第133話 令和元年9月16日(月)「綾乃の機嫌の直し方」須賀彩花
「最近、彩花って塚本さんと仲良いよね」
突然、綾乃が息のかかる距離まで顔を近付けた。
綾乃の綺麗に整った顔立ちに迫られ、わたしは思わずのけぞった。
彼女はいつものように無表情だが、それがかえって怖い。
夏休み以降、綾乃はうちによく遊びに来るようになった。
彼女は小柄で可愛らしくて、まるでペットのよう。
自分から積極的に喋る方じゃないし、一緒にいても疲れない。
お互い気を使わなくていい感じなので、彼女の好きにさせていた。
今日も午後から遊びに来てくれたが、あからさまに不機嫌なオーラを出していた。
「Aチームで一緒だからね」とわたしが言っても、綾乃は刺々しい視線を送り続ける。
ベッドに並んで腰掛けていたら、今日はやたらとくっついてくる感じだった。
どうしたんだろうと思っていたら、急に詰め寄られた。
綾乃らしくないと思う。
「今日はデートなんだって、明日香ちゃん」
何の気なしに言った言葉にも、綾乃はますますにじり寄ってきた。
このままだと押し倒されてしまいそうだ。
少し距離を取ろうとしたが、綾乃はわたしの右腕にしがみついてきた。
「いったいどうしたの?」と声を上げる。
綾乃は黙ったまま、わたしの腕を両手で抱え込み離そうとしない。
強引に引き離すこともできるけど、それはしたくなかった。
わたしは綾乃が落ち着くまでじっと待った。
「塚本さんとは今日も会ったんだよね?」
綾乃がボソボソと小声で言った。
寂しげに聞こえた。
「ダンスの練習だよ。外で一人だと恥ずかしいから付き合ってもらったの。雨だったから、あまりできなかったけどね」
近くの公園の屋根のあるスペースで少しだけ練習した。
明日香ちゃんは午後からデートだと楽しそうに話していた。
「優奈やひかりでもいいじゃない」と綾乃が拗ねたように言った。
「うーん、あのふたりはダンスが上手いから……。明日香ちゃんだと同じくらいのレベルだから張り合いがあるのよ」
わたしが「明日香ちゃん」と言った時に綾乃の顔が強張ったことに気付いた。
「もしかして、明日香ちゃんって呼ぶのが気になるの?」
綾乃はわたしの質問に対して、わたしの右腕を無言でつねることで答えた。
「痛ッ!」と小さな悲鳴を上げてしまう。
彼女は怒っているようだ。
でも、どうしたらいいんだろう?
「えーっと……、ごめんなさい?」
とりあえず謝ってみた。
つねられはしなかったものの、綾乃の表情は変わらない。
「雨も上がったし、ふたりでどっかに遊びに行こうか?」と提案してみる。
綾乃は少し考えてから「いい」と首を横に振った。
ほんのわずかだけど、雰囲気は和らいだように感じた。
「運動会が終わったら、遊びに行こうよ」と更に言ってみる。
「……ふたりで?」と綾乃が囁く。
「美咲たちも……」とわたしが言い掛けたら、右腕を強く抱き締められた。
「……ふたりで行こうか」とわたしは苦笑しながら言い直す。
そういえば綾乃はひかりのことを嫌っていた。
美咲たちと一緒なら、当然ひかりもついて来る。
それが嫌なんだろう。
右腕にしがみついたままだが、ようやくピリピリした空気が消えたので、話題を変える。
「綾乃は合宿に参加しなかったじゃない。美咲ががっかりしていたよ」
綾乃は夕食会には来たが、泊まらずに帰った。
美咲のグループ5人のうち、わたし、優奈、ひかりはAチームだったので日野さんの家に宿泊した。
美咲は綾乃に泊まって欲しかったと残念がっていた。
日々木さんが泊まったので嬉しそうではあったんだけどね。
綾乃は「彩花と……」と言い掛けて口籠もる。
「綾乃んち、意外と厳しいんだね。泊まるのは美咲の家だから、綾乃は許してもらえるとばかり思っていたよ。うちもさぁ、最初は反対されたんだけど、小野田先生や日野さんのお母さんのお手紙を見せたら、今回だけ特別だって許可してもらったの」
綾乃は聞き上手だ。
わたしの話を真剣に聞いてくれるから、つい口が軽くなる。
「日野さんの家に泊まった時にね、日野さんのお母さんからいろいろと面白いお話を聞いたんだけど、日野さんはお母さんが帰って来る前に寝ちゃったのよ。それなのに急に起きてきて、お母さんがいることに驚いていたの。一緒にいたわたしたちの方がびっくりしたよ。お手紙にも責任を持って面倒を見ますみたいに書かれていたから、いるのが当然だと思っていたしね」
他の子が相手だと話題に気を付ける。
綾乃なら適当に聞き流すことがないので、わたしも調子に乗って話すことが多い。
だから、口を滑らせることもある。
「あの広いリビングにみんなで寝るって話だったんだけど、マットレスが足りなくて、クジでふたりは客間で寝ることになったのよ。みんなと一緒の方がいいなって思っていたのに、客間が当たっちゃったんだ。でも、客間のベッドが凄くてね、とてもふわふわなのよ。それでいて沈みすぎない感じで、快適に眠れたの。こんな素敵なベッドがあるなんてって感動したよ」
わたしは自由な左手でいま座っているベッドのマットレスを押し、記憶の中のものと比較してみた。
雲泥の差だよと思っているわたしに、「誰と一緒に寝たの?」と綾乃が冷たい言葉を浴びせた。
せっかく穏やかになっていた綾乃が、またしても剣呑な空気を漂わせる。
「えーっと……」
自分でも目が泳いでいるのが分かる。
ここで誤魔化しても、優奈たちに聞けばすぐに分かることだ。
それに、もう誤魔化そうとしている素振りを見せ過ぎて、バレバレだろう。
「……明日香ちゃん」
わたしが潔く答えたのに、綾乃はわたしの右腕をつねる。
「痛いって!」とわたしは叫ぶ。
「綾乃にも紹介するから! 明日香ちゃんはサッパリした良い子だから、綾乃もきっと気に入るよ」
綾乃は爪まで立ててきた。
マジで痛い。
「許して! ごめん、わたしが悪かったから」
何が悪いのかも分からずにとにかく謝る。
「お願い! ね?」
わたしは必死で宥めようと、開いていた左手で綾乃を抱き抱えるようにする。
すると、ようやく攻撃が止まった。
「ほら」と右手を動かして両手でハグする意思を示すと、ようやく綾乃はわたしの右腕を離してくれた。
わたしは綾乃を両手で抱き寄せる。
綾乃はわたしの顎の下に顔をうずめ、身体を密着させた。
彼女の髪から甘い香りが漂い、わたしの鼻腔をくすぐる。
綾乃が落ち着き、わたしはホッとする。
これでおとなしくなってくれるのなら安いものだ。
しかし、今日は涼しいとはいえ、彼女の体温が直接伝わって来るので、すぐに暑く感じるようになった。
綾乃の背中に回していた手を緩めても、彼女は離れようとしない。
……えーっと、これ、どうしたらいいの?
綾乃の機嫌の直し方は分かったものの、わたしは途方に暮れた。
††††† 登場人物紹介 †††††
須賀彩花・・・ご褒美デートはもちろん美咲と! 綾乃は仲の良い友だちだよ。
田辺綾乃・・・夏休み中は美咲や優奈が忙しかったから、わたしのところに来ていたんだと思う。(彩花談)
松田美咲・・・日々木さんが泊まってくれたことが相当嬉しかったみたい。ちょっと妬けちゃうな。(彩花談)
笠井優奈・・・明日香ちゃんと同じで、今日はデートなんじゃないかなあ。(彩花談)
渡瀬ひかり・・・優奈や美咲と一緒なら平気だけど、ふたりきりだと何を話していいか分からないんだよね。(彩花談)
塚本明日香・・・他の女子のようにつるんだりしなくても平気なのが凄いなあって思う。(彩花談)
日野可恋・・・日野さんのお母さんは学校の先生というより、親身になってくれる親戚のおばさんという感じがした。むしろ、日野さんの方が先生っぽい。(彩花談)
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