第34話 令和元年6月9日(日)「美咲」笠井優奈

「美咲はそれでいいの?」


 今日は彼氏とデートの予定だった。

 でも、キャンセルして美咲の家に来た。


 美咲は驚いていたけど、快く家に入れてくれた。

 美咲の家はかなり裕福で豪華。

 アタシの家とは大違い。

 歓迎してくれた美咲の両親も上品で、美咲のことを大切に思っていることが伝わってくる。


「渡瀬さんのこと?」


 美咲の部屋に通されてすぐに、アタシは美咲に問い掛け、美咲は質問で返した。

 アタシは頷く。


「最終的には本人が決めることだけど、渡瀬さんの助けになりたいと思ってるわ」


 美咲は考えながらそう口にした。

 そして、アタシを真っ直ぐに見て、「優奈は不満なの?」と尋ねる。


「アタシは写真を見たから」


 アタシの写真が多かったけど、美咲の写真も少なくなかった。

 その大半が悪意に満ちた盗撮だ。

 先生に命令されたといっても、実際に撮影したのはあの二人だ。


「アタシはあの二人を許す気はない。あの二人は意識してアタシや美咲を狙っていたのだし」


 あんなことをして、女子にハブられて当然だろう。

 日野や美咲は甘すぎる。


「ごめんね、優奈。わたしは見ていないから優奈の傷付いた気持ちを分かってあげられなくて」


「別にアタシが傷付いたって訳じゃ」


「でも、わたしは1年生の時から渡瀬さんとの関係をどうにかしたいと思っていたの」


 美咲の哀しげな瞳は、アタシに向けられたものか、渡瀬に向けられたものか。

 当然、美咲の渡瀬に対する感情には気付いていた。

 それが分かっていたから、アタシは渡瀬を追い詰めた。

 美咲に近付けないようにして、クラスの中で孤立させた。


「優奈にはわたしを助けて欲しいの」


 美咲の言葉が胸に刺さる。


 美咲に隠れて何かしようとしても、日野に見つかる可能性が高い。

 この件はもともと日野が美咲に頼んだことだから、日野は妨害するだろう。

 最悪、美咲に知られてしまう。

 それは絶対にやってはいけないことだ。


「分かったわよ」


「ありがとう、優奈」


「でも、渡瀬を信用した訳じゃないからね」


 美咲が微笑む。

 この子は本当に優しい。

 世間知らずだし、他人を疑おうとしない。

 アタシとは大違いだ。

 だから、アタシが守ってあげないとと思ってしまう。


「そういえばさ、日々木さんをうちのグループに入れられないかって……」


「え?」と美咲が驚いた。


「日野さんと少し話したんだけどさ、断られたよ」


「何よ、それ」と美咲がおかしそうに笑う。


 なんとなく、伝えておきたいと思った。

 日野が話すとは思わないけど、自分で言っておきたくなった。


「日々木さんは誰のものでもなく、太陽のように遠くからにこやかに微笑んでいるのを見ているのがいいのかもしれないわ」


 意味は分からないでもないが、「いまは日野さんのものになったじゃない」と反論してしまった。


「そうね。だから、いまの日々木さんを誘っても良い関係が築けるかどうか……」


 いまなら美咲の言葉に頷くことができる。

 日々木さんを日野から引き離し、うちのグループに入れることで美咲の願いが叶うと信じていたけど、そんなに単純なものじゃなかった。

 美咲の物憂げな顔を見て、つい突っ走ってしまった。


「ダメね。優奈を不安にさせていたのね」と美咲が肩を落とす。


「別に不安なんて」


 アタシの抗議に美咲は首を振った。


「わたしは優奈がいてくれて本当に嬉しいの。もちろん、綾乃や彩花もね」


 美咲は切々と語った。


「それをちゃんと伝えられていなかった、わたしの力不足だわ」


「そんなことない。アタシが暴走しただけだから」


 美咲は突然立ち上がり、アタシの手を取った。


「これからも仲良くしてね」


「当たり前じゃない!」


 アタシも立って美咲に抱き付く。

 アタシの言葉が鼻声だったことを美咲はスルーしてくれた。

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