第67話 令和元年7月12日(金)「陰謀」原田朱雀

「本当にいいの? すーちゃん」


 珍しくちーちゃんがまともなことを言っている。

 昼休みの家庭科室。

 今日もあたしとちーちゃんのふたりだけだ。


「いいよ。あんな奴ら、無視で」


「合唱禁止は闇の魔王の陰謀だから、光の力を合わせないと」


「戦う相手は魔王じゃなくて、クラスを牛耳るイキリどもよ!」


 あたしが大声で反論していると、教室の扉がノックされた。

 こんなところに誰だろう?

 あたしはさっきの大声を聞かれたかなとビクビクしながら扉のところまで行って開ける。


「お邪魔します」と笑顔を見せてくれたのは日々木先輩だった。


「ど、ど、どうぞ、入ってください」


 あたしは驚きのあまり、言葉がうまく出て来なかった。

 日々木先輩に続いて、3人の女子生徒が入ってくる。

 ひとりは一昨日も日々木先輩と一緒にいた怖い感じの先輩。

 あとのふたりは初対面だと思う。


 あたしはちーちゃんが座ったままだったのに気付き、慌てて近付いて引っ張ってくる。

 あたしは先輩たちの前でちーちゃんと並んで立ち、頭を下げて挨拶した。


「あたしは手芸部部員集め中の1年3組原田朱雀です。こちら同じクラスの鳥居千種です」


「お喋り中ごめんね。でも、この前、言った通りに入部希望者を連れて来たよ」


 日々木先輩は初対面のふたりの先輩を紹介してくれた。

 ふたりは現在は別のクラスだけど1年の時は同じクラスで仲が良く、一緒に入れる部活を探していたそうだ。


「わたしたち手芸は初心者だけど部活は真面目に頑張るからよろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします」


 あたしは天にも昇る心地だった。

 ついに部ができる!

 3ヶ月かけて矢口さんひとり誘うのが精一杯だったのに、日々木先輩はわずか2日でふたりも入部希望者を見つけてくれた。

 先輩はやっぱり女神様だ。


 あたしは入部希望届を鞄から取り出して書いてもらう。

 今日の放課後に生徒会に提出し、週明けの放課後に全員で集まって今後の相談をすることにした。

 先輩ふたりから部長は任せたと言われたが、これは言い出しっぺのあたしがやるべきだろう。


「じゃあ、あたしたちは先に戻るね」


 手を振りながらふたりが出て行く。

 日々木先輩たちが何か話したそうにしているので気を使ったのだろう。


「紹介していただいてありがとうございました」


 あたしは日々木先輩にお辞儀をした。


「いいよ、気にしないで。頑張っている人を見ると応援したくなるから。それに、わたしを誘ってくれたのに入らなかったからね」


「彼女が入ると、手芸目的じゃない人ばかり入っちゃいそうだからね」


 日々木先輩の言葉をもうひとりの先輩が補足する。

 そんなこと考えたこともなかったけど、日々木先輩目的で入ろうとする人はいるだろうと気付く。


「え、あ、すいません」


「本当に気にしないで。可恋もいちいち説明しなくていいから」


 手芸部やめて光の女神様教団でも作った方が良いんじゃないかと妄想していたら、可恋と呼ばれた先輩があたしに尋ねた。


「さっき叫んでたけど、何かあったの?」


 すっかり忘れていたが、そういえばクラスのゴタゴタについて怒っていたっけ。

 でも、日々木先輩に聞かせるのもなあと思っていたら、ちーちゃんが口を開いた。


「うちのクラス、文化祭でお化け屋敷をすることになったんですが、その衣装をすーちゃんとわたしだけで作れって言われて」


「えー!」って日々木先輩が声を出す。


 あたしはちーちゃんがちゃんと喋れることに驚いたよ。


「文化祭、合唱禁止になっちゃったじゃないですか。うちのクラス、何をするか全然決められなくて、お化け屋敷も最初は許可降りなかったんですけど、代案が出なくて仕方ないって感じで許可してもらったんです」


 あたしが詳しく説明する。


「今日ホームルームで役割分担を決めることになって、クラスの中心メンバーが当日の脅かし役をするって言い出して、他にも案内係とか楽なところを独占して、発言権のない人たちに準備を押しつけたんです」


 あたしは話すうちにまた怒りがこみ上げてきた。


「先生は何も言わないの?」


「うちの担任は放任主義っていうか、決められた役割さえ果たせば問題なしって感じなんですよ。負担の大きさの違いとか全然気にしてくれなくて、ホント嫌になっちゃいます」


 日々木先輩の質問にも不満の混じった声で返してしまった。


 クラスの半数近くが当日の役目を選んだ。

 学校行事に積極的に関わろうとしない生徒も数人いるし、部活優先という子もいる。

 準備担当は実質10人ほどで、みんなお化け屋敷の作り方を知らない。

 モチベーションは低く、準備担当は途方に暮れているのが現実だ。


「それは困ったね」と日々木先輩が慰めてくれる。


「手芸部ができたので、あたしたちは部活の方で頑張ります。クラスの方は……もう仕方ないです。ちーちゃんが合唱禁止は闇の魔王の陰謀って言ってましたけど、ホント最悪ですよね」


 あたしが同意を求めるようにそう言うと、日々木先輩はなぜか気まずそうに横にいるもうひとりの先輩を見つめた。




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・1年3組。趣味は手芸。自分ではごく普通の女の子だと思っている。


鳥居千種・・・1年3組。成績優秀で美人なのに厨二病という残念系。朱雀とは幼なじみ。


矢口まつり・・・1年4組。引っ込み思案。朱雀に振り回される未来しか思い浮かばない不幸少女。


日々木陽稲・・・2年1組。頑張っている子を応援するのが好き。


日野可恋・・・2年1組。原田朱雀からは日々木先輩のおまけ扱い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る