28、思念波攻撃

 時   二〇二五年十月十五日(水)

 場所  N市T区、自宅



 ポートの四隅と北西の市道の東西、T神社のポートと神社周辺に、黒の大型ワゴンの警護ヴィークルが停止している。

 ポートで、N県検警特捜局の装甲搬送ヴィークル一台と三台のパトロール・ヴィークルが、T通りの違反ヴィークルを取り締っている。

 

 十時すぎ。

 二台の黒の大型ワゴン・ヴィークルが、TONO建設の作業ヴィークルを先導して来た。作業ヴィークルの荷台に、大きな窓と床板と床暖房の配管がある。窓は三重合わせガラス三枚で二層の窒素ガス層を封入した積層構造のため、窓ごと交換し、被弾した床板をはいで床暖房の配管を修理し、床板を張り換えるのだ。


 停止した作業ヴィークルの左右に、二台のワゴン・ヴィークルが移動した。屋根からレーダーが現れ、作業ヴィークルと交換品、作業員を探査した。

 それら終わると、二台のワゴンから五名の検警特捜部員と佐伯が降り、作業ヴィークルから、五名の作業員が降りた。

 作業ヴィークルのコクピットに残った二名は、ヴィークルを家の北西へ移動させた。


「田村さん。作業員と窓と床板と配管に何も問題はありません。正常です」

 佐伯たちは、作業員たちを囲んだまま、出迎えた私にあいさつし、窓と床板と配管と、作業ヴィークルそのものの探査結果を示した。


 理論上、三重合わせガラスを電磁波発生感知ガラスに、ガラスに挟まれる樹脂を電磁波発生感知樹脂に変え、それらを制御して交信するマイクロチップを樹脂内、あるいは、外層のガラスに埋めこめば、室内の盗聴盗撮も、室内に特殊な電磁波を発生させて住人を死亡させるのも可能なのだ。

 つまり、三重合わせガラスは、カメラにもレーダーにも、あるいはマイクロウェーブ発生兵器、つまり電子レンジにも成りうる。その事は床板にも配管にも言える。


「作業主任は、田村さんも知っている、瀬木さんですよ」

 佐伯はほほえんでいる。

 TONO建設の瀬木は、私の塾の教え子で、私がN市に家を購入するにあたり、数ある物件から、構造的に満足できる現在の家を選び、私の希望通りに耐震補強し、セキュリティシステムを完成させた。

 その結果、家全体のセキュリティと耐震防御システムは、すべてTONO建設製になった。


「先生、外の二人に連絡したいので、スカウターを使えるようにしてください」

 瀬木は私にあいさつし、作業手順を説明した。

「使えるようにしてあるよ」 

「わかりました。内部作業員は、机を傷つけないようガードし、ガイドを設置。床板をはがして配管を交換し、床を張り直せ。外部作業員、壊れた窓を支えろ」


 作業ヴィークルから八本のアームが伸び、穴が開いた窓ガラスにアームの先の吸盤を密着させた。同時に、もう八本のアームが作業ヴィークルの新しい窓に吸盤を密着させて持ちあげ、壊れた窓の真横へ移動させた。


 仕事場の二名の作業員は机に傷防止ガードをセットし、作業用ガイドを窓枠に固定した。窓枠のカバーを外し、何本ものケーブルコネクターと窓固定ナットを外している。その間に他の二名が被弾した二か所の床板をはがした。

 床暖房の配管は、被弾すると同時に被弾箇所周囲の弁が閉じられ、熱媒液のもれはわずかだった。

 作業員は手際よく、破損箇所のもれた熱媒液を回収し、配管を交換した。他にもれがないか、配管下の断熱材の破損がないか確認し、熱媒液を補充充填し、再度、もれを確認して破損した床板を交換し、窓の交換作業に加わった。


「外してくれ」

 作業ヴィークルのアームが、窓を窓枠ごと三十センチほど外へ引きぬいた。

 新しい窓がセットされるまで、セキュリティが無防備な事に、この時、私はまったく気づかなかった。

 室内作業をする四名は、窓枠が固定される壁の固定部の、コントロール部品を新品に交換し、機能調整した。

「調整完了。交換してくれ」

 古い窓と新しい窓が同時に仕事場の外を左へ移動した。古い窓は作業ヴィークルに格納され、新しい窓は窓枠の位置で停止し、そのまま窓枠にはめこまれた。内部から窓とケーブルコネクターを固定し、交換は完了した。

 瀬木は、三重ガラスの電圧偏光モードや耐衝撃、防弾、断熱、防音、気密、電磁波シールドが基準値を満たしているか確認し、全てが正常だ、と言い、四名の作業員に、机の上部に設けられた傷防止ガードと、作業用ガイドを片づけさせた。


 交換した窓越しに、作業ヴィークルに積まれた窓を見て、瀬木は笑いながら言った。

「先生、徹甲弾でも貫通できない強力な窓を作って、無償で交換に来ますよ」

 瀬木は佐伯から、防弾窓ガラスが撃ち抜かれた、と聞いている。

「今回の件は、一般的な条件とはちがうよ」


「防弾できなかったことに変わりありませんよ・・・」

 瀬木は、興味あることに眼を光らせる子どものようなまなざしで、小声になった。

「先生は怪我をしたんでしょう。あれで治したんでしょう?」

「怪我はないよ。どうやって防弾テストをする?」

 私はヒーリングを行う。

 瀬木が若かった時、腰を痛めた瀬木にヒーリングを施したことがあったが、ここ何年もそれをしていない。


 一瞬、瀬木は気の抜けた顔をしたが、真顔にもどった。

「竜巻による事故が多いんです。超高圧エアーガンで飛ばすんです。鉄筋や石や氷や瓦やガラスなどを。弾丸と同じですよ・・・。

 烏が多いですね・・・」

 烏の縄張りがあるT神社のはるか上空を、鳶が舞っている。

「では、先生、強力な窓ができしだい、また来ます!」

 瀬木は笑顔で帰っていった。


 午後。

 N検警特捜部員がヴィークルの取り締りを装い、周囲を監視している。

 戸外を確認し、私は机に向かった。タブレットパソコンを起動し、日記を書こうとしたが、首すじが重く、頭がぼんやりしている。

 風邪をひいたみたいだ・・・。

 作業場のテレビが緊急ニュースを告げた。



《緊急ニュースをお知らせします。

 東海大震災と、東北大震災の

「震災復興法」が法制化されました。

 衆参両議員の要請で臨時国会が召集され、東海大震災と東北大震災の、さらなる復興計画が法制化されました。

 東海大震災と東北大震災の、復興迅速化が超党派の議員によって議論され、復興は政府権限で迅速かつ確実に行わねばならないとする

「大震災復興法」

 が、議員立法で成立しました。これには原発破壊事故による放射能除去も含まれます。


 速報です!

「日本国憲法条文訂正法」が法制化されました。

 ただちに憲法条文が訂正され、憲法が改正され、自衛隊が

「地球防衛軍」に、防衛省は

「地球防衛省」になりました!


 これまで自衛隊は、東日本大震災と東海大震災の復興に多大な貢献をしました。自衛隊を、国民と国土を守る防衛軍に、将来は地球を守る防衛軍に昇格するため、日本国憲法の条文訂正法が法制化された結果です。

 戦後の日本国民に民主国家の意識を植えつけ、国会議員の三分の二以上が賛成しなければ憲法を改正できないようにし、日本に軍備を持たせないとした旧GHQからの、完全なる脱却です。


 地球防衛軍の基本理念は、人類と地球の保全です。

 あらゆる危機から、国民と国土と国家を防衛し保全するとの基本理念に基づき、地球防衛軍は、自衛隊と検警特捜庁航空検警特捜局と海上検警特捜局それぞれの一部と消防で組織され、ただちに東海大震災の復興に従事します。

 地球防衛軍は、国民保護防衛と陸海空にわたる国土保全防衛のために行動し、国民と国土に危害をおよぼす対象が攻撃目標です。

 地球防衛軍の行動権限は基本的に政府にありますが、実質は

「地球防衛大臣」である

「地球防衛軍総司令官」に集約されます。

 これらより、地球防衛軍はあらゆる危機に対し、迅速行動が可能になります。領空領海を侵犯した船舶と航空機の処置に戸惑うことはありません。情報はすべて公開されます。


 過去にあった政府の情報隠蔽は

「国家反逆罪」の重罪です。

 防衛省情報本局は

「地球防衛省情報局」

 と改名します。これまで同様、統括情報庁の組織であり、同時に各省情報局と連携した並列組織に変わりありません。


 地球防衛軍は軍備を整え、海上国境に軍を派遣し、常時、空海両面から国境を警備し、日本国籍の船舶と航空機の警護を行います。特に日本国籍の漁船警護と領海侵犯船の拿捕、日本国籍航空機の警護と領空侵犯機の拿捕、およびに攻撃機の撃墜に従事します。

 政府はこれらを世界各国に向けて発表しました。日本帝国主義の復活と非難する国があるでしょうが、これらは国際法に基づいた国家防衛であり、何ら問題ありません。


 今回の臨時国会で、以下の人々が、公務員政策立案推進実績責任法と公約宣言厳守責任法違反で逮捕されました。


 政策仕分けと事業仕分けを無視して高給を得ていた官僚。

 公務員宿舎建設など不要な施設増設に関わった官僚。

 官僚の天下りと渡りがくりかえされている国家法人の存続に関わった官僚。

 政府組織を私物化していた官僚。

 福島原発破壊事故で情報隠蔽して偽りの発表をしていた長元総理と太山元官房長官と海田元経済産業大臣ら元政府閣僚と官僚。

 浜岡原発破壊事故で情報操作した山田元総理と井上元官房長官と元政府関係者。


 海田氏の逮捕は八月二十七日につづき二度目です。

 同時に、政府閣僚と官僚に恫喝および圧力をかけていた経済界の要人も、国家保全法違反で起訴されました。これまで経済界の政治介入は頻繁に行われていましたが、経済界の政治介入は国家保全法違反です。


 また、政府内に学閥組織を構成させた原因となった、政府と経済界に癒着した大学組織や学術組織、そして有識者委員会や学識経験者委員会など、政府や経済界に癒着して経済界に有利な政府政策に口添えした学術団体や、それらの母体になった大学組織に検警特捜庁の捜査査察が入りました。関係者に国家反逆罪が課せられるもようです。


 これらにより、これまで各省庁をはじめ国家機関や国家法人を私物化してきた官僚組織解体と、経済界の政治介入組織の解体、政府内に学閥組織を構成させた原因となった、政府と経済界に癒着した大学内部組織が解体されます。


 速報です!

 政府は国会の場で

「地球防衛軍によってすべての交通を停止し、政府と各省庁、政府組織、政府施設など、政府に関連するすべての組織と企業を、地球防衛軍の指揮下に置く」

 と宣言しました。

「公務員政策立案推進実績責任法」と「公約宣言厳守責任法」違反で起訴された閣僚と閣僚、経済界人、大学関係者の逃亡阻止です。

 報道管制はされません。逮捕者は「公務員政策立案推進実績責任法」と「公約宣言厳守責任法」に基づき「国家反逆罪」が課せられ、財産を没収されて東海大震災と浜岡原発の復興労働力へ駆りだされる方針です。

 政治介入してきた経済界の要人たちにも同様な方針が取られます。


 八月二十七日、「公務員政策立案推進実績責任法」と「公約宣言厳守責任法」に基づいて逮捕された、原発政策に関係した旧政府閣僚と旧官僚および旧政府関係者、旧経済界人は、全財産を没収され、一族もろとも福島原発の復興労働力に駆りだされています。

 現在も「公務員政策立案推進実績責任法」と「公約宣言厳守責任法」に基づく捜査査察はつづいています。時効はありません。

 二〇一一年当時の元厚生大臣は、閣議決定されていない私的な考えとして、年金制度改革について発言しました。これも不用意に国民を混乱させたとして、「公約宣言厳守責任法違反」で捜査されています。「東南アジア・オセアニア経済圏協定」で国家利益を損なえば、現総理も捜査査察の対象です。


 速報です!

 今回の臨時国会で、国会を、国民が直接請求権と決定権を持つ直接民主制の一議会「国家議会」と改名して日本の行政府「国家議会政府」とする法案が可決されました。これにより国家議会議員数が大幅に削減されます。


「国家議会」は各都道府県知事、各都道府県から選出された二名もしくは三名の議員、各省庁大臣、「地球防衛大臣」である「地球防衛軍総司令官」から構成され、議案提出機関の「国家議会対策評議会」が「国家議会」のまとめ役であり、実質政府になります。


「国家議会対策評議会評議委員」通称「評議委員」は、「国家議会議員」から選出された六名と、「国家議会議長」を務める「国家議会対策評議会評議委員長」通称「評議委員長」の、計七名で構成されます。

 権力集中を防ぐため、各省大臣と「地球防衛軍総司令官」は「評議委員」に選出されません。

 なお現在、「国家義会議員」の選出と「評議委員」の選出がなされています。

 また、旧内閣官房情報局の名称が、

「国家議会対策評議会情報局」

 と改まり、

「統括情報庁」の直属機関になりました。下部組織はこれまで同様、

「法務省公安情報局」

「法務省公安検警局」

「外務省国際情報局」

「地球防衛省情報局」

 です。政府組織が急変したためフリップが間に合いませんでした・・・》


 キャスターは

「検警と情報と軍事に関する、組織形態」

 と書かれた手書きの図を示した。


《国家義会議員の選出に手間どっています。評議委員の選出まで日数がかかる見こみです。実質政府は・・・、

 洋田総理が、国家議会議長と国家議会対策評議会評議委員長に選出されました。国家議会対策評議会評議委員は暫定的に現政府の閣僚が務めるもようです。今後も組織変更はあります・・・》



「先生の書いたとおりに進んでるね。今度は世界の民主化、国家連邦だね」

 理恵は机の右から、キャスター付きの椅子ごと私の傍へ移動した。

「・・・」

 私はテレビを見たまま、遠くから理恵の声を聞いたような気がした。

「せ、ん、せ、いっ」

 理恵は私の耳元で大きな声を出した。

「ああ・・・、なに?」

 私はふりかえった。寝ぼけたようなまなざしで、ぼんやり理恵を見ている自分がわかる。何か変だ。


「どうしたの?」

「国家連邦へ進む方法を考えたら、ぼうっとした・・・。寒いな」

 肘と指の関節が痛む・・・。両手で腕をさすった。

 理恵はセキュリティモニターを見た。室温は二十五℃に自動調整されている。

「二十五度だよ。風邪かな?」

 生体エネルギーを転送して組織再生すると、主要部が完全再生するまで体調が乱れる場合がある・・・。

 先生の組織は完全再生して身体になじんでる・・・。

 理恵は私の額に手を当てた。

「いつもより体温が高いね・・・」


「風邪なら、理恵は近づかない方がいい。子供に影響する。理恵のベッドで休むよ・・・」

 理恵は三日前に妊娠した。ふつうの人間はわからないが、私はわかる。

 私はタブレットパソコンの電源を切り、立ちあがった。

 私の寝室の隣室は、改装した理恵の寝室だ。私の寝室との壁は二重窓になり、カーテンを開ければ二つの寝室はガラス越しに一つに見える。理恵は、何があっても私の傍にいたい、と言って、いつも私の寝室と私の作業場を使っている。


「いっしょでいいよ。ベッドへ連れてく・・・」

 理恵は立ちあがり、私を支えた。

「だめだ。子供のためだ・・・。T通りの田村医院に往診を頼んでくれないか。話さなかったが、院長は俺の遠縁で幼馴染だ。大学の頃、考え方がちがうのに気づいた。院長は俺の考えなど知らない。何年も連絡を取ってないんだ」


『医者など呼ばなくていい。クラリックが思念波攻撃してるんだ。あの鳶が片づけば治る』

 理恵は神社の真上を示した。

「そうか・・・」

 窓ガラスの遮光モードは〈中⇒外〉の黄ランプだ。私は椅子にもどって外を見た。神社の上空に烏が群れている。

 撃墜されたように、群れから白い鳶が落下し、民家の屋根の高さで羽ばたいて上昇した。

 同時に、鳶に向って上空の烏が急降下した。次々に鳶の翼と尾羽から羽をむしり取り、急降下した一羽が鳶の背をつかみ、背後からくちばしで鳶の頭部を一撃した。鳶は失神したらしく一直線に落下し、民家の屋根に激突した。


「ハァッ・・・」

 身体がふらつき、何かが抜けてゆく。私は床に視線を落とした。

「先生!」

 理恵は私を抱きしめて椅子に座らせた。

「だいじょうぶだ」

 私は顔をあげた。理恵がはっきり見える。


「本当にだいじょうぶっ?」

「頭がすっきりしてきた・・・。鳶のクラリックを殺したのか?」

 私は鳶が落下した民家を見た。上空を烏が飛びまわっている。

「破壊したんだよ」

「屋根に激突したら死ぬだろう?」

「心配ないよ、修復して利用する・・・。私の系列がもどってきた」

 私を支える理恵の熱さが増し、芳しい香りが強まった。


「なぜ、ここにクラリックの思念波が進入した?クラリックが使う亜空間は、プロミドンが閉じたんじゃないのか?」

「クラリックが使っていた亜空間は確実に閉じてる・・・。クラリックが新たな亜空間通路を開いた・・・。転移ターミナルがどこか調べるよ・・・」

 理恵は私の額に手を当てた。

「鳶は上空から先生の体調を悪化させてた。田村医院の院長はクラリックに意識内進入されてる。往診したクラリックが先生に意識内侵入し、パソコンを奪う気だった・・・。

 熱が下がってきた・・・」


「鳶は精神と意識を乗っ取られてたのか?」

「鳶はバイオロイドのセルだよ・・・」

 理恵は私の頬に手を触れままだ。

「クラリックの有機高分子ロボットだ。私たちとちがい、クラリックは変身能力を無くした。

 ネオテニー社会にまぎれるのに、ネオテニーに意識内侵入してネオロイドになるか、ネオロイドの子孫をセルにして新たなネオロイドになるか、あらたなネオテニーの身体をセルにしてネオロイドになるの。

 あるいは、配偶子から作ったバイオロイドをセルにして乗り移りペルソナになるか、クローンのバイオロイドをセルにしてレプリカンになるの・・・」


「何だって?」

 私は信じられなかった。現在のバイオテクノロジーでは、有機組織の完全体を作れない。有機高分子ロボットなんて信じられない。

「あの鳶が作られた有機組織か?」

「クラリックが精神生命体だから可能なの。クラリックは、培養装置で、自己精神も自己意識もないバイオロイドを作ってる。鳥だけでじゃない。人間も体細胞や配偶子から作る・・・」


「鳥が、卵細胞と精細胞から生まれるのと、どこがちがう?」

「培養装置の中で、クラリックが直接操作するの。体細胞の核を初期化したり、配偶子を使ったりして、有機高分子の合成を自分で行い、細胞分裂させる」

「誰がどこでしてる?」

「生物学者やクローン技術の研究者。昔からいるよ。バイオロイドは完全な有機体だから、本物と区別がつかないよ」

 マリオンがはじめて現れた時、大きな鳥に注意しろと警告したのはこの事か・・・。


「今は世界の民主化が先。バイオロイドじゃないよ」

「すまない。鳥には注意しろ、と言われてたのに・・・」

 私は理恵を膝に座らせて抱きしめ、理恵の頬に頬を触れた。急速に熱が下がって理恵の身体の熱さと芳しい香りが心地いい。このままずっと理恵を抱きしめていたい。

 理恵は私に頬ずりしてお腹をさすった。妊娠を自覚している。

「私と子どもたちも、こうしてると気持ちいい。おちつく。先生はもうすぐ平熱にもどるよ」


 受精して、まだ三日だぞ。理恵は子どもの意識がわかるのか?

「子どもの精神の基礎は、卵子と精子の分子記憶にあるの。子どもたちが安全に暮せるよう、早く国家連邦へ進む方法を考えなきゃね」

「うん」

 狙撃に失敗し、クラリックは鳶を使い思念波攻撃した。マリオンたちがいるのがわかったはずだから、もう大型の鳥の攻撃はないだろう・・・。

 うわっ!マリオンの存在が知られた!理恵とマリオンたちが攻撃されるぞ!


「だいじょうぶ。気づかれてないよ」

 理恵は私の頬に唇を触れた。

「烏は縄張りに侵入した鳥を攻撃するの。今回、クラリックの鳶が縄張りに入ったから、私たちが烏にまぎれてバイオロイドを破壊した。あの森の烏は本物が多い。私たちに教育され、進化した本物の烏が・・・」


 マリオンの説明によれば、クラリック階級は縦社会だ。下位系列は上位系列が指示しないかぎり連絡しない。

 鳶に乗り移ったクラリック系列は事前に烏の攻撃を認識していた。上位系列に救助を求めれば、事前情報に対処しなかった責任を問われ、下位系列へ転落される。それを恐れ、系列は烏の攻撃から単独脱出を試み、マリオンたちの攻撃で鳶のバイオロイドは破壊した。

 破壊時点で、系列から上位への連絡も、上位からの指示もなく、他のクラリックに知られていない。


「鳶の系列が事前に下位系列へ指示してる可能性は?」

「ないよ。課せられた任務を下位へまわすのも、任務を果たさず上位に助力を求めるのも責任回避で、クラリックの名誉を傷つける最も恥ずべき行為なの。だから、他のクラリックに知らせていない。安心して国家連邦へのシナリオを書いていいよ。

 その前に、

『クラリックが作った新たな亜空間通路も含め、このパソコンの空間に通じる、クラリックの亜空間をすべて閉じろ』

 と書いてね」


「わかった。書くよ!」

 私は理恵を抱きしめている腕を解いた。理恵の熱さと芳しい香りを感じながら、タブレットパソコンを起動した。

 責任と名誉か、妙な縦社会だ・・・。そう思いながら、タブレットパソコンの日記を書いた。



『クラリックが使う亜空間と亜空間路をすべて閉じて、我々の時空間にクラリックの亜空間転移ターミナルを存在させるな。クラリックの思念波攻撃を防げ。同時にすべての攻撃から理恵と私を守れ・・・』



 鈍い音がして、交換した窓の周囲から、黒い窓枠に似た物が消えていった。

「窓が通路だったのか?」

「窓枠のまわりが亜空間からこっちに開かれた長方形の巨大トンネルだったんだよ」

「TONO建設が仕組んだのか?」

「彼らじゃないよ。窓の交換時、クラリックが窓枠の時空間に亜空間転移ターミナルをセットしたんだ」


「プロミドンの防御エネルギーフィールドは機能しなかったのか?」

「狙撃された時にタブレットパソコンを落としたショックで、プロミドンのシールドに間隙ができていたらしい。でも、今の指示で再稼働した」

「亜空間側は、すべて閉じたのか?」

「閉じたよ。もう心配ないよ」

「クラリックは空間の消滅に気づかないか?」

「気づかないよ。安心して書いていいよ」

「わかった。書くぞ!」



『東南アジア・オセアニア経済圏協定を結んでいる東南アジア諸国とセアニア諸国が、先進諸国と同等以上の経済力を持てば、東南アジア・オセアニア経済圏の発言力が増す。

 大国を枢軸にしない新たな協力体制が強まり、実質的に、アジア連邦とオセアニア連邦が成立する。

 市場経済を根本から見直し、軍隊を味方にして、新たな経済思想に基づく直接民主制の連邦政府を、東南アジア諸国とセアニア諸国に樹立する。

 東南アジア・オセアニア経済圏内に連邦国家を創れば、民主化が世界へ波及する・・・』



「未来のあるべき姿」へ進むまでに、まだ何かが起こりそうだ、と理恵は思った。

『クラリックが動いてる。気をつけろ』

 わかったよ・・・。

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