33、精神空間思考

 時   二〇二五年十月十九日(日)正午過ぎ

 場所  M市、東亜重工M工場



 格納庫に集まった人々は、同じ体細胞から育成されたクローンでバイオロイドのレプリカンだ。


 クラリック階級は位によって意識内侵入するセルが決められている。

 アーク位はネオテニー社会の支配層のネオテニーをセル化してネオロイドになっている。いや、そうじゃない。アーク位が意識内侵入したネオテニーのネオロイドが、ネオテニー社会を経済的に発展させて支配し、ネオロイドの子孫に、再度、アーク位が意識内侵入をくりかえしてネオロイドとなり、経済支配を維持してきた。その結果が現在のネオテニー社会だ。

 ビショップ位は、ネオテニーの配偶子を使って培養した独自のバイオロイドをセルにしてペルソナとなり、ペルソナの子孫に意識内侵入をくりかえした。

 プリースト位は立場によってネオロイドやペルソナになるが、ほとんどがアークの指示に従い、人として暮すネオテニーから得た体細胞によるクローンのバイオロイドをセルにしてレプリカンになるか、あるいは、レプリカンの子孫に意識内侵入をくりかえした。



 細面で鼻筋の通った長身の、肩までの髪のリエが近づいた。

「ショウゴ、お帰り!亜空間転移ターミナルが消えたから、もどれないと思ってた」

 リエはショウゴを抱きしめ、腕を取ってカプセル保管庫から巨大格納庫へ歩いた。

 クラリックに思考を読まれぬよう、思念波を使わず、レプリカンを演じている。

「四日も、もどるのが遅れたから心配した」 


「ああ、何とかこの時空間にとどまれた」

 ショウゴもクラリックに思考を気づかれぬよう、プロミドンが新たに精神の一郭に用意した空間へ自己意識を移行し、精神空間思考しながらリエを見た。

 ニオブは思念波を感知する。リエは思念波を使わない。理恵より切れ長の目だ。顔のほくろは同じだ。

 クラリックは菅野を洗脳し、保健省の家族健康調査で理恵の体細胞を手に入れたのか?


「どこへ行く?」

「格納庫で、芳牟田会長の緊急説明があるの」

「監視は?」

「誰の監視?」

 リエは怪訝な顔でショウゴを見た。

 ショウゴは天井を示した。

「上空とアーク・ヨヒムの」


「アーク・芳牟田は我々を監視しない。偵察衛星はポートしか監視できないよ」

 リエは眼で巨大格納庫の外を示した。

「そうだったな」

 ショウゴは精神空間思考領域から、セルの分子記憶を探った。



 東亜重工M工場の離着陸ポートの地下に、実射可能なミサイルサイロと、ロケットエンジンの地下噴射実験場がある。噴射実験場の噴射ガスは地下で処理され地上に噴出しないが、ポート末端に発射口があるミサイルサイロの噴射ガスは、空調の熱交換器を模した巨大な設備から、そのまま地上に噴出される。

 統括情報庁と地球防衛軍が管理する情報収集衛星は十六機ある。日本上空の高度四百九十キロメートルには常時三機以上が周回し、非常の場合は百五十キロメートルまで降下して偵察する。

 ミサイルが発射された場合、ミサイルのみならず噴射ガスも、情報収集衛星の熱探査対象になる。

 東亜重工M工場は、格納庫のみならず、工場施設全てが、これら情報収集衛星に監視されぬよう、すべて電磁波遮蔽され、ミサイル攻撃に耐えられるよう耐爆撃構造になっている。



 どうやって芳牟田を倒す?セル内のクラリックは特殊電磁パルスで消滅する。セルを破壊しても消滅する・・・。

 この研究所と工場は、ミサイルのほかに特殊武器を作ってる。ミサイルで吉牟田のセルを破壊す方法もあるが、逃げ遅れたら俺たちが消滅する。レーザーや電磁パルス、レール・ガンを使うには、吉牟田をそれら武器のターゲットにしてロックしなければならないが、そんなことは不可能に近い・・・。


 ここから政府をミサイル攻撃して、地球防衛軍にここを攻撃させるのが最良だが、耐爆撃構造の施設を破壊するのは時間がかかる。その間、ヨヒムが逃亡せぬよう拘束せねばならないが、拘束が可能なら特殊武器でロックできる・・・。


 ヨヒムはセル破壊を想定し、乗り移れるセルをどこかに用意してるはずだ。ヨヒムのネオロイドに子孫はいない。乗り移るのはペルソナだ。それを破壊しよう。いや、ヨヒムに用意されているのはペソナだけじゃない。緊急時は、ここで作られたすべてのバイオロイドに乗り移る可能性がある・・・・。


 俺を狙撃したレプリカンは二人だったが、思念波攻撃が一人だったのはなぜだ?俺を襲った鳶のレプリカンの任務は、思念波攻撃でモーザを奪うだけだったのか?それならこのセルは・・・・。



カプセル保管庫から巨大格納庫へ移動した。

「任務を失敗した。このセル、つまり俺は処分される・・・」

「されないよ。バイオロイドの育成に時間がかかるの」

 リエは説明する・・・。


 倉本と田辺、狙撃手二人と八人の工作員、河本と村野、省吾を思念波攻撃した鳶のレプリカン、これら十五系列は、使っていたセルを消失または破壊された。

 工作員の系列は亜空間移動で逃れ、すでに新たなセルを得ている。倉本と田辺と狙撃手の二人と、河本と村野、鳶のレプリカンの七系列は完全に消滅したが、ショウゴが鳶のレプリカンになってもどったのは、クラリックに知られていない。

「アークはこれ以上、各階級の系列も、作ったセルも失うわけにはゆかないんだよ」



 格納庫の奥の大型ディスプレイに、小柄な白髪の男、芳牟田の映像が現れた。

 あいかわらずくどい説明している。

「倉本と田辺は、我々が築いた世界を独占しようとしたため、私が消滅させた。

 狙撃に失敗したギイとリルは、アーマーにセルを破壊されて消滅した。

 河本と村野は、私の指示を無視してミサイル攻撃し、アーマーにセルを破壊されて消滅した・・・。

 我々が築いた世界をアーマーとネオテニーに支配させてはならぬが・・・」



 有史以来、クラリック階級アーク位の老いたヨヒム系列は、ネオテニー社会を支配しようとしてきた。これに対し、アーマー階級たちは、ネオテニーが隷属されるのを、ただ見ていたわけではない。

 アーマー階級とポーン階級とクラリック階級のディーコン位たちは、ネオテニーたちに精神共棲し、常に、クラリック階級の支配に対抗し、支配的立場にいるアーク位のネオロイドを、ネオテニー社会の地位から引きずり降ろしてきた。

 ビショップとプリーストの若い系列は、老いたアーク・ヨヒム系列がくりかえす支配思想に嫌気がさしてる。彼らを利用してヨヒムを監禁したい・・・。俺の精神空間思考はクラリックに気づかれてない・・・。

 ショウゴはリエの腕を取り、他の者に気づかれぬよう格納庫の隅へ移動した。


「ここではだめだよ。部屋へ行こう」

 リエはショウゴの耳元でささやき、ショウゴの唇に唇を触れた。研究員のプリーストの立場は、任務を遂行すれば行動も勤務もフリーだ。

「えっ?」

「だって、リエはショウゴと四日ぶりに会えたんだ。愛しあいたいぞ・・・。アークの演説は主旨を録画で確認できる・・・」

 リエはショウゴの唇を見つめている。


 ショウゴはリエの話し方を懐かしく感じた。レプリカンを演じるリエが精神空間思考していないのが気になり、リエの耳元でささやく。

「わかった。部屋へ行こう」

「うん・・・」

 リエはふりむき、胸の高さで目の前の壁を撫でた。

 人が通れるほどに壁がスライドして入口が開いた。


 二人が通路のような長い空間へ入ると、背後で壁が閉じた。

 ショウゴはふりかえって閉じた壁を見た。壁自体が生体センサーで照明か?


「ショウゴも開けられる。壁自体が発光体だ。忘れたら分子記憶を読めばいい」

 リエは壁を見るショウゴを見ている。


「分子記憶の細部を読みとれないんだ・・・」

「一時的な意識混濁だ。時間がたてばどうすればいいかわかる」

「そうだな・・・」


 しばらく歩き、リエは立ち止まってショウゴを強く抱きしめた。身体を密着させてショウゴの頭を両手でつかみ、激しく唇を重ねた。

「格納庫のゲートには監視センサーがある。私たちのことは見られたくない。ここなら・・・。心配だったんだぞ。他の者たちの前で顔に出せなかったけど」

 リエは密着した身体をさらに擦りつけ、ショウゴの背を手と腕で撫でて、小鳥が餌をついばむように何度も唇を重ね、四日ぶりにあったレプリカンを演じている。


「すまない・・・」

 ショウゴはリエのくびれたしなやかな腰に腕をまわし、レプリカンのショウゴを演じようと思いながら、背と尻を撫でた。


 リエの背と尻が心地よく手になじんでいる。胸に当たるリエの胸と、背を撫でるリエの手が暖かで、ほっとする。リエと俺の精神の奥から湧きあがるこの感覚、これは省吾と理恵の精神だ・・・。ショウゴはこのセル、省吾の体細胞から培養したバイオロイドの分子記憶を感じた。

 リエは俺の妻だ。俺たちの精神エネルギーマスは、セルの分子記憶で、少しずつオリジナルのネオテニーの精神と意識に近づいてる・・・。この現象はクラリックだけじゃない。ネオテニーに精神共棲してるアーマーとポーンとクラリックのディーコンにも当てはまる。精神生命体すべてのエネルギーマスに生ずる現象だ。若い系列が老いたヨヒム系列に嫌気がさしてるのはそのためだ。だが、ヨヒムはその事実を認識していない・・・。


「愛する妻に、心配かけてはいけないな」

「そうよ。私を一人にしないで」

 リエは何度も唇を重ねている。マリオンと理恵の言い方だ。

「ああ、一人にしない。早く行こう」

「うん!」

 リエは腕を解いてショウゴの手を引いた。



「おかえり、プリースト・ショウゴ。ショウゴが無事に帰ってきて良かったね、リエ」

 初老のセキュリティゲート警備員は、笑顔で二人の生体認証を確認し、通過させた。

「ありがとう、トーヤさん」

 二人は通路を歩き、ゲートから遠ざかった。


「他区域へ行くのも同じにするの。今日は居住区に近い格納庫の壁から通路へ入ったからゲートは二か所。あのゲートで、どこを通って外部へ出るかを決める。

 外部から内部へ入る時は、最初のゲートで研究所区か工場区か居住区を決めて、次のゲートで目的の区内に入る。

 区内ゲートから通路がいくつかある。行く先に近い通路を選べば、そこへ行ける。

 通路と呼んでるけど、この施設内を移動する亜空間移動路だよ。

 この階に我々プリーストの居住区がある。ゲート警備員は、すべてトーヤさんと同じセルだよ」


「レプリカンのプリーストか・・・。アーク・ヨヒムはどこにいる?」

「アークは下の階。ビショップはさらに下の階。重力があるからそう呼んでるけど、実際は下も上もないんだ。艦だから」


 ショウゴはセルの分子記憶を読みとった。

「地下に、〈フォークナ〉級宇宙艦を建造中だったな」

 プリーストは工場の居住区にいるが、アークとビショップは建造中の宇宙艦にいる。艦は八個の曲面を持つ立体アステロイド型で、全長一キロレルグ(一レルグは約一メートル)、高さ三百レルグ。ヘリオス艦隊の突撃攻撃艦〈フォークナ〉の三分の一だ。


「着いたよ・・・」

 リエは遺伝子記号が表示された壁に手を触れ部屋へ入った。

「ショウゴ、お帰り。もどらなかったから心配したぞ」

 リエはショウゴを抱きしめ、奥の寝室へ移動した。



 ベッドでまどろむリエの横で、ショウゴは精神空間思考した。

 建造中の艦ごとヨヒムたちアークとビショップを破壊できないか?

 リエの手が腕に触れた。

「ここは監視されてないよ」

 リエはショウゴを抱きしめた。


 そうだった・・・。侵入者を防ぐため、この企業の各所にゲート監視装置と保安監視装置はあるが、内部者の意識と思考の監視装置はない。工場と研究所内のビショップとプリーストの意識と思考を、アークがアークの特殊思念波で探査するだけだ。だが、俺が精神空間思考した内容をリエに話せば、アークはリエの意識を探査し、俺の考えを知る。こまった。リエに話せない・・・。


「俺たちは自由に研究所へ出入りできたな」

 兵器研究所、有機組織研究所、組織培養研究所、どこでも自由に出入りできるはずだ。組織培養研究所の保育所も・・・。

「できるよ・・・」

 リエは無意識に下腹部を撫でている。


 ショウゴはリエの下腹部に手を触れ、精神空間思考した。

 リエの他に暖かい存在を感じる。

「なんてうれしいんだ!」

「あわてないの。かもしれない、だよ。一週間でわかるよ」


「わかった」

 子どものためにも、早く任務を完了しよう・・・。

 ショウゴはリエを抱きしめ、リエのセルの深層精神を探った。リエのセルの分子記憶にアーク位の支配思想はない。真実を解明する理恵本来の思想があるだけだ。そして、子どもを守ろうとする、理恵の母性とマリオンの思念が・・・。


「リエ、何かあってもおちついて対処するんだ」

 リエは眼をきらめかせてショウゴを見た。

「了解!」

 リエはゴチャゴチャ質問しなかった。事前に概念で認識するより、実際に体験すれば、実態を自己の感性で認識できる。プリースト本来の信条、

『実体験可能な事象を、概念で認識するな』

 なのだ。

 ショウゴは、プロミドンがリエの精神に新たな思考空間を創造することを、精神空間思考した。



 ショウゴは、リエの新たな精神空間領域に侵入し、リエの自己意識に呼びかけた。

 リエ・・・。心の奥を、精神の奥を思うんだ。俺は俺の精神の奥から、リエの精神の奥を通して話してる・・・。

 プロミドンが精神空間領域の思考を素粒子信号に変換し、時空間転移伝播させてる。ニオブに感知できない時空間転移伝播にわる精神空間思考だ・・・。

『ありがとう、気持ちがクリアになった』


 子どもをセルにしたくない。子供に俺たちの精神を託したい。子供を収容された親は、皆、そう思ってるはずだ。彼らを見捨てられない・・・。

『組織培養研究所に収容されてるのは、レプリカンのプリーストの子供だけだよ。

 プリーストはアークとビショップの捨て駒なのを知らず、様々な任務を与えられてる。

 なんとかしたいけど、多くのプリーストはアークを信奉してる。ネオテニーの支配しか考えてない』


 わかった。アークとビショップを艦内ごと破壊しよう。高機能弾頭か核弾頭で・・・。

 ショウゴはセルの分子記憶を確認した。

 かつて、クラリックは、ヘリオス艦隊から艦を奪って離脱する際、飛来する小惑星によって搬送艦を何隻も失っている。それら経験から、建造中の〈フォークナ〉級宇宙艦は、亜空間航行と小天体の衝突に耐えられる構造と聞いている。艦内を爆破しても、艦体と外部に影響はない・・・。アークとビショップを艦に閉じこめれば、彼らの消滅は可能だ・・・。


 リエは顔をあげてショウゴを見た。

『ショウゴがクラリックなら、大東重工のように、政府を攻撃する?』

 ショウゴの鼻先を指で撫でている。


 防衛軍に反撃されるから、経済支配できる機会を待つよ・・・。

 ショウゴはリエの背を撫でながら伝えた。

『この施設は情報収集衛星に監視されてる。私なら艦を移動させて、他所へ行く。その時がチャンスだと思う・・・』


 わかった!しばらくしたら昼飯をすませて、兵器研究所へ行こう!

 ショウゴはセルの分子記憶を思いだして伝えた。

『了解!』


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