第132.5話 令和元年9月15日(日)「凄い世界」日々木華菜
「凄かったよ!」
ヒナは帰って来るなり全身で喜びを爆発させるような笑みを浮かべてそう言った。
昨日の夜の出来事なのに、いまだに興奮が覚めやらぬようだ。
「本当に凄かったです」
ヒナを送って来てくれた可恋ちゃんまでうっとりした目でわたしに言った。
午前中に学校でダンスの練習をしてから、ヒナは可恋ちゃんや純ちゃんを連れて帰って来た。
わたしの中学時代も運動会のダンスに精を出す生徒はいた。
でも、それはクラスのうちの数人で、ヒナたちのようにクラス全体がまとまって自主的に練習をすることなど一度もなかった。
ましてや、合宿なんて。
今日のお昼は三人ともうちで食べることになった。
純ちゃんはスイミングスクールへ行く準備のために一度家に帰るが、ヒナと可恋ちゃんは昼食作りを手伝ってくれる。
「みんなでドレスを着て、凄く盛り上がったんだよ」
ヒナは目を輝かせながら、クラスメイトのドレスの良さをひとりひとりについて語ってくれる。
残念ながら、ヒナのクラスメイトで顔を知っているのは可恋ちゃんと純ちゃんくらいなので、適当に聞き流す。
可恋ちゃんも夕食会について熱く語ってくれた。
「料理はとても手が込んでいました。素材も厳選されていて、中学生に出すものじゃないと思いました」
「いいなあ」と羨ましがると、「華菜さんをスパイとして厨房に送り込みたかったですね」と可恋ちゃんが笑う。
「料理を作られた方が最後に挨拶にお見えになったのですが、30代くらいの女性でした」
「へぇー、凄いね」と感心すると、「松田さんに紹介してもらって、うちで呼びたいと思ってるんです。もちろん、ひぃなのご家族もご招待しますよ」とかなり真剣な眼差しで可恋ちゃんが語った。
「パーティだね!」とヒナが嬉しそうだ。
「あくまでも食事がメインだからね」と可恋ちゃんが釘を刺す。
「分かってるよ」とヒナは答えるが、また何か企むかもしれない。
気を付けておかないと……と考えていると、可恋ちゃんは遠い目をしながら「それにしても、あのデザートは……人を堕落させる悪魔の御技だと思いました」と囁いた。
そんなに凄いのかと興味を惹かれる。
ヒナは「おいしかったよね」と割と普通に相づちを打つだけだ。
食事に関しては、ヒナよりも可恋ちゃんの舌を信じてしまう。
いつ実現するか分からないが、わたしもパーティが待ち遠しくなった。
次に話題になったのは執事やメイドのことだった。
フィクションの世界にしかいないものだと思っていたよ。
「お皿の持ち運びひとつを取っても非常に洗練されていました。身のこなしも優雅で、日常の何気ないような動作も極めれば本当に美しいんだと感動しました」
可恋ちゃんの絶賛ぶりに驚く。
彼女自身、所作の美しさは他に類を見ない。
いつも背筋をピンと伸ばし、指先にまで神経を行き渡らせているような仕草に目を見張ることがある。
その彼女が感動するなんて、いったいどんな人たちなんだろう。
「あんなフォーマルな服装をしていながら、あれだけの動きができて、美しく見せるのって、重要な視点だと思うのよ」とはヒナの弁だ。
「服を美しく見せる動き、動きによって美しく見える服、単なる作業着や仕事着の次元を越えた表現の可能性があるんじゃないかしら」
「空手着も動きの中で良さが見えるよね」とヒナの語りに可恋ちゃんが付き合うが、「空手着は可恋が着たら格好いいけど……」と話が噛み合わないようだ。
「服装は自己表現の手段なのに、お仕着せの執事服やメイド服で表現できてしまうものって何なのか難しいよね。記号的な性格が強い気もするんだけど……」
ヒナが何を言っているのか分からないと正直に告白すれば、更に熱く語り出すだろう。
そんなヒナを眺めるのも一興だが、いまは昼食作りの最中だ。
わたしは自重して、料理に専念する。
ヒナと可恋ちゃんは服装の話から、松田さんの家の内装の話へと移っていく。
ヒナはファッション好きが高じて、主に海外の映画のファンになり、ファッションだけでなく映画の中の美術にも興味を持つようになった。
洋服を極めるには欧米の文化は避けて通れないらしい。
そんなヒナの話題に、可恋ちゃんも平気な顔でついて行く。
なんでそんな話題について行けるのか不思議に思い聞いてみると、「海外のミステリーを読むのが趣味なので」と可恋ちゃんは答えた。
古い作品だと欧米の上流階級の暮らしぶりや洋館の様子が詳細に描かれているらしい。
「名探偵さんに質問なんだけど、松田さんの家は普通の家より少し広いくらいだと言っていたよね。それなのに、どこにそんな広い食堂があったの?」
わたしは気になっていたことを尋ねたみた。
一階がまるまる食堂でもない限り、おかしいんじゃないかって思ったのだ。
ヒナは不思議そうに首を捻っている。
名探偵の可恋ちゃんは答えを知っているようだった。
「ひぃなは分かる?」と可恋ちゃんがヒナに訊くが、「分かんない。教えて」とすぐに音を上げた。
可恋ちゃんは人差し指を立て、にこやかに笑う。
「トリックでもなんでもなくて、食堂は半地下にありました」
「半地下?」とわたしとヒナは声を揃えた。
「ひぃながいた二階に上がる階段って長かったでしょう?」と言うが、ヒナはきょとんとしている。
「食堂に行く廊下は軽い下りのスロープでした。何人かは気付いたんじゃないですかね」と可恋ちゃんは何でもないように話す。
「どうしてそんな家にしたんだろう?」とわたしが疑問を呈すと、「さすがに理由までは分かりません」と可恋ちゃんは肩をすくめた。
「少し広いくらいというのも錯覚みたいなんですよ。地図で確認したら、普通の家の二倍くらいの敷地があります。豪邸に見えないような工夫なんですかね」
不思議な話だ。
でも、世の中には面白いこと、奇妙なこと、凄いこと、不思議なこと、いろんなことがあるなと最近思うようになった。
ヒナや可恋ちゃんはそっち側の人間で、わたしは彼女たちのお蔭で少しだけそこに触れることができる。
きらびやかな世界だけど、見えないところで懸命に努力しないとすぐに溺れてしまうような場所だ。
わたしはこっち側でわたしなりに頑張って、ふたりを応援できればいいなと思う。
ようやく昼食が完成した。
可恋ちゃんに手伝ってもらって料理を並べ、ヒナにはお父さんと純ちゃんを呼んでもらう。
わたしは、午後はゆえたちとお出掛けだ。
話のネタがいっぱいできた。
みんながどんな反応を見せるのか楽しみだ。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木華菜・・・高校1年生。料理が趣味。味覚を鍛えるには美味しいものをいっぱい食べると良いと言われたが、高校生のお小遣いではねえ……。
日々木陽稲・・・中学2年生。将来の夢はファッションデザイナー。日々、そのための努力を惜しまない。
日野可恋・・・中学2年生。料理は栄養管理のために始めたが、計画を立て、それを実行して完成させる工程が好き。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます