4.4 グスタフ教授の講義①
高く響いた鐘の音に、ほっと息を吐く。
開門の時間だ。明るくなった空間をトールが確かめるより早く、サシャはバジャルドの背中を見上げながら急ぎ足で、グスタフ教授が講義を行う大きめの教室がある建物の中へと入っていっていた。
玄関扉をくぐり、大きく開いた小さめの扉をくぐると、だだっ広いだけの空間が見えてくる。一週間に一度、一人と一冊が訪れるこの教室にあるのは、教授が使う教卓だけ。机も、椅子すらもない。講義を聴きに来た学生は、お金があれば抱えてきた藁束を尻に敷いて床に座るが、藁束を買うお金がない学生は冷たい床に直に座るしかない。持っていた藁束を床に敷いて座るバジャルドの隣で、古い毛織物を裂いて編んだ小さな敷物を鞄から出して床に敷くサシャを確かめ、トールは口の端を上げた。バジャルドは、
「セルジュ、藁束持ってた?」
不意に響いた、消えてしまうほど小さいサシャの声に、思考が止まる。確か、持っていなかった。答える代わりに、トールはゆっくりと辺りを見回した。グスタフ教授の授業は、毎回、だだっ広い教室に入れない学生が続出するほどの盛況。だからサシャも、日が昇る前に行列に並んでいる。教室に詰めかける学生達に押され、バジャルドの方に倒れかけたサシャの身体と、それを支えるバジャルドの確かな腕に、トールは首を横に振った。人が多すぎて、セルジュを探そうにも探せない。
そう言えば。人々の隙間で何とか身を落ち着け、鞄からメモ用の蝋板と鉄筆を取り出したサシャの左袖からのぞく火傷の跡を確かめながら、サシャの治療中にアラン師匠が言っていた
セルジュが帝都に居るということは。トールの背に、小さな震えが走る。これから何度も、サシャはセルジュと顔を合わせることになるのだろう。そのたびにサシャは、自分が犯してもいない罪の噂に怯えることになるのだろうか。自分が『本』であることが、やはり、悔しい。
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