゆる裏方の仕事が非常に多くなります。文化祭だと男子を無料でこき使えたのですが、スポンサーを付けたとしても人件費がバカになりませんからね……」
今日初めて可恋ちゃんの顔が曇った。
「デザイン学校とコラボするとか、高校に部活を作ってその活動として開催するとか、手はいろいろとありますがそれぞれにメリット・デメリットが存在します」
わたしたちは食い入るように可恋ちゃんの話を聞く。
「コラボができたとしても私たちはゲスト扱いになると思いますから自由度は低いと思います。部活を作る場合、自由度は増しますが負担はかなり大きくなります」
「ネットを使うのは?」とゆえが質問した。
「それは……最後の手段というか、あまり良い手だと思いません」
「そうなの?」と可恋ちゃんに相対する高校生3人が不思議がった。
「簡単に言うと、誰に見てもらうかですね。ファッションショーとして女性に見てもらいたいのならネットは避けた方がいいと思います。男性を集めたいのなら有効活用できますが」
「あー」とわたしは納得する。
若くて綺麗な女子中高生が前面に出れば、有象無象が集まるのは目に見えている。
可恋ちゃんはスポンサー集めにしても不特定多数を対象にするのではなく、自分たちの活動に賛同してくれるところに狙いを絞ってピンポイントに動いた方がいいと言った。
普通の高校生であるわたしは、そういうものかとただ呆然と聞いていることしかできない。
「とにかく、具体的なファッションショーのイメージを固め、自分たちのやりたいこと、譲れない部分をまずはハッキリと共有してください。ゴールが見えないと正しい筋道が描けません」
可恋ちゃんの話を聞いて、ゆえは微笑みをたたえている。
これは何かに挑戦しようとする時の顔だ。
ハツミは虚を突かれたような顔をしたが、その後は顎に手を当てて考え込んでいる。
わたしやアケミはこのふたりほどファッションショーに熱を入れあげている訳ではないが、協力は惜しまないつもりだった。
「キャシーや真樹ちゃんにも聞いてみないとね」とわたしが言うと、「そうね。今日はありがとう、可恋ちゃん。とても有意義だったわ」とゆえが可恋ちゃんの手を取って謝意を伝えた。
沈思黙考という感じだったハツミも「うん、ありがとう。とても勉強になったよ」とゆえに続いた。
わたしも「今日はわざわざ来てくれてありがとうね」と感謝する。
「華菜さんにはひぃなよりも普段お世話になっていますから、このくらい何でもないです」と可恋ちゃんが笑い、それを聞いたヒナが「もー」と言って頬を膨らませた。
笑い声が起こり、ようやく空気が普通の中高生の集まりといった感じに戻った。
わたしは口をつけることをすっかり忘れて冷めてしまった紅茶を飲み干す。
味はまずくなっていたが、頭を使って熱を帯びていた身体にはその冷たさが心地よかった。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木華菜・・・高校1年生。元はささやかなハロウィーンパーティとして、ゆえとハツミが来ることになっていた。お化けならぬ怪物のような可恋ちゃんにすっかり驚かされた。
野上
久保初美・・・高校1年生。華菜のクラスメイト。帰国子女。美人。これまでファッションには興味があってもショーにはそれほど関心がなかった。しかし、華菜たちとショーを見て、自分も関わってみたいと強く思った。
日野可恋・・・中学2年生。中学のファッションショーの指揮を執ったが、同じことを二度しても仕方がないとノウハウだけ教えてあとは任せようと考えている。
日々木陽稲・・・中学2年生。ハロウィーンだから街へ繰り出そうと提案したが、「寒いから嫌」と可恋に一刀両断された。
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