16、離婚届

 時   二〇二五年八月二十七日(水)理恵の休日

 場所  N市



 私と理恵が暮してひと月がすぎた。菅野から理恵たちと、私たちの離婚届が送られてきた。理恵と私は二枚の離婚届を役所へ提出した。

「これで、本当に先生と暮せるんだ!」

 理恵は私に抱きついた。


 私と暮して以来、理恵は他人を気にしなくなった。ハイヒールをはくと私と同じ背丈の理恵が私に抱きつく姿は、役所の職員と来客の目を引いた。私は理恵の身体と香りと熱さを感じながら、人目が気になって恥ずかしかった。

『私は気にしないぞ・・・』


 民法のため、理恵と私の婚姻届を出せるまで半年あった。私と菅野は弁護士を通じ、今後半年内に理恵に子供ができた場合、私の子供と認める旨を書面にして残してあった。元妻にも同じ内容の書面が残してあった。そうでなければ気がねなく生活できない。


 家にもどると、私は仕事場の机の一番上の引き出しから、書類を出して机に拡げた。私が署名捺印した婚姻届だ。保証人は離婚届と同じに出版社の木村と今井だ。

「あとは、理恵が署名して出せばいい」

「ありがとう!」

 理恵は署名捺印し、私に抱きついて喜んでいる。



 我々の未来に平凡な生活があるだけだ・・・。いやそうじゃない。常に理恵の考えを予測して行動する私がいる。理恵の身内は不仲な兄しかいない。私は何があっても理恵を守る。時空間が存在するように、愛情は最初から存在してる。作るのでも芽生えるのでもない。維持するか、しないかだ。そのことに、理恵はまだ気づいてない。


 理恵は元妻とちがう。他人に自分を理解させる場合、自分が変わらなければならないのを知っている。歯科治療で指示どおりにしない患者や、指示どおりにできない患者には、理恵の意識が変わらなければ、患者が理恵の言い分を認めないからだ。歯科衛生の仕事をする以前、理恵はその事を知らなかった。


 それなら、菅野とそのようにすれば、理恵は離婚しなくてすんだはずだが、現実は歯科医院の患者とはちがう。一般患者は歯科衛生士を尊敬しなくても、馬鹿にはしない。私が最初に理恵を見くだしたようにもしない。

 だが、地方銀行員にすぎない菅野は、クラリックの影響で、銀行員の自分が特権階級だと思いあがっていた。その事を自覚しないから、始末が悪い。言葉丁寧に何でも威圧的だ。身近に菅野が三年も居れば、理恵は、菅野自身が気づかない菅野の言動をいやでも感ずる。母親でなければ許せない事をずけずけ言われたら、理恵は嫌になる。言った菅野はけろっと忘れている。


 慣れは恐ろしい。妻だからけなしても許されると妥協がはじまり、切りがなくなる。元妻も際限なかった。



「六か月たったら提出するよ」

 理恵を抱きしめたまま、私は婚姻届を机の一番上の引き出しに入れた。重要物が入った部分で、非常時はそのまま取りだせるよう、引き出しは書類ケースなっている。

「ありがとう!うれしいな!」

 理恵は私に頬ずりし身体を密着させた。理恵の熱さと芳しい香りが強まっている。

「さて・・・」

 私は理恵の頬に唇を触れた。

「食料品を買いに行こう。愛し合うのは、帰るまで待ってね」

「うん、いいよ」

 理恵は小鳥が餌をついばむように、何度も私の唇に唇を重ねてほほえんでいる。



 私たちは郊外のK街道のショッピングモールへ出かけた。

 積乱雲がいっきに空を埋め、雷鳴が響きはじめている。

 車中で理恵は、日曜はクリニックの患者に出会うから、買い物は水曜がいいと言う。

 理恵のD歯科クリニックの勤務時間は九時から十七時まで。八時すぎに出かけて十八時すぎに帰宅する。帰宅途中で寄り道しない。買い物がある場合、私とともに全て水曜に行う。一人で買い物するのが嫌なのではなく、二人で居たいからという。新婚同然なのだから、と思っていたが、そうではなかった。


 クリニックの理恵は大きなマスクをしている。患者には眼しか見えない。しかし、患者は理恵を憶えていて、クリニック外で理恵を見ると、あれっ?と表情を変える。理恵に患者の記憶はない。クリニックの端末に現れるカルテの患者名は歯を示す記号でしかない。だから、患者からじろじろ見られのは良い気がしない。


 以前の私は、モールに理恵が来ているかもしれないと思って探したことがあった。その頃の理恵は午前中に食品を買いに行き、専門書を置いてある書店に寄り、そのまままっすぐ帰宅していた。洋服などは専門店で買う。私の買い物は平日の午後から夕刻までだから、街宣ヴィークルが出没しなければ、私は理恵に会うはずがなかった。


「俺も、一般患者?」

「そうよ。私の特別な患者」

 エコ・ヴィークルのハンドルを握り、理恵は私の治療を思いだして笑った。

「ニュースを見ていい?」

 まもなく十一時だ。私は日記の結果が気になっていた。

「いいよ」

 フロントガラスに大粒の雨が当たった。

 私はナビゲーターをテレビに切り換えた。



 ニュースは特別番組だった。

《浜岡原発破壊事故関連のニュースの前に、政府からの緊急発表をお伝えします。

 組織図に示すように、政府は政府法務省に

「検察警察特別行動捜査庁」を設立しました。


 庁内に、

「国際検察警察特別行動捜査本局」

「航空検察警察特別行動捜査本局」

「海上検察警察特別行動捜査本局」

「国内検察警察特別行動捜査本局」を、


 国内検察警察特別行動捜査局の下部に、

「各県検察警察特別行動捜査局」を、

 その下部に、

「各県検察警察特別行動捜査局特務部」

「地域検察警察特別行動捜査部」

「航空検察警察特別行動捜査部」

「海上検察警察特別行動捜査部」を設立しました。


 これまでの警察と検察の不祥事から脱却するため、政府は検察と警察の組織改正を行い、国内外の陸海空の事件事故のあらゆる捜査解明機関として、検察警察特別行動捜査庁を設立しました。これにともない、従来の陸海空の事件事故に関する各庁は一元化され、より迅速に対処されます。

 検察警察特別行動捜査庁に旧人事による幹部は誰もいません。これまでの検察および警察の組織権力と経済界に癒着した者たち全員が、この後に説明します、

「公務員政策立案推進実績責任法」

 により、過去の罪状を明らかにされます。これは政府から財界に至るまで全てでなされます。



 次のニュースです。

 東海大震災の復興と浜岡原発の事故処理の迅速化のため、緊急臨時国会で

「公務員政策立案推進実績責任法」と

「公約宣言厳守責任法」

 が成立し、公務員特別措置法が廃案になりました。


 新法案では、これまでの公務員の不祥事に対して、時効がありません。過去の政策と公約、政府発表の広報にも適応されます。

 今回の臨時国会で成立した

「公務員政策立案推進実績責任法」と

「公約宣言厳守責任法」

 により、

 これまで公務員特別措置法によって追求できなかった、企業利益に癒着した各省庁の無責任な政策が糾弾されます。 公務員と公務員に準ずる専門委員会の委員およびに団体職員等と関連企業に、政策の実行責任が課せられます。政策に関わったすべての公務員と委員、団体職員等と関連企業などの経済界に、政策の立案、推進、実績の責任が問われます。


 政策の実行によって被害が出た場合、また、政策による事業利益が無い場合は、担当者の個人責任のみならず、関係者全員に責任追及が成されます。意見だけ述べて責任を持たない委員会はもはや成立しません。意見イコール責任になりました。

 あらゆる公的情報隠蔽と議事録など、意図的な記録破棄や無記録にも、これらの法律が適応されます。時効はありません。過去の政策にも適応されます。これによって、東海大震災の復興と浜岡原発の事故処理が迅速化されます。



 政府は国家非常事態を宣言しました・・・。

 検察警察特別行動捜査庁、通称、「検警特捜庁」により、これまで企業利益に癒着し、無責任な政策を立案推進した各省庁と、法案を成立させた政権担当内閣と与党議員、そして法案成立に絡んだ国家法人の設立に関して、情報操作された政府広報を発表した内閣府に、捜査査察が開始されました。


 法案可決のたびに新設された国家法人は解体され、国家法人の経営者に、これまで注ぎこまれた法人予算の返還が科せられる予定です。そして、これら法人の立案者と、これら法人の設立認可を与えた諸官庁の責任者と、これまでの浜岡原発破壊事故の政府広報で情報操作していた内閣と内閣官房に捜査査察が入ります。

 これら新法律と新組機によって、東海大震災の復興と浜岡原発の事故処理が迅速化されます。



 次は福島原発事故関連のニュースです。

 二〇一一年の福島原発破壊事故当時の東部電力元会長と元社長が、「国土保全法」違反で逮捕されました。

 現在の原子力規制庁、かつての原子力安全保安院の元職員と南部電力元社長が「情報管理法」違反で逮捕されました。

 東部電力元会長と元社長は放射線汚染で国土を消失させ、原子力安全保安院元職員と南部電力元社長は、社員に強要して「原発賛成」に関する偽情報をマスコミに流し、偽の市民意見を画策しました。これら「国土保全法」違反と「情報管理法」違反は「国家保全法」違反の国家反逆罪です。国家反逆罪による逮捕者は今回が初めてです。


 また、当時の南部電力の発表により、原子力安全保安院が、南部電力のプルサーマル計画説明会に、賛成派の意見が反対派を上回るように、やらせ発言を強要していた事件でも、関係者が逮捕されました。

 当時の各電力会社の発表によれば、過去にも原子力安全保安院が各電力会社に、原発シンポジュウムで、顔を知られていない原発関係者に「原発賛成の発言」をするよう、日常的に強要していた事実が判明しています。

 当時の原子力安全保安院は、やらせを電力会社に要請した職員と元職員を追求しない、と述べていましたが、当時の海田経済産業大臣は責任追及をする方針を述べたにもかかわらず、官僚たちの責任回避からうやむやにされていました。


 今回、直井経済産業大臣の要請により、検警特捜庁がかつての原子力安全保安院の捜査に入り、責任者と元責任者、およびに責任追及をうやむやにしていた官僚たちの逮捕に至りました。

 なお、かつての原子力安全保安院には、各電力会社からの出向社員や元電力会社社員がいた事実が判明しています。いずれ、この件も、捜査査察と関係者逮捕がなされます。



  浜岡原発破壊事故関連のニュースです。

 浜岡原発破壊事故に関する、検警特捜庁の捜査査察は、福島原発同様、電力会社のみならず政府内におよんでいます。


「検警特捜庁」の捜査査察は、

 各電力会社に原発賛成派のやらせを強要した元原子力安全保安院、

 原発計画を立案推進した政府官僚から下部職員に至るすべての公務員、

 政府によって意見を求められて無責任な意見を述べてきた専門家による委員会、

 原発計画を推進するために政治圧力をかけた電力会社、

 電力会社から優遇されて動いた議員や公務員、

 政府内人事で電力会社への天下り人事を担当した者たち、

 政府広報など情報を管理画策した者たち、

 福島原発破壊事故と今回の浜岡原発破壊事故の際、情報隠蔽と偽情報を発表した内閣官 房長官をはじめとする者たち、

 これら関係者、全てにおよびます。

 時効はありません。

 総理や官房長官など内閣閣僚や官僚も、例外ではありません。


 検警特捜庁の捜査査察により、逮捕者は即時裁判にかけられ、国家反逆罪に問われるのは、まちがいありません。原発事故処理労働者として現場へ駆りだされ、財産は没収される方針です。

 今後の「検警特捜庁」の捜査査察は、今回の原発事故に関する情報操作だけでなく、原発計画を推進してきた、これまでの政府行政機関と企業の全てにわたってなされます。

 今後、

「公務員政策立案推進実績責任法」と「公約宣言厳守責任法」により、大量に逮捕者が出るもようです。



 今入ってきたニュースです。

 二〇一一年の福島原発破壊事故と電力会社のやらせと、二〇一〇年の尖閣諸島中国漁船衝突事件で、政府閣僚に恫喝および政治圧力をかけていたとして、経済統合会会長の研融油化学社長の倉本氏が、「国家保全法」違反で逮捕されました。

 これまで経済界の政治介入は頻繁に行われていました。経済界の政治介入は「国家保全法」違反です。


 また、二〇一〇年当時、「長内閣」の長総理から内閣政府組織改革の命を受けて改革を推進していた部下を、予算審議会の場で恫喝して退職させた、前「田崎内閣」の万石元官房長官と長内閣の海田元経済産業大臣の二人が「公約宣言厳守責任法」違反で逮捕されました。

 万石元官房長官には、尖閣諸島中国漁船衝突事件の情報隠蔽罪と、旧警察審査会に圧力をかけて、旧検察庁に民生党の大沢議員を、政治資金規制法違反容疑で起訴させた容疑もかかっています。かつて万石氏と大沢氏は民生党内で犬猿の仲でした。

 万石元官房長官の逮捕につづき、大沢氏を起訴させた旧警察審査会と旧検察庁の関係者に、検警特捜庁の捜査が入ります。証拠捏造と改ざんに関与した関係者の逮捕は免れません。



 速報です。

 山田総理が緊急入院しました。総理は官邸で万石元官房長官と海田元経済産業大臣逮捕のニュースを見て倒れました。

 福島原発破壊事故では、長元総理と太山元官房長官と海田元経済産業大臣など、長内閣の元閣僚と原子力保安院や原子力委員会など元官僚が、情報隠蔽と偽情報の発表をくりかえしていました。

 山田総理が倒れた原因は、福島原発破壊事故の逮捕者が政府内におよぶ現在、浜岡原発破壊事故の情報操作をしていると思われる、井上官房長官ら山田内閣閣僚と政府官僚を懸念しての結果と考えられます。



 速報です。

 山田総理に代わり、洋田副総理が総理に就任しました。連立与党共和党から二人目の総理が誕生しました。洋田総理はただちに新組閣人事を発表するもようです。


 情報機関「統括情報庁」(旧内閣危機管理センター)が内閣官房下に組織されました。

「統括情報庁」は内閣官房下に位置し、暫定的に、統括情報庁長官を内閣官房長官が、統括情報庁副長官を官房副長官が兼務します。


 これまでの、

 内閣官房内閣情報調査室、

 公安調査庁、

 公安警察(警察庁警備局他)、

 国際情報統括官組織(外務省)、

 情報本部(防衛省)などは、

「内閣官房情報本局」

「法務省公安情報本局」

「法務省公安検警本局」

「外務省国際情報本局」

「防衛省情報本局」

 に名を変え、各省に付属したまま統括情報庁の下部組織になりました。

 過去の組織とちがい、各省情報本局同士の協力と連携が密になり、各省情報本局と統括情報庁が多岐にわたる情報を得るようになります。


 くりかえしてお伝えします。

 新体制の「洋田内閣」が発足しました。

「公務員政策立案推進実績責任法」と

「公約宣言厳守責任法」が成立しました。

 警察と検察に代って

「検察警察特別行動捜査庁」が組織されました。

「統括情報庁」が内閣官房下に組織されました。

 これまでの各省庁の全ての情報が、一括して統括管理されるようになりました。縦割り組織が横にもつながったわけです。なお、適切な人材選択に時間がかかるため、検警特捜庁と統括情報庁の間と庁内で、役職の兼務体制が採られます・・・・》



 私は驚いたまま、テレビをナビゲーターに切り換えた。

「先生が書いたとおりになってる!やっぱり先生が世の中を変えるんだ!モールに着いたらモールのディスプレイを見ようよ!ワクワクするわ!」

 理恵は眼を輝かせて興奮している。これまで私は書いた日記をすべて理恵に見せている。


 雨が降りだした。ショッピングモールにヴィークルは少なく、理恵はエコ・ヴィークルをモールの近くに停めた。

 ヴィークルから出ようとすると、四台の白いボックス・ヴィークルが周囲に停止した。左右のボックス・ヴィークルから、サングラスをかけたスーツの男四人が降りて、ドアガラスを下げるよう仕草で示している。


 理恵はわずかにガラスを下げた。

「エンジンを止め、貴重品を持って車から出てください」

 雨に濡れた男の手に銃が見えた。

 理恵は私に

「省吾、クラリックだ。逃げよう」

 とつぶやき、キイに手をかけ、眼でエコ・ヴィークルの後方を示した。背後に停止したボックス・ヴィークルと距離があり、小さなエコ・ヴィークルはバックで逃げられそうだ。

 私は小さくうなずいた。


 どしゃ降りの雷雨になった。

 一瞬に理恵の右指がキイからハンドルへ動き、左手がレバーをオートからマニュアルに切り換えた。エコ・ヴィークルはバックで急発進し、男を跳ね飛ばして、左まわりにスリップターンし、左側のボックス・ヴィークルの背後を走りぬけた。


 雷雨のポートを、エコ・ヴィークルが出口へ走った。

 四台のボックス・ヴィークルが水しぶきをあげてエコ・ヴィークルを追い、窓から発砲する。

 その時、ポートの出口付近から、二台の黒い大型ワゴン・ヴィークルが急発進して発砲した。

 出口へ走るエコ・ヴィークルと、追いかける四台のボックス・ヴィークルの間に、二台の大型ワゴンが割りこんだ。

 進路を断たれた四台のボックス・ヴィークルは雨で滑り、二台のワゴンの側面に激突し、銃撃戦になった。


 エコ・ヴィークルはポートを走りでた。

「あいつら、何なのっ?クラリックって何?」

 理恵は叫びながらルームミラーを見た。

 大型ワゴンから、銃器で武装した紺の制服の男たちが降り、ボックス・ヴィークルから、スーツの男たちを引きだしている。


『私が理恵を通して、クラリックと言ったからだ。クラリックのことは話すな』

「えっ?わからない・・・」

「先生、私たちが捕まるのを日記に書いたの?クラリックって何?あいつらなの?」

「いや、そんな事、書いてない」

 私はナビゲーターをテレビに切り換えた。



《緊急ニュースをくりかえします。洋田副総理が総理になりました。

 山田総理が緊急入院しました。

 病院の発表によれば、総理は脳梗塞のため長期入院が必要です。

 これにより、洋田副総理が総理になりました。緊急内閣改造により、各省庁の大臣が大幅に変更になり・・・》


「これって、クーデターじゃないの?」

「ちょっと待ってくれ・・・」

 私は理恵にも聞こえるように、スカウター端末を外部通信にして装着し、出版社へ連絡した。


「クーデターじゃありませんよ」

 担当の木村はニュースについて説明してくれた。

「警察も自衛隊も動いてませんでしたからね。

 新内閣発足のニュースがあとになりましたが、事実は、山田総理の入院で副総理の洋田が総理になり、総理が法案を提出して両院で可決成立し、内閣改造をして新体制の内閣が誕生したんです。

 改造後の事態が速く進んだのは、これまでの実態を調査し、迅速に法律を施行する旨を議案に入れてあったためです。

 これで各省庁が大きく構造改革されて手続きが簡略化され、縦割り行政が横へつながるようですよ」


「今、ショッピングモールで銃を持った不審な男たちに、警察の任意同行のような扱いを受けそうになったが、逃げてきた・・・。新組織の、検警特捜局かもしれない」

 私は咄嗟に言って佐伯刑事を思いだした。

 私は旧N県警に協力していた。タブレットパソコンで政治批判を書いただけで、検警特捜局に追われはしない。やはり、男たちはクラリックなのか?


「それで、先生は今どこにいるんです?」

「ヴィークルで帰る途中だ。食料品を買って帰る予定だが、このまま家にいたら危険だな」

「だいじょうぶですよ。家にいてください。政府の状況を調べて今井から連絡させます。必ず家にいてください。今回の内閣改造で忙しくなりそうなんです・・・。

 お願いしてる原稿を急いでもらえませんか?

 外乱や雑音が入らない自宅が一番安全でしょう。

 できれば、出かけずに自宅で執筆してください。

 もし出かけても、連絡取れる所にいてください」


「了解した。自宅は危険だから、I沢の元妻の実家の別荘へ行くよ」

「わかりました。別荘へ着いた頃に連絡します。二時間くらいで着きますね?」

「買い物があるから、三時間くらいかな」

「わかりました」

 通信が切れた。


 すぐさま私はスカウターで、元妻の別荘を確認した。別荘を管理する警備会社は、セキュリティ整備に不備が生じて保安確認ができない、と言ってきた。

「俺が元妻の別荘を使えないのに、もう、誰かが別荘に侵入してる」

「じゃあ、なぜ木村さんに話したの?」

 理恵はヴィークルを走らせながら言った。


「出版社の安全を確認した」

「安全なの?」

「危険だ。木村に話しただけで誰かが別荘に侵入した。木村は、連絡の取れない所へ逃げろ、と言ってる・・・」

「木村さんは、逆を言ったの?」


「木村は俺が他所では書けないのを知ってる。自宅で書くのが一番効率がいい。だから、あえて、自宅にいろ、と言うのは、それなりに訳がある・・・。さて、どうしよう・・・」

 スカウターの発信は確認された。出版社の木村や今井にメールすれば、居所が知れる。タブレットパソコンは持ってきた・・・。これさえあれば、クラリックの思念波の影響を受けない、とマリオンが言ってた。



 雷雲の下から抜け、雨が小降りになった。

 エコ・ヴィークルはK街道からT通りへ入り、レーンが登りになった。登り切ると、下りレーンの右手前方に我家が見えた。

 我家のポートに三台の街宣ヴィークルと二台の白いボックス・ヴィークルが停止して、右翼と思われる制服の男たちと、スーツの男たちがポートで争っている。


「先生っ、クラリックだ!大変だよ!」

 理恵から芳しい香りと熱さとともに、マリオンの意識が伝わってきた。

『右の市道へ入って』

「右へ入って」

 私はエコ・ヴィークルを家の裏手の市道へ進めるように言って、理恵の頭に私の白いキャップを被せた。これで理恵のポニーテールが隠れる。私は車内にあったタオルを頭に巻いた。


 エコ・ヴィークルは他のヴィークルの流れにつづいて、T通りから右の市道へ入った。

 理恵のヴィークルはエコタイプで白だ。一般的なヴィークルで、同じ型のヴィークルが何台もT通りを走っている。我家のポートの街宣ヴィークルの屋根に、T通りのヴィークルをスコープで監視する、短髪、詰襟の男が見えた。

『よそ見するな。そのまま、前を見て走れ』

「家を見ないで、前を見たまま運転するんだ」

 街宣ヴィークルの男はこちらに気づかずにいる。理恵のヴィークルが移動するにつれ、我家の陰になり街宣ヴィークルが見えなくなった。

 レーンはそのままN市の西側から、N市を周回するフリーウエイへつづく。


「どこへ行くの?」

 スカウターが着信を知らせた。

『電源を切るのだぞ』

「待ってくれ・・・」

 通信は木村からだった。私はスカウターの電源を切った。

 タブレットパソコンは後部座席にある。


「パソコンを売った友人って、どんな人?」

「永嶋さんだ。いろんな事してる。パソコンの製作販売が主だ。


 販売するパソコンはすべて顧客のセコハンだ。彼がハードを改造して売ってる。パソコンに異変があればわかるはずだ。だから日記の機能は知らないと思う」

「その人、政治団体や右翼に関係してる?」

 ヴィークルの前方を見たまま理恵がいう。

「政治に興味ないと言ってた」

「普通の人?」

「俺は普通と思ってる」

 元妻は、普通じゃないと言っていた。


「そう・・・。あっ、水道工事だ」

 前方で道路に水が噴きだし、係員がヴィークルを迂回路へ誘導している。このタイミングで水道工事は話ができすぎだ。他に迂回路はない。後続ヴィークルで後退できない。

「こまったな・・・」

『誘導に従って進め』

「俺たちだけじゃない。指示どおり進もう」

「うん・・・」

 理恵は何か気にしている。


 住宅地をまわって抜けると、前方と左右にコンクリートの壁が現れ、行き止まりになった。

「しまった!」

『あわてなくていい・・・』

 後退しようとするエコ・ヴィークルーの後ろに、コンテナー・ヴィークルが横付けになった。

『コンテナーの下を抜けろ』

「車を降りて、コンテナーの下を抜けよう」

「うん・・」

 話している間に、左右の壁から覆いが現れて上空がふさがれ、一瞬に意識が薄れた。


 気がつくと、私と理恵は自宅の居間にいた。

「理恵、だいじょうぶか?怪我してないか?」

 私は理恵を抱き寄せた。放つ熱さも香りも理恵のままだ。怪我はない。ピンクのポロシャツとジーンズに乱れはない。私が被せた白いキャップは理恵の横にある。

「だいじょうぶ・・・。でも、風邪の時みたいに頭が重い・・・。先生は?」

「ああ、同じだ。二日酔いみたいだ・・・」


 座卓に理恵のバッグとスカウター、ケースに入ったタブレットパソコンとお茶のペットボトルがあり、オープンキッチンのテーブルに食料品とレシートがある。

「誰が私たちを運んだろう?」

「おそらく、モールで俺たちを守った、黒のワゴンの者たちだよ」

『私たちだぞ』

 私は頭のタオルを取った。キッチンの窓からポートに理恵のヴィークルが見える。


 電源を切ったはずのスカウターが、音声メールの着信を伝えた。

「新体制になって、離婚後すぐに婚姻届を提出できるよう、民法が改正になりました。役所に確認してください。

 月末上がりの原稿の進行を知らせてください。携帯に通信したが、つながらないのでメールしました」

 スカウターで木村が話した、新政府の内容ではない。

 私はスカウターを左側頭部にセットして外部通信した。

『うまく話を合わせてね』

 理恵は私の腕を取って私の眼を見ている。

「わかった」

 私は理恵の思いを感じてうなずいた。


 しばらくして木村と回線がつながった。

「原稿は順調に進んでる。何かあったのか?」

「いつもどおりの月末の進行確認ですよ」

 スカウターを通じて木村の不安が感じられる。

「政府の状況はどうなった?」

「えっ?何のことです?内閣改造ですか?」

「今井さんが調べてんのか?」

「今井は去年、担当を代わりましたよ。今年から先生の担当は、私と陣内ですよ。我々はエンタメ担当で、政治じゃありませんよ」

 木村はわざと嘘を言っている・・・。

 私はスカウターで話しながら理恵を立たせ、手をとって仕事場へ行った。


「じゃあ、婚姻届の保証人は?君と今井さんが保証人になってくれただろう?」

「離婚届も婚姻届も、私と陣内ですよ」

 私は引き出しから婚姻届を出し、机に拡げた。保証人は木村と今井である。

 理恵がスカウターをセットしていない私の右耳に口を近づけた。

『話を合わせてね』

 わかった、と私はうなずいた。


「先生、どうしたんです?」

「いや、俺の思いちがいだった。原稿は月末には上がるよ」

「了解しました。

 月末、必ずそちらへうかがいます・・・。

 奥さんにもあいさつしたいから・・・」

「わかった。婚姻届の件は市役所に確認するよ。ありがとう。それでは・・・」

 通信が切れた。私はスカウターを外し、理恵と居間にもどった。


「木村さん、何をいいたいんだろう?」

「誰かが、俺たちに関係する物をすりかえるため、月末に侵入する可能性がある、と言いたいのだと思う・・・」

 最初、木村は、この家が危険だから逃げろ、と暗に示した。今度は、離婚届も婚姻届も保証人は木村と陣内だ、と言ったが、実際は木村と今井だ。内容がすりかわってる。

 月末、奥さんにあいさつしたいと言うのは、誰かが婚姻届をすりかえるため、つまり、私たちに関係する物をすりかえるため、誰かが月末に侵入する可能性がある、といいたいのだろう・・・。


「ここのセキュリティは完璧だ。外部電源が切れても、すぐ自家発電に換わる。誰かが侵入すれば、近所に警報が鳴り響く。外から内部配線は切断できない。侵入するには家を破壊するしかないよ」

「目的はこのパソコンね」

 理恵は座卓のタブレットパソコンを見た。

 侵入するのは、私たちを守ったワゴンの者たちじゃない。モールにいたボックス・ヴィークルのクラリックか、街宣ヴィークルの者たちだ・・・。

 私は理恵を抱き寄せた。

「日記が実現してる。これからも書くけど、どうしてあの男たちに襲われるんだろう?」

 記憶の中で、スーツの男たちと武装した制服の男たちが争っている。


「いつも、ネットワークを使わないで日記を書いてたよね」

「うん・・・」

 私が日記を書くのはタブレットパソコンだけだ。バッテリーを使いネットワークは接続しない。仕事と調べ物はデスクトップパソコンを使う。セキュリティモニターの外部通信回線は、私の仕事関係と理恵がパソコンで調べ物をする時だけ、外部通信接続している。セキュリティモニターを中継しないダイレクトな外部通信は、電磁遮蔽ネットと窓のシステムで完全に遮断される。


 マリオン、誰がボックス・ヴィークルとワゴンの男たちに知らせたんだ?

『新体制内の者が知らせた。ワゴンは警護ヴィークルだぞ』

 専用警護ヴィークルはパトロール・ヴィークルじゃないのか?

「あの黒のワゴンが、佐伯さんの言った専用警護ヴィークルだよ。木村さんのようなことがあると思うけど、あのワゴンの人たちに守られてるみたいだから、あわてずにその場に合わせようよ」

 と理恵が言った。

「理恵のいうとおりだ。そうするよ・・・」

 私はマリオンと話している気がした。


 私は理恵の腰に腕をまわした。

「市役所に確認して、日曜に婚姻届を出そう」

「ほんとに?うれしいな!」

 理恵は身体を密着させて私に抱きついた。理恵のしなやかな身体が熱い。芳しい香りがする。

「俺もだ!」

 私は理恵を力いっぱい抱きしめて持ちあげ、その場でまわった。

「きゃっ、アハハッ、目がまわっちゃうよ。先生ったらっ。アハハっ」


「腹がすいたな」

「お昼すぎてるよ」

 時計は十四時を示している。昼食を食べていなかった。

「食べても、何もないはずだよ」

 理恵とオープンキッチンへ行き、テーブルの食料品からレーズンパンを取りだした。

「私もそう思う」

「よおし・・・」

 二人でレーズンパンを食べた。私たちを助けた者たちが食品に毒物を入れるはずがない。

『私が助けたのだ。毒なんか入ってないぞ』

 ありがとう、わかってるよ・・・。


「理恵となら、どうなってもいい」

「気持ちはわかるけど、そんな簡単にどうかなったら、私が困るよ」

 理恵は笑いながら私を抱きしめ、唇に唇を触れた。理恵からレーズンパンの味がする。

『そうだぞ』

「いい方が悪かった。理恵といつまでもいっしょに居たい、という意味だよ」

「私もだよ」

 理恵の放つ熱さと香りが増した。理恵は私の眼を見ながら、

「座ってね。ハムを切る・・・」

 私を椅子に座らせ、冷蔵庫からハムを取りだし、ナイフでスライスして皿にのせた。

「食べてて。コーヒーを入れる」

「忘れてた。俺が入れるよ」 

 立ちあがって理恵を椅子に座らせた。

 私はマリオンと話している気がした。

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