25、内閣官房情報局

 時   二〇二五年十月四日(土)

 場所  帝都J区、内閣官房情報局

     衛星情報センター



 内閣官房情報本局内閣衛星情報センターが管理する情報収集衛星は十六機あり、日本上空の高度四百九十キロメートルを、常時三機以上が周回している。

 情報収集衛星にはイオンエンジンとガスエンジンが搭載し、非常時は、高度百五十キロメートルまで降下して偵察を行う。


 端末のチャイムが鳴り、ディスプレイの片隅に映像が現れた。

「待ってくれ」

 内閣官房統括情報庁、内閣官房情報本局、内閣情報官の本間本局長は、衛星情報センター所長との通信を保留し、ディスプレイの片隅の佐伯調査官(統括情報庁N県公安検警局N公安検警部部長)の映像を拡大した。


 本間本局長は、法務省検察警察特別行動捜査庁 国内検察警察特別行動捜査本局本局長、法務特捜官と、N県検察警察特別行動捜査局局長を兼務している。

 また、佐伯部長は、法務省検察警察特別行動捜査庁、N県検察警察特別行動捜局N検警特捜部部長を兼務している。


「二〇一六年五月、吉田電機はアルバイト店員を通じ、八洲興業が予定していた二十台のパソコンの他に、十台増しの計三十台を、八洲興業、つまり、八洲会へ販売しました。

 その時、OAを担当したのが、八洲会長に神乍を教示した永嶋です。彼はかつてH拘置施設で、八洲といっしょでした。どの組織にも属してません。

 二〇二三年五月に八洲興業はパソコンを入れ換え、それまでのパソコンを、永嶋が引き取ってます。

 二〇二三年六月九日、竹村と島本の死亡前、H市O区の吉田電機に本社の調査員を名乗る男が現れ、中古パソコンを販売した二〇一六年のアルバイトについて聞いてます。

 それと、二〇二三年六月九日以前から、誰かが内閣の情報を漏らしています。調べてください」


 佐伯の報告を聞きながら、本間思った。

 パソコン型通信機が放出されたのは、回収命令が出た今年の八月二十七日頃ではない。八洲興業にパソコンが納入された二〇一六年だ。奴らは二〇二三年六月九日以前に、それを知っていた・・・。

「了解した。田村の警備と白のボックスヴィークルの監視を継続し、調査してくれ」


「わかりました」

 映像が消えた。



 本間は所長と通信を再開した。

「九月二十三日以後、サブの発信はないか?」

「ありません。いまだ九月二十三日の発信に、応答もありません」


「N市G区と、H市O区は?」

 パソコン型通信機の回収命令が出た、今年二〇二五年八月二十七日以降、情報収集衛星で、常時、永嶋宅と八洲興業を監視させている。

 どちらも二〇二三年六月以前に、情報収集衛星がチェレンコフ放射を確認している。現在の所長が現職に昇格する前の事である。

「どちらも発信はありませんが、九月二十三日の、N市D区のサブの発信と同時に一度、非常に短時間の特殊発光がありました。数分後、T区から同様の発光がありました」


 発光は松浪と田村の家からだ。本間は心の中で舌打ちした。パソコン型通信機が通信する時は、チェレンコフ放射する・・・。

「なぜ、すぐに報告しない?」

「単なるプラズマ溶接と思ってました。外壁の改築工事をしてましたので」


 本間は眉間に皺をよせて所長を睨みつけた。言い訳はいらない。内閣官房情報局内は防諜センターの管理下にある。職員の行動はすべて記録され査定される。衛星情報センターも同様だ。

「T区は今回が初めてか?」

「二〇二三年六月十日から、十日に一度ほど」

「なぜ、報告しなかった?」

 本間は表情を変えずに訊いた。

「九月二十三日の短時間でわずかな発光が気になり、過去の記録を統計処理して判明しました。改築にともなう単なるプラズマ溶接と思ってましたので・・・」

 太った顔の眼鏡の奥で眼が泳いでいる。

「発光があったT区を見せてくれ」


 ディスプレイの所長の映像が隅へ移動し、N市T通りぞいの駐車場と建物が現れた。

「ここはレストランか?」

「以前はそうでした。改築して今は民家です。鉄骨のプラズマ溶接が行われたのは事実です」


「この民家と住人も監視してくれ」

「わかりました」

「八月二十七日以降、N市G区と、H市O区の偵察をつづけているのだな?」

「もちろんです」


「今後は発信の他に、すべての通信と発光も監視してくれ。異変があったらすぐ報告しろ」

「はっ、わかりました。現在、発信に加え、すべての通信を監視しています。今から発光も監視します」

 ディスプレイから所長の映像が消えた。


 自分の立場だけを守ろうする、気のきかない男だ・・・。

 本間は椅子から立って、森林が映された窓を見た。外部へ室内の仮想映像が映しだされ、紺のピンストライプのスーツを着た本間の長身は、外から見えない。



 内閣官房専用回線の着信チャイムが鳴った。

 本間はディスプレイの前に立った。


 ディスプレイに現れた屈託のない顔は、内閣官房副長官の村野だった。

「村野です。合衆国の反政府デモは報道規制しました。本質は貧民層の反資本主義デモです。今度は日本にも拡がるでしょう。そうなっては回収に手間どります。捜査経過を報告して、回収を急いでください」

「三日前の報告後、進展はない」

 本間は横柄に言った。


「発信も応答もないのですか?」

「サブの発信は、九月二十三日に確認したとおりだ。メインの発信と応答はないよ・・」

 この専用通信回線も防諜センターの管理下だ。会話は記録されて外部にもれない。官房副長官を問いただすチャンスだ・・・。

「事実を教えてくれ。回収品は内閣ブレーンのパソコン型通信機と言ったが、本当は何だ?世界各国で発生してる民主化デモと関連してるんじゃないのか?」


「私は、ブレイン専用のパソコン型通信機で見た目はパソコンだ、と聞いているだけです」

「それなら発信者がわかるだろう?」

「それは、こちらで話しましょう。予定を変更して帰ってきてください」


 村野の声は緊急のように思えた。

「わかった。もどろう」

「では・・・」

 村野の映像が消えた。

 本間はディスプレイを閉じて部屋を出た。



 内閣官房庁舎、内閣官房副長官執務室で、本間は、ソファーに座ったまま言った。

「通信機の回収にこだわる理由は何だ?パソコンとして通信機を誰が使おうと、受信しなければ問題ないだろう?他人が使うと政府が困る特殊装置か?それとも、何も考えずに命令に従って回収しろと言うのか?」


 官公庁は、機密漏れがないかぎり、不要備品を民間へ放出販売する。係官が不要なパソコンを放出してもおかしくない。


「新法を施行した手前、手続き上の不備で内閣の備品を紛失したなど言えません・・・」

 四十代の村野はクセ髪を七三に分けている。閣僚が使うジェルのような物を使っていない。笑みを浮かべたような童顔を崩さず、執務机の椅子に座ったまま肘を机に乗せ、クセのある髪を撫でながら話した。

「紛失したのはブレインのパソコン型通信機と聞いてますが、実際はマインドコントローラーでしょう。官房長官は受信者を明かしませんが、受信者は洋田総理だけではないでしょう」


「複数の閣僚が受信してるのか?」

 閣僚のマインドコントロールは重大機密だ。新体制とは言え、内閣官房情報本局本局長の私などに話さないはずだ。紛失したのは新体制になった時じゃない。二〇一六年だ。こいつ、嘘を言ってる・・・。


「閣僚だけではないでしょう」

「過去に、誰がパソコンを使ってた?」

「過去のブレインに聞きましたが、パソコン型通信機を知りませんでした・・・」

 村野は椅子をわずかに後方へ移動して脚を組み、膝の上に両手を載せて指を組んだ。村野はおちついて低姿勢だ。

「彼らは責任回避から、口頭でアドバイスするケースが多く、記録に残す場合も、手書きの書面が多かったようです。書面なら焼けますからね」


「副長官は、官僚や閣僚がパソコンを持っていたのを見たのかね?」

「見てませんが、現総理が副総理の時、総理官邸の廊下で、閣僚が誰かと話すように立ち止まっていました。官僚や副閣僚が同様にしていたのも見ました。それらが受信時だったかは不明です」

「その時、パソコンを持ってのたか?」

「何も持っていませんでした。携帯端末もセットしてませんでした。通信機があれば、SPの金属探査や電磁波探査でわかったはずです」


「何も持たずに、何かを聞いてたのか?」

「そうです」

 村野は、金属ではない特殊通信機か、テレパシーのようなもので受信していた、と言いたいらしかった。

 金属製でない、電導有機物による送信機が存在する可能性はあるが、電磁波探査にひっかかるはずだ・・・。


「回収業者が誰にパソコンを売ったか、わかったのですか?」

「オープンマーケットでは現金取引の商品を安価に大量販売してる。多数の客が押しかけて誰の手に渡ったか不明だ・・・。見つけしだい、私なりの方法で回収する」

「だめです。現在の持ち主に気づかれないよう回収してください。そのために二台の代替品を用意したのです。松浪に渡した他に、一台は残っているのでしょう?」

「了解した・・・。見つけたら交換する」

 本間はそう言ってソファーから立った。そのまま副長官執務室を出た。



 本間が退室すると、村野は私物のタブレット携帯端末で、映像非表示通信回線を開いた。

「研融油化学本社、近藤です」

「サブの発信を確認した、と連絡したが、メインの所在も確認したようだ。タブレットパソコンはマインドコントローラだと話しておいた」


「早く回収させろ」

「わかった・・・」

 村野の声を聞きながら、近藤は神経質な細い指をメタルフレームに触れた。映像非表示を示すディスプレイがレンズから消え、メガネを外して机に置いた。

「ヨヒム、村野は事実を伝えてきた」


『経過を見るのだ』

 近藤の意識に、クラリックのアーク・ヨヒムが答えた。ヨヒムが意識内進入したセルの居所は不明だ。

「わかった」



 同日二十時。

 国家保全法違反で逮捕されていた元経済統合会の会長、研融油化学社長の倉本が保釈された。

 倉本の指示で球界に圧力をかけていた、日報新聞の元社長、田辺も同時に保釈された。

 二人は報道の目を盗んで、帝都拘置所から二十時すぎに出所した。


 二十二時。

 倉本と田辺は丸の内の研融油化学本社ビル最上階の会長室にいた。肥満した身体をソファーに沈めた二人から、室内に老齢臭が漂った。

「留守中のことはわかった。儂の退陣を迫る株主なんぞ、業績が上がればどうにもなる。放っておけ・・・。

ところで、例の装置はどうなった?」

 秘書の近藤の報告に倉本はそう言った。


 倉本の前で近藤は慎重に伝えた。

「捜査中です」

「早く見つけてくれ。洋田にたっぷり礼をせねばならん。急いでくれよ・・・」

「はい」

「今日は遅くまでご苦労だった。電車だったね。座って、一杯、飲んでいってくれ・・・」

 倉本は近藤をソファーに座らせ、テーブルのグラスにウィスキーを注いだ。

「わかりました。それではいただきます」

 近藤はテーブルのグラスを取り、一息に飲んで礼を言い、その場を立った。


 自室にもどると、近藤は椅子に座ってメガネを外し、小声でつぶやいた。

「二人が自分たちのために、本気で装置を回収する気になった」

『二人を処分しろ』

「彼らのセルは?」

『不要だ』

「了解。誰がモーザを移動させたかわかったか?」

『不明だ。モーザが手に入れればわかる』

「わかった」


 近藤はメガネをかけて立ちあがった。自室を出て会長室へ歩いてドアの前に立ち、倉本と田辺の血液細胞が破壊するのをイメージし、

『消滅しろ』

 と伝えた。

 倉本と田辺はソファーで眠りはじめた。

 近藤は踵を返し、エレベーターへ歩いた。


 翌日、十月五日(日)。

 朝のニュースで、倉本と田辺が脳梗塞で緊急入院した、と報じられた。

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