第71話 令和元年7月16日(火)「夏休み前」三島泊里
「あー、ダルい……」
三連休明けの学校。
さっさと夏休みに入れよな。
そんな気持ちで学校に向かう。
天気悪いし、ジメジメしてるし、ビミョーに寒かったりするしで、ホント嫌になる。
しかし、目前に迫る夏休みになったらなったで、問題があった。
去年の夏休みは合唱部の練習に明け暮れた。
運動部かってくらい鍛えさせられ、かなりキツい練習が多かった。
面倒がってはいたけど、谷先生は練習はちゃんとしていた。
練習が休みの日はひかりとふたりで遊んでばかりいた。
だから、1年の夏休みはあっという間に過ぎた。
だが、今年の夏休みは予定がまったくない。
合唱部は事実上退部扱いだ。
ひかりと話すこともめっきり減った。
ひかりのいない合唱部に戻る気にもならない。
学校だと春菜や明日香が声を掛けてくれるけど、学校の外で会う関係じゃない。
それに春菜は夏季講習があるって言うし、明日香は彼氏とイチャイチャしてるだろう。
ダラダラ過ごす夏休みも悪くないかと思い始めた頃に教室に着いた。
すると、ひかりと笠井さんがやって来た。
「おはよう、泊里」
珍しいこともあるものだ。
こちらから声を掛ければ、挨拶程度は返してくれるが、ひかりから声を掛けられるなんてあの事件発覚以降ほとんどなかった。
「おはよう、ひかり」
あたしはひかりにだけ挨拶する。
「昼休みに小林先生のところに行くようにだって」
「小林先生?」
ひかりの言葉に首を傾げる。
小林先生って誰だっけ?
「谷の代わりに来た音楽の先生だって」と笠井さんが教えてくれた。
授業や合唱部の指導はもう一人いた音楽の先生が受け持っている。
でも、当たり前だけど、谷先生の代わりが来てたんだ。
そういえば、文化祭の有志による合唱の指導を新しい先生がするって言ってたっけ。
「行くよね?」とひかりに問われ、あたしは頷いた。
昼休み、職員室に向かう。
あたしとひかりだけでなく、笠井さんもついてきた。
なんだか、あたしとひかりの二人だけにさせないように警戒しているみたいだ。
ウザいと思う。
言ったところで、ひかりは笠井さんにべったりだから聞きはしないだろうけど。
「そういえば須賀さんに彼氏ができたって噂だけど」
「土曜に告られたんだって」
あたしの言葉に答えたのは笠井さんだった。
須賀さんはひかりや笠井さんと同じグループの女子だ。
それなのにひかりの反応は鈍かった。
「へぇー、オッケーしたの?」
「付き合っちゃえって背中押したら、ホントに付き合うことにしたみたい」
笠井さんは少し自慢げに答えた。
あたしは須賀さんのことはよく知らない。
可愛い子が揃う松田さんのグループの中では、割と普通な感じの子だとしか。
あれで彼氏ができるんなら、あたしにだってできても不思議ではないよねと思わなくもない。
男子と話す機会なんてさっぱりないけど。
「三島さんも彼氏作れば? 紹介するよ」
あたしの心を見透かしたように笠井さんが笑顔で言った。
男友だちの多い彼女の言葉にグラリと気持ちが動く。
しかし、その笑顔に潜むものがありそうで怖い。
「別に、興味ないし……」
あたしの強がりに、「気が変わったらいつでも言ってね」と語る笠井さんのニヤニヤした顔が目に焼き付いた。
谷先生は若いお姉さんといった雰囲気だったけど、小林先生はあたしの両親と同世代か少し上という感じの厳しそうな女の人だった。
あたしたち三人に気付くと、スッと立ち上がり先に挨拶した。
「話は聞いています。新任の小林です」
そして、鋭い視線であたしたちを見つめた。
「どちらが渡瀬さんで、どちらが三島さんかしら」
「渡瀬です」
「あたしが三島です」
先生の言葉にあたしたちが名乗る。
残る笠井さんに「あなたは?」と先生が尋ねた。
「同じクラスの笠井優奈です。有志として合唱に参加します。よろしくお願いします」
笠井さんは普段とは別人のようにしっかりとした挨拶をした。
あたしたちふたりがぼそぼそと答えたのとは雲泥の差だ。
小林先生は改めてあたしたちふたりを見た後で、笠井さんに「話に参加して構いません」と許可を与えた。
日野さんからはあたしとひかりがリーダーと言われているけど、どう考えたってふたりはそんなタイプじゃない。
ひかりは歌は抜群に上手いが、まとめ役って柄じゃないし、あたしは何の取り柄もない。
その点では笠井さんがいてくれてありがたかった。
「現在、あなた達の他に参加希望は4、5名と聞いています。練習は2学期の中間テストが終わってから本格化しますし、参加者を集めるのも2学期に入ってから精力的に行うそうです」
先生の説明に、当分はヒマかとあたしは思う。
「そこで、地元の合唱団の練習に参加してみないかと生徒会から提案がありました。合唱部に戻るのに抵抗があるのなら、やってみてはどうかしら? 体力作りのメニューも用意しますし、夏休み中の過ごし方として有意義なのではないかと思います}
先生の提案を聞いて、あたしはひかりを見た。
どうせヒマだ。
ひかりと一緒なら。
夏休みの過ごし方として悪くないと思う。
ひかりは笠井さんの方を向いていた。
「ひかり、どうしたい?」と笠井さんが尋ねても「えー、あー、うーん……」とひかりは煮え切らない態度を示すだけだ。
ひかりは誰かが決めてあげないと。
自分では決められない子なんだから。
あたしが決めてあげたら、以前のようにうんと頷いてくれるだろうか。
笠井さんばかり見てないで、少しはあたしの方を見ろよと思う。
小林先生は「強制じゃないから」と言ったきり、口を挟まない。
黙ったまま、あたしたちの動きを見ている。
笠井さんもそれ以上何も言わない。
時間だけが過ぎていく。
昼休みはもうすぐ終わる。
このまま時間切れになったら、この話はなかったことになるのだろうか。
それはなんだか嫌だった。
でも、あたしがやると言って、ひかりが一緒にやってくれる保証はない。
あたしひとりじゃ参加できない。
……ひかり。
「……ひかり」
とうとうあたしはひかりの名前を呼んだ。
ひかりは聞こえないのか振り向かない。
「ひかり!」
つい大きな声が出る。
ひかりが振り向いた。
あたしは自分が出した声の大きさで高ぶった気持ちのまま言葉を紡ぐ。
「あたしと一緒に……」
その時、ひかりの向こうにいる笠井さんの顔が見えた。
何かを企んでいるような表情。
それが成功すると確信した顔つき。
これ以上言っちゃいけない。
そう思ったのに、いや、そう思った時にはすでに言葉は発せられていた。
「参加するよね」と。
ひかりは一瞬嬉しそうな笑顔を見せた。
しかし、ひかりが何か言う前に「ごめん、アタシは無理だから」と笠井さんが早口でまくし立てた。
ひかりは笠井さんの方へ顔を向け、「じゃあ、わたしも参加しません」とハッキリと答えた。
††††† 登場人物紹介 †††††
三島泊里・・・元合唱部でひかりの親友だった。事件後、ひかりと疎遠に。
渡瀬ひかり・・・元合唱部で当時顧問の谷先生に心酔し、彼女の指示で盗撮や売春を行った。事件発覚後は松田美咲のグループに加入。
笠井優奈・・・松田美咲のグループの一員。友だち思いだが、友だち以外に対しては容赦しない性格。
須賀彩花・・・松田美咲のグループの一員。クラスメイトの男子と付き合い始めた。
小林寿々子・・・谷先生の後任の音楽教師。40代。
生徒会の提案=あの人の指示
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます