常田 祐司
第29話 余計なことをするオジサンは余分なことに首を突っ込もうとする
意外とファミレスが少なく、数少ないファミレスを見つけても駐車場がいっぱいだった。金曜の夜だったので、飲食店はどこも混んでいる。諦めて蕎麦のチェーン店にした。
蕎麦屋の駐車場の隅に車を停め、みずきに車の中で着替える様に言った。一応子供とはいえ年頃の女の子なので、車内のハンドグリップに上着を掛け、外から見えない様にしてやり、俺は離れた場所で待った。
可愛いワンピースに着替え、恥ずかしそうに車から降りてきた。
せっかく可愛い服に着替えたのに、着いた先は作業服を着た仕事帰りの土方や、お爺さんお婆さんばかりの渋い店にみずきは驚いた顔をしていた。お洒落して、お洒落な食べ物を食べられると思ったのかもしれない。それにこのくらいの子供だとハンバーグだスパゲティーだ色々出てくるような店の方が喜ぶと思ってファミレスにしようとしたが、空腹には勝てず、ここにしてしまった。まあ、ファミレスにしたところで、お洒落して行くような場所でもないのだが。
無愛想な店員の、いらっしゃいませ、が微かに聞こえ、座敷にしようと奥へ行こうとすると、2枚様ならカウンター席でよろしいですか、これまた輪をかけて無愛想な声かけに、本当に申し訳ないところに連れてきてしまったと後悔し始めた。
すぐ側のカウンター席に座り、プラスチックでパウチされてはいるが、角が割れたりしてボロボロになっているメニューをみずきに見せた。彼女はそのメニューを暫く眺め、おじさんは?と聞いてきた。
メニューと言っても、選ぶのは暖かい蕎麦か冷たい蕎麦かと、乗ってる具が違うだけだ。味は美味いのに味気ない写真が載っているだけ。安いから文句ばかり言っていられない。
俺は、大根おろしと海苔が載っている冷たい蕎麦を選んだ。
「じゃあ、みずきも同じのでいい」
なんか遠慮しているようだったので、こっちにしなよ、と牛肉と大根おろしの蕎麦を指した。680円と、ここでは1番高いメニューだ。戸惑っていたが、小さく頷いた。冷たいのにする?そう訊くと、また小さく頷いた。
他の客たちは無言で食べている。店内には蕎麦を啜る音と、ガチャガチャと食器を洗う音だけが聞こえる。
カウンター席なので、厨房と呼んでいいのかわからないが、作るところが丸見えだ。湯だった鍋の縁にハンドタイプの
みずきは蕎麦を始めてみるかのように暫く眺めてから、箸で1本だけ掴み、スルッと音も立てずに食べた。んーんんんんんっ!口を掌で上品に押さえて、美味しい、少し背の高いスツールで地面につかない足をバタバタさせた。
ここは早くて美味い。だが、そんなに絶叫するほど美味いわけではないと思うが。値段の割に普通に美味いだけだ。いったい彼女は今まで、どんなものを食わされてきたのだろう。
みずきはツルツルとあっという間に食べ、汁まで全部飲んだ。
「まだ食べる?」
俺が訊くと、また小さく頷いた。
「すみません。おでん、ください」
カウンターの店員に言うと、店員は両手をシンクについたまま、顎で奥の方を示した。奥の座敷の方側のカウンターに、おでんの鍋がガスコンロの上に乗っていた。セルフサービスと言いたいのだろうが、その態度が気に入らなかったので、みずきに別の店にも行こう、と提案した。
「今度はデザートとか、食べようか」
蕎麦屋を出ると、地元でシフォンケーキが有名な喫茶店へ向かった。何故か深夜まで営業している店だ。1度行ったことがある店だが、昼は主婦たちが集まるような店なのだが、夜は薄暗く、雰囲気が暗い。店が全面窓ガラスになっていて昼は明るくオシャレに見えるのだろうが、椅子の背が高く、テーブルごと個室の様な造りで、外には街灯がないので物凄く暗い。照明も間接照明くらいの明るさしかないので、如何わしい雰囲気さえ漂う。
不倫の密会であったり、変な勧誘をしている人間が集まりそうな、人目を
ここでもみずきは足をバタつかせ、シフォンケーキの味に喜んだ。みずきは俺を見上げて、キラキラした笑顔を向けてきた。俺にはこのシフォンケーキなる優しい味の良さがわからないが、言っても年頃の女の子はこういう食べ物には目がないのだろう。このフワフワした食感が、「白はんぺん」に似た味気なさを感じ、空気を食ってるみたいだ、と井口のことを思い出した。
井口からは何件も着信が残っている。
お前、誘拐犯に間違われるぞ、と言われたもんだから、この状況で電話に出ることができなかった。呑みの誘いも最近頻繁で鬱陶しい。これで電話に出ないことで諦めてはくれないか、と思っていた。
みずきがシフォンケーキを平らげ、イチゴミルクシェイクも飲み切ったタイミングで住所を訊いた。
「今から家まで送るからさ、住んでるところは何処?」
さっきまでの笑顔が消えて、黙って俯いてしまった。きっと遅くまでうろついて、義父にまた叱られるのだろうと考えたのではないか。余計なことをするオッサンは、なんとか言い訳を考えた。
「迷子になってたってことにしようか。もしアレだったら、おじさんが一緒に家まで行ってあげるよ」
少し顔を上げたが、また俯いて、黙って首を振る。
「なんだったら、おじさんが、その新しいお父さんに言ってあげるよ。あのー、そういうことは良くないって」
自分で言ってて、そんなことできるのか、と自分に問いかける。赤の他人が余分なことを言ったらどうなるか、そもそもお前は誰だ、なぜ他人の子供の服を買っているんだ、何を言われるかわからない。それこそ、誘拐犯に間違われる。それに、その義父とやらが、金髪のピアスだらけで全身タトゥーの怖い奴だったら、どうするんだ。まったくもって自分の無計画さに呆れるしかない。
「おじさん、遠くに連れてってくれるって、言ったじゃん」
これが自分のタイプの女性だったら最高な台詞なのかもしれないが、こんな子供に言われて、こうなったのも自業自得なのだから仕方ないのだが、虐待の事実を知ってしまった時の正義感やら同情心やらは、とうに消え失せており、途方に暮れるしかない。
やはり他人の災い事には首を突っ込まない方が良かったのだ。責任逃れではないが、仕事でも家庭でも都合の悪いことは見て見ないフリをしてきたのだ。今更、こんな俺に何ができるのだ。服を買って、飯を食わせただけで勘弁してくれ。
俺はこの子を連れ出して、いったいどうしたかったのか。窓の外に目を向けると、己の先行きのように真っ暗で何も見えなかった。
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