第73話 令和元年7月18日(木)「テーマ」日々木陽稲
「それでは会議を始めます」
放課後、2年1組の教室でわたしは宣言した。
参加者は4人。
わたし、高木さん、松田さん、千草さん。
教室にはあとひとり、純ちゃんがいて、隅に座って見守っている。
可恋は生徒会室へ行った。
今日は生徒会主催の全校集会が行われ、スマホやSNSの使い方を生徒の立場から問題提起した。
炎上の実例やSNSの危険性などを説明した後、ひとりの軽率な行為が生徒全員に影響を及ぼすのですと語った小鳩ちゃんの思いは多くの生徒に伝わったと信じたい。
可恋は労うだけと言ったけど、また何か仕事を押しつけそうで心配だ。
釘は刺しておいたものの、可恋は笑っただけだった。
「議題は文化祭で行うファッションショーのテーマです」
可恋のいない会議をわたしが仕切る。
可恋を真似て、凜々しく振る舞おうと心がける。
「可恋からは中学生らしくという注文がありました。しかし、”中学生らしさ”というものがわたしにはよく分かりません。そこで、みなさんのお力をお貸しいただきたい」
どうだという感じで参加者を見回すが、以前話し合った高木さん以外は腑に落ちない顔つきだ。
「この前、日々木さんと話しましたが、そこで挙げられた衣装のイメージは中学生らしさとは違うかな……といったもので、えーっと、大人っぽくて目新しいユニークなものでした。そうですね、いかにもファッションショーで見られるような斬新なもので……。残念ながら、日野さんからはダメ出しされてしまうと思います……」
高木さんが補足してくれる。
「日々木さんが考えている衣装とはどんなものですか?」
松田さんに問われ、わたしは鞄から資料を入れたバインダーを取り出した。
書き溜めたラフスケッチや参考にしようと思っている写真などが入っている。
それを机の上に広げた。
「こういうの」
わたしの言葉に三人が覗き込む。
「これって……かなり大胆すぎる気が」と千草さん。
高木さんは「日野さんに見せたのですか?」と聞かれ、「テーマは自分たちで決めるようにって言われているから見せていないよ」と首を振った。
「確かに……中学生らしさは感じられませんね……」と困ったように松田さんが言った。
「じゃあ、聞くけど、みんなが考える”中学生らしさ”ってどういうものなの?」
わたしの質問に三人はしばらく考え込む。
最初に口を開いたのは松田さんだった。
「やはり、清純さでしょうか」
「健全さとか、健康的とか、そういったものも浮かぶよね」と千草さんが付け加える。
「健全で清純な乙女と言えば、まさに日々木さんが当てはまると思うのですが」
松田さんの言葉に他のふたりも同意するように頷いた。
「そういうイメージを持たれているのは知っているけど、実際はそんなじゃないよ」とわたしは反論する。
「あくまで周りが思うイメージですしね」
わたしを宥めるように高木さんが言った。
「ファッションって、そういう周りからの目じゃなくて、自己表現として存在するものだと思うの。周りからこう見られたいじゃなくて、わたしはこうだっていう主張がファッション本来の姿なんだと思う」
気まずい空気が漂う。
松田さんが「さすが日々木さんですね」と場を繕うように言ってくれるが、この空気が払われることはなかった。
今日は午後から気温が上がり、教室の中は蒸し蒸ししている。
わたしはゆっくりと息を吐いて、気持ちを落ち着けようとする。
「例えば、そうですね……高木さんに着せる衣装ってどんなものをイメージしますか?」
考えながら千草さんが言葉を発した。
高木さんは「あたし?」と驚いている。
わたしは高木さんをじっと見つめた。
そして、バインダーから一枚の写真を取り出した。
「これかなあ」
「無理です! こんなの着れません」
高木さんは即答だった。
確かに派手めで大胆な服ではある。
攻めている感じで印象的なのに。
「高木さんだけでなく、ここにある服だと着てくれる人はいないんじゃないかな」
千草さんがバインダーを指差して言った。
「それに、自己表現って誰にとっての自己表現なのかな? 日々木さん? それとも、着ている人?」
千草さんの指摘にわたしは言葉に詰まる。
わたしのファッションショーであるならばわたしの自己表現の場だけど、みんなのファッションショーならみんなにとっての自己表現の場になる。
少なくともわたしだけのファッションショーではないことくらいは分かっている。
わたしは両手で頬杖をつく。
言いくるめて着せることはできるだろう。
でも、それがみんなの望むファッションショーではない。
「高木さんはファッションショーで着てみたい服ってある?」
「あたしですか?」
わたしの問い掛けに高木さんは真剣に考えてくれる。
「中学生らしさのような制限なしで、単純に着てみたい服」とわたしは付け加える。
「ですが、TPOによって着たい服というのも違うのではないですか?」と松田さんが言った。
「どんな時に、どういう場所で、何の目的で着るのかという枠がないとわたしには選べない気がします」
松田さんの言葉にわたしは納得する。
わたしが着る服を選ぶ時も様々な条件を考慮する。
「うーん……自分をいちばんアピールしたいって思う場面ってどんな時だろう?」
わたしは外出時は常にベストな服装を考えるけど、それが一般的でないことは理解している。
それに、わたしだって可恋に会う時はいつもより気合いが入るし。
「初デート?」
高木さんが顔を赤らめながら言った。
「あー、中学生ならそんな感じかな」と千草さんが頷いた。
「そうですね、それは一大イベントですね」と松田さんも同意する。
わたしには今ひとつピンと来ないが、3人はそれで納得したようだ。
わたしは腕組みをして考える。
初デートに着ていく服か……。
資料として用意していた服が妥当でないのは間違いない。
でも、それだけじゃつまらないよね。
「分かった。みんなの意見を採り入れて『中学生らしい初デート』をテーマにするね。ただし、モデルが女子だけだから、女の子同士のラブラブなデートって感じにしよう!」
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・将来の夢はファッションデザイナー。
高木すみれ・・・将来の夢は画家。
千草春菜・・・将来の夢は国家公務員。
松田美咲・・・将来の夢はお嫁さん。
日野可恋・・・当面の夢は生徒会の山田小鳩の筋トレ勧誘。
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