第24話*紐帯の志-ちゅうたいのこころざし-

 ──リュートは、装備していた武器をナイトテーブルに乗せていくベリルの様子を眺めていた。

 配慮してか、いつも身につけている黒い塊が見当たらない。

「あんたの世界では、あれを持っている者は多いのか」

「ん? ああ」

 ハンドガンやライフルの事かとベッドに腰を落とす。

「そうだな。手に入れるのは容易たやすい」

「もっと強力な武器も──あるのか」

 レイノムスの質問をはぐらかしていた事を思い起こした。

 魔法すら持ち合わせていない事から、強力な武器を所持していると推測したレイノムスには半ば感心している。

 ベリルはリュートを一瞥したあと、

「一度に数百万の命を奪う事が可能なものもある」

 それにリュートの目は大きく見開かれた。だから、俺の力に驚かなかったのか?

「無論、それらを使用する危険性は考慮され、所有している国は抑止力としての意味を強調している」

 感情を抜きにするなら、確かに抑止としての影響力は多大だ。世界情勢を鑑みれば、国益のための所有はやむを得ないと考える者は多い。

「それが悪という訳でもない」

 やはり、善悪は常に揺らいでいる。

「随分と複雑な世界のようだな」

「何かのために動くことは変わらない」

 国のため、王のため、愛する者のため、自己のため、誰かのため──それらにはあまりにもの幅があり、全体を捉えて行動する事は難しい。

「ならば、私は己の意思で動くしかない」

 救う者のために奪った命は、誰かの憎しみになるかもしれない。それでも、救いたいと思う命がある。

 自由を手にしたときから、私には多くの命を背負う現実があった。

 国家機密の元に人工生命体の研究が始まり、数え切れないほどの失敗のうえに私の命はある。造り出された私にその意思がなかったにせよ、それは否定しようのない事実だ。

 私を奪うために施設が襲撃を受け、全ての人間が殺された。しかし一人の兵士の助けで、私は捕らわれる事なく自身の意思で世界を歩く機会を得られた。

 多くの命のうえにある私が、それ以上の命を救いたいと思うのは当然の成り行きかもしれない。

 それは贖罪しょくざいではなく、簡単にあがなえるものでもない。

「最も大切だと思える者がお前には彼女であるように」

 誰かを救い、護る存在でありたいと案じている。

「私の力など僅かではあるがね」

 ひと通り話し終えたベリルは小さく笑みを浮かべる。それにリュートは目を細めた。

 誰かを救い、護る存在でありたい──それが、これまでのこいつの行動の全てなのだろうか。

 俺のように魔力がある訳でも、ティリスのように魔法が使える訳でもない。なのに不特定の誰かのために全身を血に染め、苦痛に呻いても決して止まろうとはしない。

 それでいて、時には闘いに飢えた目をちらつかせる。

 淡々とした物腰に惑わされ、攻撃的な面が隠されている事に気付く者はほとんどいないだろう。

 こいつはそれを隠しているつもりは無いのかもしれないが。

「少しくらいは信じてやる」

 俺の質問に一瞬だが躊躇いが見えた。それでも答えたのだから、俺の事は少なくともレイノムスよりは信用しているのだろう。

「そうか。ありがとう」

 リュートの口から出た言葉に目を丸くした。

 未だ両者の間にはいくばくかの溝はあるようだけれど、それなりの信頼関係は多少なりとも築けているらしい。

 ふいに、入り口のドアがノックされた。

「あの」

 扉が開かれ、おずおずとティリスが顔を出す。

「丁度良い。彼の相手を頼む」

 リュートは相手をされていたつもりはないとベリルの背中を睨みつけた。

「いってらっしゃい」

 ベリルを見送ったあと、ティリスはリュートの傍に歩み寄る。そこにいつもの快活さはなく、気遣うような瞳を向けていた。

「リュート。大丈夫だった?」

 それは、魔族化した事をんでの言葉だとリュートは直ぐに理解した。

 精神的にも肉体的にも、魔族である事が重くのしかかっている。されど、ベリルという人間によって己の意識がぐらつき始めている事をうっすらとではあるが感じていた。

 魔族というだけで虐げられてきた自分が、誰かを愛する事など許されるのだろうか。

 いや、違う。俺と共にいる事でティリスを自分の運命に巻き込んでしまう事を恐れている。

 ──リュートは半魔族であるが故に全てを割り切り、多くの事を諦めてきた。そうする事で生きてきた。

 しかしいま、ベリルの存在が何かを不安にさせ、何かの希望を灯している。どうにも掴めない感覚に戸惑いが生まれていた。

「ああ。大丈夫だ」

 口元を緩ませて優しく応えるリュートにティリスは安心し、隣に腰掛けるとそっと肩に頭を預けた。

 リュートは高鳴る鼓動が彼女にばれてはいないだろうかと気を張り詰める。けれど、平静を装えば装うほどに鼓動が速くなった。

 一時はどうなることかと肝を冷やしたが、頬に触れる空色の髪に目を閉じて肌に伝わる彼女のぬくみに安堵し、小さく溜め息を吐いた。

 ティリスが無事なら俺はどうなろうと構わない。それでも、この想いを伝える訳にはいかない。

 半魔族であること。さらに、今まで受けてきた数々の傷が、彼女に想いを打ち明ける事を頑なに拒んでいた。

 彼らの世界──地上界ウォルシードでは、青は慈愛の女神の象徴とされている。故に、空色の髪の乙女は女神の加護を受けた者と云われている。

 リュートにとってティリスは本当の女神だ。おてんばで、時には困った行動をとるじゃじゃ馬女神はいつもリュートを惹きつけて放さない。

 この命を投げ打ってでも護ると誓った。彼女の前では自分が魔族である事など、どうでもよかった。

 それなら素直に想いを告げればいいのに──という事は別の話でもある。

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