第84話 令和元年7月29日(月)「札幌」日々木陽稲

 札幌は神奈川の地元と最高気温が変わらないという暑さだった。

 昼に可恋から暑いとメッセージが届いたが、こっちも暑いと返すしかない。


 ゴールデンウィーク前に来て以来の札幌だ。

 わたしのお祖母ちゃんが交通事故に遭遇し亡くなった。

 急いで駆けつけ、慌ただしくお葬式をして、わたしたちは帰った。


 札幌にはお祖父ちゃんだけでなく、お母さんの妹である宣子叔母さんの家族が暮らしている。

 同じ家ではなく、近所に住んでいて、宣子叔母さんのふたりの娘、わたしの従妹たちはよく祖父母の家で過ごしたそうだ。


 わたしの父方の従兄姉はみんなわたしよりも歳上だ。

 祖父の”じいじ”がわたしを贔屓する関係で、彼らとはあまり仲が良くない。

 夏と冬の長期休暇のたびに必ず顔を合わせるが、億劫に感じることも少なからずある。

 一方、札幌の従妹たちは顔を合わすのは年に1度あるかないかだけど、わたしよりも歳下でとても慕ってくれる。


 北海道の学校は基本的に一週間遅れで夏休みが始まる。

 だから、彼女たちにとって夏休みは始まったばかりだ。

 わたしもお祖母ちゃんが亡くなった時はとても悲しかった。

 しかし、その後はお祖母ちゃんの不在を感じることはほとんどない。

 従姉妹たちにとってはそうではないだろう。

 特にお祖母ちゃんが亡くなって初めての夏休みを迎えるいま、少しでも彼女たちの力になれたらいいなとわたしは思っている。

 二泊三日と短い滞在だけど、そんな想いを込めて、わたしはお母さんとお姉ちゃんと三人で札幌までやって来た。


 お母さんは先にお祖父ちゃんの家に向かい、わたしはお姉ちゃんと宣子叔母さんの家に行く。

 出迎えてくれたのは従姉妹の香波ちゃんと桂夏ちゃんだ。


「こんにちはー。久しぶりだね。元気だった? ……ふたりとも、大きくなったね」


 小学6年生の香波ちゃんは春もわたしより背が高かった。

 小学3年生の桂夏ちゃんは春はわたしとほぼ変わらない身長だったはずだ。

 本人たちはさほど背が伸びた意識がないようだが、わたしは少しばかりショックだった。

 ……もしかして、わたし成長止まっている?


「留守番偉いね」とお姉ちゃんが褒め、わたしは「これ、お土産」とTDLで買ったグッズをふたりに手渡す。


 ひとしきりTDLの話題で盛り上がり、わたしはふたりが元気なことに胸をなで下ろす。

 香波ちゃんが飲み物とお菓子を出してくれて、わたしたちは更にお喋りを続ける。


「学校はどう? 楽しい?」


 ふたりが頷いたのを見て、「面白かったことを陽稲お姉ちゃんに聞かせてくれる?」とねだった。


 桂夏ちゃんは友だちのことや最近行った遠足の話をしてくれた。


「香波ちゃんは何かあった?」とわたしが聞くと、話しづらそうにしていた。


 そこで、先にわたしの話をすることにした。

 一昨日のファッションショーのことを話す。


「本当に凄くて感動したの!」


 お姉ちゃんは聞き飽きたって顔をしているけど、わたしはショーの一部始終を感情を込めて語った。

 光り輝き、心沸き立つ舞台。

 モデルと衣装のせめぎ合いや、そこから伝わるデザイナーの思い。

 このショーを作り上げようと必死になっていた人々のこと。

 そして、一緒に見学に行った友だちの話。

 わたしは身振り手振り満載で楽しかったことを歳下の従妹たちに伝えた。

 ふたりはとても喜んでくれた。


 お姉ちゃんは初めてのバイト体験をふたりに披露した。

 意外と興味津々といった感じでふたりは聞いている。

 お姉ちゃんが話し終わると、香波ちゃんが自分の番と言った感じで話し始めた。


「わたしは……特に話せるようなことは、何も、なくて……」


 言葉を選びながら、ポツリポツリと話してくれる。


「友だちと一緒の時は楽しいけど、家だと、……何か、ひとりの時は特に、寂しくて、桂夏がいる時も、お姉ちゃんだから、しっかりしないといけないから、あんまり、楽しいこととかなくて、……ごめん、なさい」


 涙ぐむ香波ちゃんをお姉ちゃんがギュッと抱き締めた。

 香波ちゃんを見て、桂夏ちゃんも泣き出した。

 わたしは桂夏ちゃんを抱き寄せて、安心させる。


「大丈夫だよ。香波ちゃんは偉いね」とお姉ちゃんが香波ちゃんの背中をポンポンと叩き励ますと、香波ちゃんは声を上げて泣き始めた。

 堰を切ったように泣く香波ちゃんを見ていると、わたしまで目が潤んでくる。

 お姉ちゃんは香波ちゃんの耳元で何か囁いている。

 お姉ちゃん同士でないと分からないことがあるのかな。

 わたしは桂夏ちゃんの頭を撫でながら、そんなことを考えていた。




 夜は手巻き寿司パーティーを開くことにした。

 お姉ちゃんを中心に子ども4人で準備をする。

 宣子叔母さんは外食を考えていたみたいだったけど、わたしたちがやりたいと言って押し切った。

 宣子叔母さんの家族4人、うちの家族3人、お祖父ちゃんの合計8人の大所帯となるので準備も大変だ。

 お姉ちゃんと香波ちゃんは買い物に出掛けて行き、わたしは桂夏ちゃんとお留守番だ。


 しばらくすると、お祖父ちゃんがやって来た。


「美人になったなあ。祖母ちゃんそっくりだよ」と言われ、さすがのわたしも返答に困る。


 お母さんは買い物に行ったふたりに合流し、大量の食材を抱えて帰って来た。

 お姉ちゃんの指揮の下、手巻き寿司の準備をする。

 泣いていたのが嘘のように香波ちゃんは溌剌と手伝っていた。

 わたしは最近向上した料理の腕を披露したかったけど、あまり出番はなかった。

 手巻き寿司だしね。

 失敗しちゃいけないところはお姉ちゃんがやって、任せられるところは従妹のふたりに仕事を振っていた。

 わたしは食器を並べたり、食材を見栄えがするように飾ったりすることに精力をつぎ込んだ。


 夕食はとても賑やかなものになった。

 香波ちゃんも桂夏ちゃんも元気になったし、わたしもお姉ちゃんもよく喋った。

 笑顔の絶えないこの時間を、きっとお祖母ちゃんも見守ってくれているに違いないとわたしは思った。


「ヒナ、ちゃんと食べないと可恋ちゃんに叱られるよ」


 少しボーッとしてしまったわたしにお姉ちゃんが言った。


「ちゃんと食べてるよお」と頬を膨らませて反論するが、「陽稲お姉ちゃん、おいしくないの?」と桂夏ちゃんに心配されてしまう。


「そんなことないよ。とってもおいしいよ。これ、桂夏ちゃんが作ってくれたものだよね」と笑顔を向ける。


「陽稲ちゃんは、天国にいるお祖母ちゃんが見守ってくれているのに気付いたのよ」と宣子叔母さんがわたしの心を見透かしたように言った。


「そうなの?」と桂夏ちゃんに尋ねられて、何と答えていいか迷ったが、「お祖母ちゃんはニコニコ笑ってわたしたちを見ているのよ」と肯定した。


「陽稲ちゃんって、猫のようにわたしたちに見えないものを見てる気がする」と宣子叔母さんが言うと、お姉ちゃんも「分かります」と相づちを打つ。


 わたしからすれば、宣子叔母さんの方がわたしの心を読んでいるように見えるのに。


「わたし、良い子にしてるから、ずっとお祖母ちゃんに見守っていて欲しいって頼んでくれる?」と桂夏ちゃんは真剣な顔でわたしに話す。


「うん、ちゃんと伝えるね」と言うと、桂夏ちゃんは嬉しそうな顔になった。


 その横で香波ちゃんが何か言いたそうにしている。


「香波ちゃんのことも伝えるから」と言うと、ホッとしたように頷いてくれた。


「陽稲ちゃん、ワシもいいか? ワシを残して先に逝ったのだから、たまには夢に出て来いと言ってやってくれ」と少し酔って赤い顔をしたお祖父ちゃんがわたしに言った。


「ボケたんじゃないの」

「まず良い爺さんにならないと」


 と、間髪入れずにお母さんと宣子叔母さんがお祖父ちゃんに言う。


「死んでまでお父さんの面倒を見たいと思わないでしょ」

「自分のことはもう少し自分でやってもらわないと」


 しんみりとした空気は実の娘ふたりによるツッコミであっという間に消え失せていたのだった。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・中学2年生。他人の感情を読み取ることは長けているけど霊感はない。


日々木華菜・・・高校1年生。ヒナのコミュ力は犬や猫にも通用するので、幽霊相手にコミュニケーションをとっても不思議ではないと考えている。


里中香波・・・小学6年生。同年齢の中では大柄なこともあって、周囲からしっかりものだと見られている。


里中桂夏・・・小学3年生。陽稲お姉ちゃんは妖精か何かだと密かに思っている。


里中宣子・・・陽稲たちの母の実妹で、香波と桂夏の母。周りのことをよく見ることのできる人だが、意外と実の娘のことは見えていなかった。

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