第145.5話 令和元年9月28日(土)「初めての一緒のお風呂」須賀彩花

 一糸まとわぬ美少女が、わたしの目の前に迫ってきた。

 潤んだ瞳、紅潮した頬、艶やかな唇、華奢な肩、膨らみ始めたばかりといった胸、それらがわたしの目に飛び込んでくる。

 ぷにぷにと柔らかそうな肌はみずみずしく、頬ずりしたくなるほどだった。


 ここはわたしの家の狭いお風呂場。

 綾乃の身体を洗ってあげたあと、自分の身体を洗いだしたところだった。

 椅子に座るわたしに、立っている綾乃が上から覆い被さるように顔を近付けてきた。


「彩花は、私のこと、どう思っているの?」


 近すぎて洗う邪魔だよと茶化すには綾乃の声は真剣すぎた。


「大切な友だちだよ」とわたしは綾乃に笑顔を向ける。


 本音を言えば、妹みたいと思っていた。

 彼女は小柄で小学生とよく間違われる。

 この夏、一緒に過ごすことが多かったが、妹ができたように感じていた。

 あまり気を使わなくても済むし、子どもっぽいところのある綾乃にお姉さんぶることもたびたびあった。

 美咲や優奈とならふたりきりでお風呂だなんて恥ずかしくて死んでしまいそうになるけど、綾乃とならそんなドキドキを感じない。


 本音を隠すだけのデリカシーを発揮したつもりなのに、綾乃はショックを受けたような顔をしていた。

 それにしても綾乃の身体は細い。

 目の前に全裸で、手で隠すこともなく立っているので、つぶさに観察してしまう。

 あばら骨が浮き上がるほど痩せている。

 腰のくびれはなく、幼児体型そのままだ。

 わたしもまだそんなに女性っぽい体型って訳じゃないけどね。

 お腹辺りの肌は青白く、ちょっと心配になる。

 日野さんが日々木さんを筋トレで鍛えているって言っていたが、綾乃の身体を見ているとその気持ちが分かる気がした。


「私は彩花がいちばん好きだよ」


 思い詰めた顔で綾乃が口を開いた。

 いちばんなんて言われるとドキッとしてしまう。

 わたしにとっていちばんの友だちは美咲だけど、美咲にとってのいちばんはわたしじゃない。

 男子に告白された時もこんな風にはっきりとは言われなかった。

 いちばんなんて言ってくれる綾乃をもっと大事にしないとと思う。


「わたしも綾乃のこと好きだよ」


 しかし、いちばんと言ってあげられなかったことに綾乃は拗ねたような表情になった。

 そんな綾乃も可愛らしいんだけど。


「証拠を見せて」と綾乃が口走る。


 綾乃は言ってから、言い過ぎだったと後悔するような表情に浮かべた。


「証拠?」


 わたしは訳が分からず、ただ問い返す。


 綾乃はこれまで以上に顔が赤くなり、ボーッとしているように見える。

 これって……と思っていると、綾乃は振り絞るように「わたしと……キ、キ」と言い掛けた。


「のぼせたんじゃない? 気分悪いの? ちゃんと言わなきゃ!」


 わたしは大声を上げて立ち上がった。

 手についていた石けんの泡を洗い流し、綾乃の額に当てる。

 少し熱っぽい気がする。

 テストが近いのに風邪なんて引いたら大変だ。


 わたしは身体についた泡を素早くシャワーで流し、綾乃を連れ出そうとする。

 綾乃は「大丈夫だから」と膨れているが、そういう訳にはいかない。


「ほら、出よう」と促すと、「嫌」と駄々をこねるようにわたしにしがみついてきた。


 わたしは以前の経験を思い出し、綾乃の頭を自分の胸元に押しつけるようにしてギュッとハグする。

 裸同士というのはちょっと恥ずかしいけど、いまは気にしている場合じゃない。

 すぐに綾乃は抵抗をやめた。

 落ち着いたようで、わたしの指示に従ってくれるようになった。

 でも、なんだかボーッとしているみたい。


 ぐったりしているように見える綾乃を抱きかかえるように脱衣所に運び、身体を隅々まで丁寧に拭き、下着やパジャマを着せてあげる。

 綾乃が素直だから、妹の面倒を見ているように感じて少し楽しかった。

 わたしは自分の身体にバスタオルを巻いて綾乃を自分の部屋のベッドまで連れて行き、そこに寝かせた。


「寝てていいからね」と言ってわたしはお風呂に戻った。


 入浴を済ませて部屋に帰ると綾乃はまだ起きていた。


「眠れない?」と聞くと、「彩花はずるい」と言われてしまった。


「え? 何が?」とわたしはさっぱり訳が分からず、聞き返す。


 綾乃は複雑そうな表情を浮かべたまま何も言わない。

 うわごとみたいなものかなと判断して、少し早いけど寝ることにした。


 綾乃が一緒がいいと言うものだから、狭いベッドにふたりで横になる。

 わたしを抱き枕か何かと思っているのかというくらい彼女はギュッと抱き付いてきた。

 夏場の寝苦しいほどの暑さはなくなったとはいえ、体温の高い綾乃に抱き付かれているとすぐに暑く感じてしまう。


「暑いよ、綾乃」とわたしが零すと、「パジャマを脱げば?」なんて無茶なことを綾乃が言った。


 寝ぼけているのだろう。

 わたしは一晩だけだからと、我慢することにした。

 灯りを消した部屋の中で、彼女の鼓動がしっかりと伝わって来ることに不思議な感じがした。

 なんだか安心する。

 そんなことを思っていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・中学2年生。昼間はみんなで中間テストに向けた勉強会をした。今度のテストはかなりピンチだと焦っている。


田辺綾乃・・・中学2年生。相手に特別な存在だと思わせるために、積極性とスキンシップの重要さをアドバイスされた。成功したのか失敗したのかは微妙なところ……。

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