第60話 令和元年7月5日(金)「取材」志水アサ

 報道陣の数はめっきりと減った。

 ワイドショーに注目されている事件ではあるが、学校側のガードが堅く、また未成年である中学生への取材は批判を受けやすいため、取材先を教師の交友関係などへシフトしたところも多い。

 明日は学校が休みなので、私も学校周辺をうろつくのは今日で最後になりそうだ。


 学校前はもちろん、通学路も教師やPTAらしき人たちが巡回しているので生徒に話を聞くチャンスも少ない。

 それでも、そうした目を盗んで何人かには話を聞いた。

 音楽教師ということもあってか、ほとんどの生徒が谷先生を知っていると答えた。

 しかし、普通であればこっそりと話してくれる生徒はいるものだが、今回に限っては生徒の口が堅い。


 生徒が関わった事件というのが大きいのだろう。


 それにしてもショッキングな事件だった。

 中学校の現役女性教師による売春斡旋。

 他にも盗撮や児童ポルノの余罪もあり、金銭目的の犯行と言われている。

 この教師は私と同世代だ。

 アラサーで未婚。

 性格には問題を抱えていたが、指導力は優秀だったと他の教師から評されている。

 何が彼女をこんな事件に至らせたのか。

 本当に金銭目的だったのか。

 私はそれを知りたかった。


 もうひとつこの事件で印象に残るのは学校側の手際の良さだ。

 最近は記者会見の重要性が認識され、時として民間企業より学校などの公共施設の方がマニュアルに則ったしっかりとした記者会見を開くことが多い。

 しかし、今回中学校で行われた会見はマニュアル通りではなく、かなり話題となるものだった。

 賛否の声はあったが、ここまで生徒の名前は漏れておらず学校側の狙いは成功していると言える。


 通学路を離れた小道で制服姿の女子生徒が3人立ち話をしているのを見つけた。


「こんにちは」


 私は明るく声を掛ける。

 3人がこちらに顔を向けた。

 いちばん小柄で、外国人のように見える子が「こんにちは」と挨拶を返してくれた。

 そのイントネーションは日本人のそれだった。

 あとの二人は黙ったまま私を見ている。


 私は雑誌の名前を挙げて自己紹介する。

 名刺を差し出すとひとりが受け取りしげしげと見た。


「ちょっと話を聞かせて欲しいのだけど、いいかな?」


 警戒しているようなので、親しみやすい笑顔で言葉を続ける。


「君たちの名前は絶対に出しませんし、取材に応じてくれたことも決して誰にも漏らしません。ここだと話しにくければ、他の場所でもいいし、時間の都合が悪ければ君たちに合わせます」


「どんな話を聞きたいんですか?」


 名刺を受け取った少しボーイッシュな女の子がそう尋ねた。


「谷先生のことを聞きたいの」


 その子が頷くと、挨拶してくれた小柄な子が「わたしで良ければ」と言ってくれた。

 私が笑顔でそちらを向くと、「あとでわたしたちの質問に答えてもらえますか?」と言われた。


 大人相手なら珍しくはない。

 逆取材をしてくる人は少なくないし、こちらが女性ということでプライベートを訊かれることもある。

 そういう相手をうまくあしらうのもジャーナリストの能力だと思うので、「答えられる範囲でならね」と承諾した。


 取材はいま、この場でいいと言われたので、谷先生についての質問を始める。

 どんな先生か、授業での様子、聞いたことのある噂話などの質問に精一杯考えて答えてくれる。

 特に目新しい話は聞けなかったが、こうした取材の積み重ねこそが良い記事に繋がると思っている。

 それに誠意をもって答えてくれる少女の様子にとても好感を持った。


「谷先生に贔屓されていた生徒は知ってるかな?」


「その質問はお答えできません」


 小柄な少女が何か言う前に、名刺を受け取った少女がその前に庇うように立ち、質問を遮った。


「ごめんなさい。私のミスです。今の質問は撤回します」


 私は頭を下げる。

 明らかに調子に乗っていた。

 被害を受けた生徒に対する質問はするべきではなかった。

 被害者は辛い思いを抱えているはずだし、その友人たちもきっと心を痛めている。

 目の前の少女がそういう子どもたちとどう繋がっているかも分からないのに、不用意にしていい質問ではなかった。


 彼女たちは私の謝罪を受け入れてくれた。

 その後は主に学校側の対応について質問をして取材を終えた。

 本当は他の二人からも話を聞きたかったが、まずは彼女たちの質問に答えなければならない。

 取材相手との信頼関係は何よりも大切だから。


「ジャーナリストってとっても格好いいと思います。どうして志したか、どうやってなったのか教えてもらっていいですか?」


 小柄な少女の言葉にとても嬉しくなった。

 プライベートな話ではあるが、こんなことを聞かれて答えないジャーナリストがいるだろうか。

 尊敬の眼差しで見上げられると、私の口は滑らかに動いた。

 高校生の頃から報道の仕事に興味を持ったことや大学時代にライターの仕事を始めたことなど、聞き上手な彼女相手に饒舌に話した。

 ニコニコと笑顔で聞いてくれる少女に語り尽くして最高の気分だった私に、次の質問が浴びせられた。


「谷先生と転校した男子生徒の一件は週刊誌に載りそうですか?」


 名刺を受け取った生徒の質問だった。

 完全に不意打ちだった。


「それは、まだ、なんとも……」


 横槍があって宙に浮いていると私は聞いている。

 もちろん、それをそのまま伝えることはできない。

 どこまで話せるか冷静に考えようとしたら、「もう結構です」と言われてしまった。


 私は目の前の少女を凝視する。

 中学生にしては背が高く、落ち着いた雰囲気がある。

 本当に中学生なの?

 そんな私の思いが顔に出ていたのかもしれない。


「ひとつ面白い話題を提供しましょう。学校の対応に関心をお持ちのようですから。私の母が学校に協力しています。母の名前は日野陽子。ご存じですよね?」


 知らないはずがない。

 社会問題を扱うジャーナリストで知らなかったらモグリだ。


「別に隠している訳ではないので、取材を申し込めば応じると思いますよ」


 あの日野先生の娘。

 それだけで普通の子ではないと思ってしまう。

 それに、特ダネにはならないが、日野先生への取材ができれば私にとって大きな財産だ。

 インタビュー記事を書ければ私の評価も上がるだろう。


「もしかして、あなたたちジャーナリストと接触しようと狙っていたの?」


 やっと気付いた。

 彼女たちがやっていたのは私に対する面接調査だ。

 悪意は感じないが、まんまとこの子たちの策に乗ってしまった。


「気付いてもらって助かりました。こちらから種明かしだなんて無粋ですから」


 大人を見下すような態度に反発を覚えるが、もしかしたらこれも計算かもしれない。


「それで、どんな目的なの?」


「お友だちになって欲しいなって。お互い助け合うことができれば良いと思いませんか?」


 胡散臭い笑顔でそう言った。

 私は真一文字に口を引き結ぶ。


「守秘義務に反するようなことを望んではいませんよ。ただ友だちならピンチの時は助けたいと思うものでしょう?」


「こんなことをしなくても、日野先生のお力を借りればいいんじゃない?」


 日野先生の娘は人差し指を顎に当て、小首を傾げる。


「それはそうなんですが、保険程度のことなので母の力を借りるほどではないかなと」


「保険程度でわざわざこんなことをしたの?」


「まさかこんなに簡単にうまくいくとは……」


 私は顔を赤らめる。

 もっと警戒するべきだった。

 相手が中学生だと油断したのは事実だ。


「私が信頼できるかなんて分からないじゃない」


「あれだけ熱心に語ってくだされば、信頼できるかどうかは判断できますよ」


 あの日野先生のご令嬢だ。

 年齢で侮るような愚は避けねば。


「母への紹介を対価に、いくつか相談に乗ってくれるとありがたいです、志水さん」


「分かったわ。まずは連絡先を交換しましょう」


 私は対等の相手として彼女の提案に乗った。

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