第25話*くだらない争奪戦

 ──ベリルは星空を仰ぎ、これまでの事を思い起こした。

 コルコル族の要望であるボナパスを倒す事に、私の力はさほど必要ではなかったように思われる。

 リュートの重い腰を上げる引鉄ひきがねとして、私が必要だったなら多少は頷けはする。何せ、奴はティリスを中心に回っているのだから。

 それだけに、行動は遅くなる──それらを考慮しても、やはり私が呼び出された理由としては弱い。

 要石についてならば、私の存在は不可欠であっただろう。けれど、それではコルコル族には知り得なかった情報を元に私が呼び寄せられた事になる。

「複数の思考がまとめて叶えられているのか」

 わらにもすがる思いで実行された魔術が、予想以上の結果をんだという事か。

 ボナパスを倒すために私の力は必要なかったかもしれないが、二人が傷つかずに済んだのなら──

「呼ばれた意義はあったか」

 リュートとティリスの若々しい感情のやり取りに、ベリルは目を細めると同時に楽しんでもいた。

 恋愛感情の欠如は生まれながらのものだ。しかし、その感情が理解出来ない訳ではない。

 人という存在を愛しく思えばこそ、ベリルは戦いでしか救えない命のために傭兵という道を選んだ。

 ──どれほど死力を尽くそうと、伸ばした手を掴めない事もある。私の力で救える命など、ごくわずかだ。

 それでも、救える命があるのなら力の限り手を伸ばし続けよう──

 ベリルもまた、リュートと同様に己の存在を良しとはしていない。さらにベリルは、自分自身さえも道具として認識していた。

 上手く使いこなせるように、それだけの訓練を積んできた。それは、これからも変わらない。

 人工生命体でありながら自由を手にし、死ぬ運命に進む道を選んだはずが不死を得た。

 天性の強運の導き、ベリルだからこそ辿り着いた結果──そう考える他はない。

 誰かの命を犠牲にしてまて求めてはいなかった自由だとしても、彼にはその運命が指し示された。

 そうした思考を巡らせていると、背後に気配を感じて現実に戻る。

「ベリル。眠れないのか?」

 セルナクスは躊躇いがちにベリルに近づいた。

「空が近い」

 それに「ああ……」と夜空を見上げる。ウェサシスカの住人にとってはいつもの空だが、地上にいる者にはとても近く感じるらしい。

 ──新月の夜は地上を暗くする。セルナクスは星空を眺めるベリルの横顔に、短いながらも滑らかな金糸の輝きと、それに負けないエメラルドの瞳に目を細める。

「元の世界にはいつ帰るんだ?」

「決めかねている」

 ボナパスを倒し、要石は安定した。

 けれど、リュートたちに話した疑念はまだ払われていない。人造物であると推測しているが、確証がある訳ではない。

 知らない世界なのだ、ああいう生物がいたとしてもおかしくはない。そう思いながらも、小さな棘のように何かがひっかかっている。

 彼らを還らせ、探索は私のみで続けた方が良いだろうか。あれが試作だとするなら、次はさらに強力になっている。

「セルナクス」

「なんだ?」

「生物を造り出す事に長けた者か、種族は存在するか」

 その問いかけにセルナクスは怪訝な表情を浮かべる。

「昔ならいたかもしれないが、今は禁止されている」

「そうか」

 すでに成功している過去があるという事ならば、それらの書物は残されており、ボナパスは短期間で作成された可能性がある。

 私がいる世界では、幻獣モンスターや魔法が空想である事は自明のだが、詳細に至るまで似通っている部分が多く見受けられるのは興味深い。

 セルナクスは思案に暮れるベリルをじっと見下ろし、

「もっと近くで星を見たくはないか」

「うん? ──!?」

 ベリルの返答も聞かず、セルナクスは出し抜けに横抱きに抱えて舞い上がる。ベリルはそれに驚きつつも、マノサクスよりもやや大きい翼を見やった。

 セルナクスはベリルの抱き心地の良さに顔をほころばせ、そびえる城のいただきよりもさらに上へと翼をはばたかせる。

「なあ、ベリル」

「なんだ」

「ここで暮らさないか?」

「面白い事を」

 当惑するベリルにセルナクスは苦笑いを返し、本気だったんだけどなと腕の中の温もりを噛みしめた。



 ──朝、ベリルたちはコルコル族の集落に戻るため、大陸のへり近くに集まる。下を覗くと、強い風が轟音を響かせていた。

 ベリルはふと、リュートに目をやる。

 弱み、なるほど。推測ではあるが、風の種類によっては操れない場合があるのかもしれない。

「オレが運ぶ!」

「俺だ!」

 聞こえてきた会話にベリルは目を丸くした。

 どちらがベリルを運ぶかで、マノサクスとセルナクスは言い争っている。重たい人間を運びたがる意味がわからないとベリルは眉を寄せた。

「人気者じゃないか」

「勘弁して欲しいものだ」

 困惑した様子のベリルにリュートは口の端を吊り上げ、これまで受けてきた数々の嫌がらせにまだ足りないとさらなるベリルの受難を願った。

「勝負だ!」

「受けて立つ!」

 剣でも抜くのかと思いきや、二人はじゃんけんを始めた。平和的な勝負だが、そこまで熱くなる理由がまるで解らない。

「よっしゃ! 勝った」

「くっ──セルナクスめ」

 握りしめた拳を振るわせて友を睨みつける。何がそんなに悔しいのかベリルには理解出来ない。

「付けないのか」

「そんなものは必要ない」

 セルナクスは、ベリルから差し出されたベルトを拒み胸を張る。

「人間の一人くらい余裕だ」

 確かに昨夜は苦もなく飛んでいたが、今回は地上に降りるのだから気流を考慮しなくてはならない。

 いや、有翼人に言う事ではないのかもしれんが。

「俺が手を離すことなんてあるものか」

「そうか」

 それ以上の言葉が思い浮かばず、ベルトを仕舞おうとしたベリルの前にリュートの手が伸びる。

 しばらく見合い、ベルトを渡すとそれをティリスに手渡した。

 胸中では、ティリスを運ぶリャシュカ族に嫉妬の炎を燃やしていたであろうリュートに生温い笑みを浮かべる。

 リュートを運ぶのはマノサクスだ。ベリルを運べないことに、いつまでも文句を言っている。

 ──そうして、昨夜と同じく横抱きに抱えられたベリルはセルナクスを無言で見上げた。視線に気付きながらも、抱き方を変更するつもりは微塵もないらしい。

「これが一番安定する」

「安定を考えるならベルトを──」

「さあて行くぞ!」

 問答無用で舞い上がった。

 この季節ウェサシスカはコルレアス大陸上空を横断するルートのため、行きよりも集落までの距離が近くなっている。

 三人を運ぶ者とその護衛がウェサシスカから離れていく──おぼつかない感覚に不安を抱きながらも、ベリルたちは足元に広がる世界を声もなく見つめた。

 朝陽に照らされた湖面は魔法の鏡のように輝き、草原の緑はこんな上空にも青々しい香りを届け、遠くに見える海までも神秘的に映った。

「……綺麗」

 そんな、美しい風景に溜め息を吐くティリスにリュートの顔もほころぶ。

「待て」

 何故、それほど接近する。

 ベリルは顔をしかめてセルナクスに視線を送った。

「落とすといけないだろ」

「そうか」

 これではむしろ不安定なのではという言葉を飲み込む。

 だめだ、私の意見を聞き入れる気配がまるでない。気のせいか、やたら顔が近い。いや、近いどころではない。

 明らかに抱きしめにかかっている。

「集落はまだか」

 私の見間違いでなければ、セルナクスはかなり遅れて飛んでいる。これは意図的にか。

「まだだ」

 お前ならコルコル族の位置は把握しているだろうと返され、この状況で評価されても嬉しくもない。

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