29、反政府勢力

 時   二〇二五年十月十九日(日)

 場所  N市T区、自宅



 家の周囲は二十四時間態勢で、黒の大型ワゴンの警護ヴィークルが警備している。

 八時すぎから、いつものように、N県検警特捜局のパトロール・ヴィークルと装甲搬送ヴィークルがポートに入ってきた。狙撃事件後からつづくいつもの光景だ。

 居間のテレビが、緊急ニュースに変わった。国会議事堂前のデモ集団が映っている。



《国家議会議員の選出が終り、臨時国家議会が開かれている国会議事堂前です。

 こちらの集団は、今回提出された新法案に抗議する経済団体の主要人物たちです。

 これまで、経済界の要人たちは、内密裏に閣僚や官僚と会談していたため、直接行動をしませんでした。東海大震災と浜岡原発破壊事故後に成立した法案で、政府と経済界の癒着が切れたため、経済界は、今後の経済活動を規制する法案成立を阻止する、直接行動に出ました。

「原発廃止・自然エネルギー発電法」により、すべての原発が廃止に向けて完全停止しましたが、原発再稼動を主張する経済界の意図的な経済操作により、自然エネルギー発電の開発は進んでいません。

 エネルギー不足と、対米対中貿易の赤字がつづき、貿易収支は赤字がつづいています。

 経済界は、

「この上、草案の「市場経済禁止法・金融資本主義禁止法」が可決成立し、関連法案が成立すれば、今後、経済界は存続不能になる」

 と主張してます。

 地球防衛軍に軍備を供給している団体の中に、

「法案が成立した場合、政府と武力闘争する」

 と政府を恫喝する企業が現れています・・・》



 デモ映像がニュースキャスターに変わった。



《新法成立と、政府組織の正式な形態が発表されました。大きく変更された政府組織形態をお知らせします。


 臨時国家議会で新たに

「市場経済禁止法・金融資本主義禁止法」

 を制定しました。これにより新たな

「証券取引法」

「労働法」

「製造基本法」

「環境保護法」

 が制定されました。


 また、

「年金制度法」

「国家財政赤字補填法」

「経済圏協定拡充法」

「関税自主権保全法」

 が制定されました。


 投資による利益は、実質的資産の増加ではありません。生産に裏付けられた代価が無いにもかかわらず、金融資本主義を認める大多数の人間が共同幻想を抱き、架空の価値を認めているにすぎません。

 赤字財政解消に発行する国債は、経済破綻を招く引き金です。税収がないこれまでの政府が、多大な支出を必要とする政策を立案すること自体がまちがいでした。


 政府は、

「迅速に金融資本主義に代る経済策を講じなければ、世界経済が破綻する」

 との公式見解を発表しています。

 これまで、国際的経済不況の発端はその多くが合衆国からでした。国家議会政府は施行された

「市場経済禁止法・金融資本主義禁止法」

 に基づき、

「証券取引法」と

「労働法」

 により、世界的経済不況の元凶として、以下の事項を行い、株式配当のみを得る資本家は残し、投機家を社会から一掃する方針です。

 投機を目的とする株式売買の禁止。

 投機を目的とする企業売買のための株式売買の禁止。

 支配的または強制的な企業買収を目的とする株式売買の禁止。 

 企業や国家への投機を目的とする投資の禁止。

 企業や国家への投機を目的とする金融商品の開発と販売の禁止。

 派遣と称して雇用関係を物のレンタルの如く扱う、労働者の非正規雇用の禁止。

労働者の派遣や紹介によって利益を得る事の禁止。


 産業構造も一新する方針です。

 人類を育成する素地は、十八世紀後半から十九世紀にかけて起こった工業生産方式の大変革以前の地球環境にある、とした

「環境保護法」と

「製造基本法」

 により、次の事項が法制化されました。

 地球環境を汚染悪化する物質(放射性物質も含む)の生産を厳禁。

 地球環境を汚染悪化させる物質(放射性物質も含む)の使用と廃棄を厳禁。

 地球環境を汚染悪化させる物質(放射性物質も含む)の無害化を強制。

 産業廃棄物(放射性物質も含む)を産出する企業の摘発と無廃棄物生産を強制。

 自然分解不可能な製品を生産する場合、企業は国家議会政府の監視下で、未来永劫にわたって全製品を再利用するよう強制。

 製品梱包物質は再利用可能物質か分解して自然へもどる物質にかぎり使用を許可し、他物質は使用を厳禁。


 対象産業は、通信やエネルギー開発目的の宇宙開発も、例外ではありません。

 新法を守れない個人と企業(法人)と自治体(外国)は、社会環境と自然環境の破壊者として、各法律下に、国家議会政府から厳罰処分が下されます。外国軍隊と外国組織と外国企業とて例外はありません。国内組織に比べ、より厳しく処罰されます。


 以下に他の新法を説明します。


「年金制度法」

 すべての年金が一元化されます。各組織や団体等の年金制度や、これに代る制度は認められません。年金通記録ファイル(年金通帳)を作り、固定利率で運用、支払います。


「国家財政赤字補填法」

 企業を国営化し、利益を国家財政の赤字に補填します。この際、国営企業を旧国営企業のように扱わず、民間企業以上の利益を得るようにし、利益を出せない経営者と社員は「公務員政策立案推進実績責任法」と「公約宣言厳守責任法」により、投入資本回収責任を取らせます。回収できない場合、個人と子孫の資産を投入資本回収に当て、完全回収させます。


「経済圏協定拡充法」

 東南アジア・オセアニア経済圏協定を南米諸国に拡大する政策です。これまでの低額設定した国家間の輸出入関税と検疫を原則的に継続します。ただし、東南アジア・オセアニア経済圏協定を締結していない国家との関税と検疫は、従来の条件を維持します。


「関税自主権保全法」

 環太平洋経済協定は、資源大国が自国の国内資源と製品と国内産物を、他国へ販売する手段にすぎません。輸出入関税権と検疫権をなくせば、安価な製品と産物が、国内資源に乏しい日本国内市場にはびこり、国内企業と産業を一掃します。その後に来るのは、安価な製品と産物を生産する国家の国際市場独占と物価高騰です。

 つまり、資源大国が世界市場を支配し、物価を好き勝手に決める可能性があるわけです。先達が合衆国から回復した関税自主権を放棄してはなりません。放棄は国家存続を放棄するのと同じです。


 これらに対し、経済界は、政府を恫喝する発言をした軍備供給企業同様、真っ向から政府と対立する意思を述べています。

「これまでの、経済界をつぶす法律には断固として反対し、国内企業の拠点を国外に移して多国籍化し、政府と対決する」

 と方針を述べています。

 新法成立で規制を受ける産業と企業は多々あります。

 国家議会対策評議会の洋田評議委員長は、

「これまでの政府の企業融資額を確認し、国営化可能な企業をすべて国営化し、利益を国家財政赤字に補填する。新たな経済概念に基づく経済発展の枠組を構築し、東南アジア・オセアニア経済圏協定を拡充する。さらに経済圏を南米と西アジア、中東に拡大する」

 と述べています。


 現在、国内産業の生産拠点の多くが、東南アジア諸国にあります。国外に拠点を移して政府と対決するという経済界が、東南アジア・オセアニア経済圏協定で規制を受けるのは必至です。


 財政破綻したギリシャに端を発したEU経済危機は、ふたたび、全世界へ拡大しています。合衆国では反資本主義デモが拡大しています。ロシアでは現政権に対する抗議デモが当局から弾圧を受けていましたが、国民全体にデモ勢力が拡大し、軍がこれを支持する意向を固めたもようです。

 民主化を進めている発展途上諸国は、地下資源獲得のために政治介入する資本主義国家の合衆国やロシアや、領土侵略する一党独裁資本主義政権の中国に激しく反発し、大国を枢軸にしない新たな協力体制を大陸ごとに樹立する方針です。


 国内経済界が、今後新たに、こうした大国や東南アジア・オセアニア経済圏内に生産拠点を設けるとは考えられません。

 考えられるのは、これまでのように、経済界が政府に圧力をかけて自分たちの都合の良いように法律を変えることですが、政府は

「政治圧力をかける経済界と、経済界に癒着する政府関係者を、国家保全法違反者として、徹底的に処罰して排除する」

 と述べています。

 この政府方針は国外経済界と他国政府にも適応されます。


 法案成立により臨時国会はいったん休会になります。

 現在、緊急の国家議会対策評議会が開かれています。

 次回の臨時国会は明後日、十月二十一日火曜日九時からです。


 国会議事堂前から、政府発表の緊急ニュースをお伝えします。

 現在、議事堂前のデモ集団は解散し、誰もいません。

 先ほど、地球防衛軍に軍備を供給している団体の中に、

「法案が成立した場合、政府と武力闘争する」

 と政府を恫喝する企業経営者が現れたことをお伝えしました。

 政府国家議会対策評議会は、これら企業経営者の発言を、

「政府恫喝の国家保全法違反」

 と判断しました。軍需企業には軍備があります。



 速報です!

 洋田評議委員長が、地球防衛軍総司令官である清州地球防衛大臣に、政府周辺に防空体制を布くよう命じました。

 同時に、検警特捜庁の海上、国際、航空、国内の各検警特捜局特務部と地球防衛軍宇宙防衛隊コマンドの混成部隊『特務コマンド』に、政府を恫喝した企業経営者の逮捕命令と、同企業の捜査査察命令が下り、首都圏に戒厳令が布かれました。


 軍需企業の政府恫喝は、単なる脅しとは判断されません。政府転覆をもくろむテロ行為とみなされました。企業経営者の発言はさらなる経営陣の逮捕へ進みます・・・。

 政府機関の警護防衛にあたっていた小型ローター・ジェット戦闘ヴィークルが永田町と霞ヶ関周辺に展開し、交通規制を開始しました。地球防衛軍関東師団宇宙防衛隊コマンドによる増強部隊が周辺レーンに降下するもようです・・・。


 政府機関周辺に、戦闘ヴィークルが降下しました。

 ああっ!今度は、大型ローター・ジェット輸送ヴィークルが降下しました。水陸両用装甲ヴィークルと迎撃用の高性能小型ミサイルを搭載したランチャー・ヴィークルが降ろされています。防空配備が開始されています・・・。


 八重洲と丸の内の、各軍需企業本社が小型ローター・ジェット戦闘ヴィークルによって包囲された、と連絡が入ってきました。検警特捜庁国内検警特捜局特務部と地球防衛軍宇宙防衛隊コマンドの混成部隊、特務コマンドの、装甲搬送ヴィークルと水陸両様装甲ヴィークルが、大型ローター・ジェット輸送ヴィークルで・・・》



 これで、古い経済概念にしがみつく者が経済界の表舞台から消え、民主化される・・・。

 私はテレビを見ながら思った。

「先生、コーヒー、入ったよ・・・」

 理恵は座卓にコーヒーカップを置いて横に座り、私の腰に腕をまわして身体を密着し頬ずりした。


 私は理恵の腰に腕をまわして抱き寄せた。理恵の熱さと芳しい香りが増している。

 いつも理恵が頬ずりすると、私は必ず理恵の頬に唇を触れるが、今日の私は、理恵が頬ずりしても、そうしなかった。

 理恵は頬ずりしたまま、くすぐるように私の耳に唇を触れた。

「先生、まだ完成じゃないよ。アジア連邦とオセアニア連邦まで構想を進めないと、国家連邦の基礎にはならないよ。それに、クラリックの三系列が消滅しただけだよ」


 マリオンが消滅を確認したのは、狙撃と思念波攻撃したクラリックだけだ。

「日記にクラリックの消滅を書けば、スムーズに国家連邦へ移行するのに・・・」

 私はテレビを見たまま言った。

「クラリックの消滅を書いちゃだめ!」


「それは、わかってる・・・」

 初めてマリオンに会った時、理由を説明されている。私は国家連邦への政治シナリオを書くだけか・・・。

 私は眉間に皺よせてテレビを見た。

「政治について書くのがつまらなくなった?」

 理恵は私の背を撫でた。

 呼応するように、私の手が理恵の背を撫でている。

「俺の手でクラリックを消滅させたい」

 眼はテレビを見たままだ。


「どうしてそう思うの?」

 理恵は、省吾が何を話すか気になった。

 あれ?先生の顔がいつも以上にはっきりしてる。二重まぶたが深々してる。この表情、誰かに似てる。菅野だ!菅野に似てきた・・・。


「攻撃されるのは、俺と理恵と子どもたちだ。人任せにできない」

「人任せって、マリオンは他人じゃないよ・・・」

 マリオンは私で、私がマリオンなのに、そう思ってない。先生の何かが変だ・・・。

 理恵は省吾の心を探った。

 先生はクラリックを消滅させ、思い通りに政治を行いたくなったんだ。それに他の女を求める意識が芽生えてる。

 これは菅野じゃない。似てるけど、誰だろう・・・。

 大変だ!先生の心にクラリックの支配思念が残ってる!先生の心がクラリックの思念を自己意識に育ててる。


『あわてるな。よく見ろ。精神も深層意識も、以前と同じだ・・・』

 理恵の中で、マリオンが腕組みしている。

『原稿を書いて、政治を日記に書くだけだった省吾が、思念波の影響でクラリックと戦う気になったのは良い傾向だ・・・』

 マリオンは左手で右肘を支え、右手で顎を触りながら、何か考え、歩きまわっている。腕から脇腹にかけて翼が現れてきた。戦闘モードに変異しはじめている。


 先生の意識を、戦闘モードにする気なの?そんなのだめだよ!マリオン、お願い!今すぐ、もとの先生にして!

『わかってる。私と理恵は、二人で一人だ。省吾は私たちの夫だ。愛する省吾を失いたくないから考えてる・・・。

 そうだ!私も戦おう』

 マリオンは理恵を通し、省吾を見つめた。

「省吾、クラリックを消滅させたいか?」


「もちろんだ、マリオン」

「理恵だ。もう私が理恵で、理恵が私だ」

「わかった」

「これから話す事を日記に書いてほしい。省吾と・・・」

「待ってくれ」

 私は座卓のタブレットパソコンを開き、書いた。



『省吾と理恵とマリオンの思念の一部を、アーク・ヨヒムが支配する軍需企業へ転送して分身に物質化し、思考をクラリックに気づかれることなく、ネオテニー社会の支配を考えるアーク・ヨヒムたちクラリックのセルを破壊させろ。破壊後は分身を無事に脱出させ、あるべき状態にもどせ』



「クラリックは軍需企業にいるのか?」

「そうだ。政府を恫喝した軍需企業主の映像から、思考と記憶を読みとった」

「俺たちの思念が、分身に変身するのか?」

「変身できるのはアーマーの私だけだ。省吾はそのままでは転送できない。私は、私と理恵の思念を転送し、理恵のバイオロイドのセルに精神共棲させる。

 烏たちが撃墜したあのクラリックのバイオロイドの鳶を、プロミドンが修復した。鳶に省吾の思念を精神共棲させて移動し、省吾のバイオロイドに精神共棲させる」


「クラリックのセルを破壊したら、分身は消えるのか?」

「ネオテニー社会が安定して存続する、とプロミドンが判断すれば、省吾の思念は省吾に、理恵と私の思念は理恵にもどるだけだ」

「わかった・・・」

 私は日記を保存しながら、理恵を抱きよせた。

 なんで、こんな事が可能なんだ・・・。

「これがコントローラーのモーザだからだよ」

 ああ、先生が以前の先生になった。先生がもどってきたんだ・・・。

 理恵はタブレットパソコンを示し、私の背に腕をまわして力を入れて抱きしめている。


「モーザはタブレットパソコンの商品名じゃないのか?」

「プロミドンのコントローラーだよ」

 理恵は両手で私の頭を抱え、見つめた。

「ねえ・・・、私を一人にしないでね」

「すまない。もう、独りにはしない。油断してた。あれは俺の意識じゃない」

「わかってる」


「プロミドンが私たちの分身をサポートするから、パソコンは電源を切らずに身近に置いてね。

 二人はプロミドンを基地にして活動するの。プロミドンが、分身二人の感覚神経に流れるすべての信号を、パソコンに映像化する。二人の活動が止まると、パソコンの電源が切れる」

「あれは小説だぞ・・・」

 私は自作小説『オーブ』に同じ事を書いている。パソコンはオーブの一部であり、移動手段であり、記憶装置である。小説のオーブと我々の分身の違いは、パソコンに代ってプロミドンを基盤にしている点だ。


「先生が現実を先取りして、小説にしたんだよ」

「そうか・・・」

『オーブ』と同じなら、今さら驚かなくていい・・・。

『そうよ。しっかり守ってね・・・』

 わかってる・・・。私は理恵を抱きしめて立ちあがった。

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