26、懐妊

 時   二〇二五年十月十二日(日)

 場所  N市T区、自宅



 午前中の仕事場で、私はバーチャルキーボードの指を止めた。不審文が気になってアイデアが浮かばない。今までの出来事は『オーヴ』に関連してる・・・。私の知らない所で何が起こってるんだろう・・・。左手で頬杖をつき、机の右の理恵を見つめた。


 理恵はデスクトップパソコンで、歯科専門誌を読んでいる。横顔が可愛い・・・。左の目尻から頬かけて三センチほどの正三角形をなす三つの小さなほくろが、一際、理恵を色白に見せている。見てると、最初に気づいた時のように、胸がキュンとなる・・・。


「えっ?何に?どうしたの?」

 私のまなざしに気づき、理恵は私を見た。

「うん、横顔、かわいいな・・・」

 理恵の放つ熱さが強くなり、芳しい香りが増して頬が色づいている。

「も~お、それだけ~?」

 理恵はほほえみながら、細く長い指をバーチャルキーボードに走らせた。歯科技術のページを保存し、タブレットパソコンの電源を切った。笑顔で私の傍へ椅子ごと移動し、私に抱きついた。


「ちがうでしょう~」

『こんな時はアイデアが浮かぶまで待つのがいいよ。あわてないの』

「うん・・・」

 私はデスクトップパソコンの電源を切った。

「こうしたいんだ・・・」

 理恵の腰を抱きしめて立ち、理恵を抱きあげた。

「きゃっ、あははっ・・・」

 理恵は私の首に抱きついた。

 

「調べ物はいいの?」

「うん、明日は体育の日。お、や、す、み、だよ・・・」

 理恵は私の唇を見つめながら言う。

「だらだらしたいな」

「このまま?」

 理恵は駄々をこねるようにちょっと脚をばたつかせ、

「ううん、ベットで・・・」

 甘えた声で伝える。


「だらだら、だけ?」

「あ、い、し、て」

「よ~し」

「きゃあっ~、あははっ~」

 私は理恵を抱いたまま、その場でまわりながら寝室へ移動した。



 私の腕枕でまどろむ理恵の胸から腹部を撫でた。少し脂肪がのった滑らかな曲線がきれいだ。理恵の放つ熱さと芳しい香りが強い。理恵が身体を冷やさぬよう薄手の布団をかけて唇を寄せる。

 理恵はまどろみながら唇を重ね、

「あいしてる」

 と言った。長いまつげの寝顔が子供のようで可愛い。

 私は理恵の髪を撫で、

「俺も愛してる」

 と伝えると、

『私も愛してる』

 と理恵とマリオンの思いが返ってくる。


 自動スイッチが入り、寝室のテレビが緊急ニュースを告げた。



《番組の途中ですが、緊急ニュースが入りました。非公式の情報です。

 北朝鮮のキム主席が死亡しました。非公式の情報ですので、事実確認が取れしだい、再度発表します。

 研融油化学社長、倉本氏が心不全で死亡しました。

 倉本氏とともに脳梗塞で入院していた日報新聞元社長、田辺氏も、心不全で死亡しました。

 倉本氏と田辺氏は現在保釈中でしたが、二人とも脳梗塞のため、十月五日にK大病院に入院していました。

 厚生大臣が年金制度改革について発言しました。閣議決定されていない私的な考え、と発言しましたが、年金の減額と消費税の上昇は免れない様子で・・・》



 三人が同じ時期に死ぬなんて話ができすぎだ。あの不審文では、公務員制度改革と行政改革と民間企業の国有化で、赤字財政を改善するはずだった。

 年金を減額して消費税を上げるというのは、なぜだ?

 私は理恵の腕と背中を撫でながらそう思った。


『クラリックが不用者を処分した。公務員制度改革の阻止と行政改革阻止、企業国有化阻止に動きはじめたよ・・・。

 先生、感じすぎちゃった。余韻に浸らせて・・・』

 もちろんだ。理恵か?マリオンか?

『私は理恵でマリオンだよ。マリオンは省吾と呼びたいらしいけど、私は先生と呼ぶよ。甘えたいから・・・』


 理恵、マリオンを理解したのか?

『全てがわかるようになったよ』

 マリオンが現われた時、理恵の記憶にマリオンがいなかったのはなぜだ?

『マリオンの実在を認めなかったから、私の意識領域と精神領域の隔たりが消えなかったの』

 いつ、マリオンを自分と認めた?

『少し前・・・、愛し合った時だよ』

 精神共棲したのか?

『今までと同じ、かぎりなく精神共棲に近い、一時的精神同化。でも、マリオンがいない私は、私じゃないよ。理恵がいない私も、マリオンじゃない』

 伝えながら、理恵はまどろんでいる。


 理恵はマリオンの一族の子孫だろう・・・。

『そうだよ。私が教えたのがわかった?』

 今、感じた。


『先生、今日は、いつもより激しく感じたよ』

 よかった。俺もだ。

『いつもとちがうみたい・・・』

「どうした?具合が悪いか?」

 私は起きあがろうとした。

 理恵は目を閉じたまま、甘えるように私を抱きしめ、

『私のここがずっと暖かなの。マリオンが、妊娠する、と言ってる・・・』

 私の腹部に手を当てている。


「本当か?」

『マリオンは、あわてすぎだよ。もしかしたら、そうかもしれないのに』

「本当ならうれしいな!」

『まちがいない。今日は動きまわらない方がいい・・・。わかったよ。動かないよ』

「ああ、それがいい!」


『先生、ポートに人がいる。速度違反の取り締りみたい』

「理恵に話すの忘れてた。金曜にN検警特捜部から、連休に速度違反の取り締りでポートを使いたい、と佐伯刑事があいさつに来た。外の様子がわかるのか?」

『プロミドンのシールド内だからわかるよ。シールド外でも、何が起きているか、感じるだけならできるよ』


「外はどうなってる?」

『パト・ヴィークルが四台、装甲搬送ヴィークルが二台、特殊機動武装員が二十人、検警官が六人とスーツの男が二人。N県検警特捜局の特務部だよ。眼鏡の禿頭の小柄な人が佐伯さんだね・・・。

 佐伯さんはN県検警特捜局、N検警特捜部部長だよ。特務部長も兼務してる・・・。

 組織改正前なら警察署長だよ。内閣官房統括情報庁の法務省N県公安検警局、N公安検警部長も兼務してる・・・。

 街宣ヴィークルは、装甲搬送ヴィークルと同じ構造だよ』


「何だって?」

 佐伯の身分と、街宣ヴィークルが装甲搬送ヴィークルと同構造と聞き、私は驚いた。

『機材を降ろしたよ。ヴィークルが家の南西へ移動する』

「見てくる」

 私はベッドから出て、はだけた毛布を理恵にかけた。

『先生、裸だよ!パンツはいてね』

「わかった」

 ベッドのジーンズを取った。


「理恵、俺が居間とガレージにいても、そこから話せるか?」

 私は私の頭を指さし、思考だけで伝えられるか、仕草で示した。

『シールドされてるから、家の中なら話せるよ』

「外で変化があったら知らせてくれ」

 ジーンズをはき、ティーシャツを着、私は理恵の頬に唇を寄せた。

『わかった』

 理恵はまどろんだまま、私の顔に両手をそえて唇を重ねた。



 オープンキッチンへ行き、窓ガラスの遮光モードを〈中×外〉の青ランプから〈中⇒外〉の黄ランプにした。

 駐車場の四台のパトロール・ヴィークルと二台の装甲搬送ヴィークルが、家の南西側へ移動した。指揮するのは佐伯だ。


 理恵、速度違反の取り締りだけか?

『誰かを捕まえようとしてる・・・。

 T通りを南から、黒のボックス・ヴィークルが二台来るよ!二台の黒の大型ワゴンが追ってる!』

 理恵は子供のように驚いてる。以前の理恵のままだ。


 私はキッチンから廊下へ走った。

 浴室の隣のドアを開け、素足でガレージのコンクリートを走り、南西の窓の遮光モードを〈中⇒外〉にした。

 二台の黒いボックス・ヴィークルが、前方のヴィークルを追い抜き、片側二レーンのT通りを南から走ってきた。その後を二台の黒い大型ワゴンが追っている。

 レーンが狭く直線が短いため、ボックス・ヴィークルは格納しているローター・ジェット・ウイングを拡げられない。


『先生、見てっ!』

 前方にヴィークルがいなくなった一瞬、二台のワゴンが右レーンへ動いて、一台がボックス・ヴィークルを追い抜き、進路を塞いだ。もう1台が、二台のボックス・ヴィークルに横付けになった。その瞬間、二台のワゴンが急ブレーキ。

 行き場を無くした二台のボックス・ヴィークルが、縁石を削りながら、我家のポートに突入した。

 家の南から、二台の装甲搬送ヴィークルと四台のパトロール・ヴィークルと二台のワゴンが急行し、ボックス・ビークルを囲んだ。ボックス・ヴィークルの接触箇所に白い塗料が現れている。


『ショッピングモールのボックス・ヴィークルだよ!ワゴンもモールのと同じだよ!』

 装甲搬送ヴィークルから、二十名の武装員が出てきた。自動小銃を向け、二台のボックス・ヴィークルを包囲している。二台のボックス・ヴィークルはN県検警特捜局特務部の車両に囲まれ、W通りからは見えない。

 なんてことだ!機銃装備するほどの重罪犯か?

 武装員が、二台のボックス・ヴィークルから、スーツの八人を引きだし、二台の装甲搬送ヴィークルに分乗させた。一台のパトロール・ヴィークルを残し、全車両が駐車場から走り去った。


 ガレージのセキュリティモニターのアラームが鳴った。

 私はモニターを外部通信にした。

「何があったんです?」

「手配中の容疑者を逮捕しました・・・」

 ディスプレイの佐伯から思考は感じられない。意図的に思考を消しているようだ。

「協力ありがとうございました。後ほどお礼しますので」

 佐伯の映像がディスプレイから消えた。


 理恵、何が起こってる?

『N県検警特捜局特務部とN県公安検警局が、経済界の工作員を逮捕したみたい。工作員にクラリックが意識内侵入してる。クラリックが離脱すれば、工作員は生きてられないよ。

 先生、ニュースで環太平洋経済協定を話してる。何かあったみたいだよ』

 わかった。そっちへ行くよ。寝室へもどりながら伝えた。



 寝室にテレビニュースが流れている。


《本日、合衆国は、

「日本産の農産物輸入関税を緩和する」

 と緊急発表しました。

 現在、日本は東南アジア諸国とセアニア諸国との間で、東南アジア・オセアニア経済圏協定を結んでいます。この経済連協定は、東南アジアとオセアニアの発展途上国に、圧倒的経済力で政治圧力をかけている、合衆国と中国とロシアに対抗するためです。


 合衆国は日本に、環太平洋経済協定参加を要望しています。

 東日本大震災と東海大震災で、緊急援助した合衆国は、合衆国国益のために震災を機に日本に恩を売った、と言われてきました。

 今回の合衆国の発表の裏には、日米安保継続のみならず、日本を環太平洋経済協定に引きこみ、東南アジア・オセアニア経済圏協定を切り崩す目的が考えられます。


 合衆国は、ドル安の原因は合衆国内の慢性的な不景気、としながら、貿易黒字目的で意図的に、ドル安政策を行っています。

 ドル安円高と毎年の洪水で、東南アジアに生産拠点を持つ日本企業が減産におちいる一方、韓国、中国、インドは対外貿易を増加させています。

 経済大国と自由貿易になれば、国内消費では、人件費が高い国産品や国内生産物は国外産の物品にたちうちできません。輸出はドル安円高が妨げになっています。


 これら経済大国への対抗措置として、東南アジア・オセアニア経済圏協定が締結され、南米諸国にまで拡大しようとしている現在、震災援助と日本産農産物の輸入関税緩和を口実に、合衆国が、この経済圏協定の切り崩しに出たのです。

 こうした状況にありながら、経済産業大臣と経済産業賞の官僚は、環太平洋経済協定参加は、国益のために必要だ、とコメントしています。経済産業省の考えは・・・・》



『資本家が資本の無い者に資本を貸し付け、資本と利息を回収する・・・。先進国が発展途上国に投資し、資本と利息を回収する・・・。

 資本主義は経済格差があるから成立するんだよ。

 だから、合衆国は、東南アジア・オセアニア経済圏協定で、発展途上国と呼ばれる東南アジアとオセアニアと南米諸国が、経済大国になるのを恐れてるんだよ・・・』


 それは俺が考えたんじゃなかったのか?

『マリオンが教えたんだよ』

 そうか・・・。政府は、合衆国がわずかばかり譲歩したからと言って、環太平洋経済協定を結ぶ気か?東南アジア・オセアニア経済圏協定がありながら、どうする気だ?

『裏で、経済界が動きはじめてる』

 国民のための政府が、なぜだ?国益に反すれば、閣僚も官僚も、公務員政策立案推進実績責任法と公約宣言厳守責任法で処罰されるんじゃないのか?


『N県の検警特捜局特務部と公安検警局が、経済界の工作員を逮捕しただけで、検警特捜庁と統括情報庁は、政府上層部へ手を出せないんだよ。

 政府上層部に経済界が介入してる。このままだと、法律が無いのと同じだよ』


 理恵の手が私の胸へ伸びた。理恵は私の腕を枕にしてる。

『だから、早く、資本主義体制と間接民主制を変えてね』

 パソコン、持ってきていいか?

『うん、いいよ。子供が安心して暮せるようにして』

 わかった。私はまどろむ理恵の頬に手を触れた。子供っぽい理恵と、マリオンが共存してる。



 ヘッドボードに背を持たせ、タブレットパソコンを起動した。理恵はまどろんでいる。理恵が目覚めたら昼飯の仕度をしよう・・・。

 理恵の手が毛布の下から私の脚に触れた。

 えっ?休んでなくていいのか?


『休んでるよ。身体が暖かでいい気持ち、特にお腹が・・・。

 先生、立法と司法と行政を国民主権下と国民監視下に置いて、国民の代表が政治を行える体制を作ればいいよ。難しいけど、直接民主制に近づけるの』

 そうか!わかったよ!ありがとう。


『私はまどろんでるけど、先生を感じてるよ』

 了解、俺も理恵を感じてる。

 さて・・・、金融資本主義を世界にはびこらせた現在の先進諸国が、近未来で、現在の発展途上諸国から大批判され、現在の先進国を主軸にしない新たな協力体制が強まるのはまちがいない。

 歴史上の大英帝国やスペインの国力の衰退を見れば、よくわかる。「未来のあるべき姿」の体制へ進むには国内からスタートだ。


『そうだよ、先生』

 脚に理恵の手が触れた・・・。理恵の手が熱い・・・。

 私は時系列に従って「未来のあるべき姿」の前に、日記を書きはじめた。



『警察と検察、情報機関の組織は、検察警察特別行動捜査庁と統括情報庁に変わった。


 東日本大震災と福島原発破壊事故と東海大震災と浜岡原発破壊事故で、自衛隊と消防隊は復興と事故処理で、国民救済に大貢献した。まさに国民防衛と国土防衛だ。

 地球規模の自然変化が生じている現在、自国だけでなく、あらゆる危機に対処した、地球規模の防衛体制が必要だ。


 防衛省を、

「地球防衛省」と改名し、

「地球防衛軍」を、

 自衛隊と消防と検警特捜庁航空検警特捜局の一部と海上検警特捜局の一部で組織する。

 地球防衛軍は、国民防衛と陸海空にわたる国土防衛を基本目的に行動し、国民と国土に害をおよぼす対象を攻撃する。


 法務省検警特捜庁は犯罪を取り締まる。

 質的に地球防衛軍と重複するが、軍事組織との一極集中を防止するため、検警特捜庁は現在のまま法務省下に置こう。


 地球防衛軍の行動権限は、

「地球防衛軍総司令官」

 が保有する。

 これにより防衛省情報局は、

「地球防衛省情報局」と改名する。

 これまで同様、統括情報庁の組織であり、同時に各省情報局と連携した並列組織に変りはない。

 地球防衛軍が承認されしだい、軍備を整えて空海国境に軍を派遣し、空海両面から海上国境を警備し、国境の常時警備と日本国籍の船舶と航空機の警護を行う。

 特に漁船の警護と領空領海を侵犯する航空機と船舶の拿捕を行う。

 これらから攻撃された場合、装備されたすべての武器を使用し、速やかに反撃殲滅する。


 立法行政府である直接民主制の

「国家議会」を、

 各都道府県議員(各都道府県で二名から三名選出)と、知事からなる議員で構成する。

 議員は国民の代弁者であり、「国家議会」は、国民に直接請求権と決定権がある直接民主制の議会である。

 国家議会は、議員ではない者から、各省大臣と地球防衛軍総司令官を任命承認し、これを解任する。

 国家議会は政府予算を決定する。各省庁からの要求は意見として聞き、省庁からの予算請求は、全てを却下する。各省庁は決定された予算内で職務を実行する。

 国家議会下に

「国家議会対策評議会」

 を置く。ここが国家議会のまとめ役であり、法案検討提出機関で政策推進機関であり、実質的に政府内閣に値する。

 国家議会の下に「国家議会対策評議会官房」と「地球防衛軍」と「各自治体」と「各省」がある。


 可能なかぎり政権を地方自治体へ移す。 

 国民と国家議会は正確な情報が必要だ。現状は内閣官房情報本局が統括情報庁組織の管理組織になっている。


「統括情報庁」を、

 国家議会と国家議会対策評議会、国家議会国家議会対策評議会官房の下に置き、

「国家議会対策評議会情報本局(内閣官房情報本局)」

 を統括情報庁のトップ組織に昇格し、

「法務省公安情報局(法務省公安情報本局)」

「法務省公安検警局(法務省公安検警本局)」

「外務省国際情報局(外務省国際情報本局)」

「地球防衛省情報局(防衛省情報本局)」

 を管理させる。組織計画は・・・』



 理恵の手が私の脚を撫でた。

「先生・・・」

「これで終わりだから」

「うん・・・」

 理恵の熱い手が私の脚を撫でている。理恵の熱さが増し、芳しい香りが強くなった。

 私は理恵の横顔を見た。笑みを浮かべて見返す顔は視覚的に理恵だ。バトルスーツに身を包んだ戦士・マリオンの雰囲気も感じられる。


「理恵だよ。いつもより強く、私の中にマリオンがいるよ・・・。

 センセイ、今の資本主義国家は、シュメール人の都市国家や古代ローマ帝国と同じだ・・・」


 古代シュメール人は民族の誇りを無くし、民族として生きる希望を失った。

 古代ローマ帝国は、領土拡大にともなう国境警備軍の維持に財政負担が増したが、ローマ市民は元老院の議員から投票と引き換えに娯楽と日々の糧を与えられて堕落し、帝国の生産が停滞した。そして、帝国は急速に衰退した。

 民族の誇りを持たない民。娯楽と飽食がはびこる国。逼迫した財政を市民に知らせず、対策を講じなかった元老院とローマ皇帝。

 現在の資本主義国家は、古代ローマ帝国やシュメールの民と同じだ。有史前から人類の興亡を見てきたマリオンは、そう言いたいのだ・・・。理解したぞ・・・。

 世界を国家連邦へ進めるため、

「未来のあるべき姿」

 を日本の政治に先取りしよう。

 国家財政の赤字補填と年金改革は、この日記に現れた不審文の内容で行い、東南アジア・オセアニア経済圏協定を南米諸国まで拡大し、環太平洋経済協定は締結しない・・・。

 私は

「未来のあるべき姿」

 の法律を、日本の政治に先取りする日記を書いた。



「書けたね・・・」

 理恵は私の腿に頬を触れた。

『政治体制が国家連邦へ進めば、省吾に危険がせまるが、私たちが守るぞ』


「ありがとう、マリオン。頼むよ。次は世界規模の民主化だ・・・。昼ごはんを作る。何、食べたい?」

「ねえ・・せんせい・・・」

「なに?」


 理恵の顔がゆっくり向きを変えた。うっとりした眼で私を見ている。

「あ、い、し、て・・・。もう一度、いいでしょう?」

「えっ?いいけど、腹は?すかないのか?疲れてないか?妊娠は?」

「うん、大丈夫。明日は体育の日、休みだよ。確実に妊娠したいの。だから・・・」

 理恵は私の腿に頬をのせて撫でた。理恵の頬と手が熱い。芳しい香りが強くなった。

「よおし、わかった・・・」

「うれしい・・・」

 私は日記を保存し、タブレットパソコンの電源を切った。

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