第17話 ピクニック(1)

 その1週間後、本当にピクニックに出かけることになった。あの日のみずきの熱はすぐに下がり、次の日にはケロッとしていた。そんなことが良くある。かかりつけの小児科で看護士さんに、子供は寂しいだけでも熱出すんですよ、と言われたことがあった。そんなことを思い出してピクニックもいいのかもしれないと思った。

 冷静になって『ピクニック』と考えると、ピクニックって結局なにをするんだ、と余計な疑問が湧いてきた。ピクニックというと、なんとなく芝生の上でシートを敷いて弁当を食べる、といったイメージ、それしか思い浮かばない。

 まだみずきが小さいので山登りも難しいし、市内の動物園に行くことにした。山の麓にある動物園は有料のリフトで山に上がると芝生の広場があるので、そこでピクニック気分を味わうため、手作りの弁当を作って持っていった。事前調査で利喜人くんは、辛い物が苦手で、完全な甘党だという。卵焼きは甘い卵焼きが好きだという。私も甘い卵焼きが好きで、私の作る卵焼きは出汁と砂糖のみだ。甘納豆や大学芋など甘いものを多めに弁当箱に詰めた。

 動物園内を回り、11時と少しお昼ご飯には早い時間だったが、芝生の広場で食べることにした。お世辞もあるだろうが、どれも口に入れる度に、美味しい、と言ってくれた。そんなこと前の夫は1度も言わなかった。

 あっという間に全部平らげた。いつもは少食なみずきも、今日はたくさん食べていた。みずきは自分の小さなリュックサックからフリスビーを出して、利喜人くんの手を引き、広い場所まで連れていった。

 利喜人くんもノリ良く遊んでくれている。どうやら子供が好きなようだ。風が強くてフリスビーが良く飛ぶ。みずきがそれを見て、異様にいる。みずきのサンダルが脱げた。みずきのお気に入りのピンクのサンダル。みずきがそのまま走っていったので、利喜人くんが取りに行き履かせてくれていた。もうあのサンダルもサイズがピッタリ過ぎて、今年1年履いたら買い替えかな、と眺めていた。

 2人は、こちらに向かって何か叫んでいるが風の音で聞こえない。利喜人くんが手招きをしているので、どうやらこっちに来いと言っているのだろうが、私は笑顔のまま首を振った。一緒にやりたくないのではなく、このままもう少しみずきを見ていたいのだ。みずきは産まれて初めて家族でのお出かけを感じているのだろう。利喜人くんは私たち家族とは全く関係が無いが、みずきは父親と遊んでいるような感覚なのではないか。周りを見渡せば家族だらけだった。だいたいの家族が、父親と子供が遊んでいる姿を、母親はシートの上で座って眺めている。日頃家事で疲れた体を横にして眺めている人もいた。

 あの人達どんな関係なの、随分若い旦那さんね、と思われないだろうか、と心配していたが、他のお母さん達は自分の家族しか見ていない。そんな心配は私の杞憂に過ぎない。他のお母さん達を見ているだけでも、私は幸せを分けてもらっているような気がした。こんなゆったりとした時間は、今までの私にはなかった。結婚している間は姑の目が気になりピリピリとした空気の中生きてきて、離婚した後はいろんな仕事の掛け持ちで、朝から晩まで働いて、みずきとゆっくりできるはずの休日は1日中横になってばかりいた。どこかへ遊びに連れてやったことなんかない。こんなに笑ってみずきを見たのは初めてかもしれない。まったく、私は何をやっていたんだろう、と少し凹む。


「みずきちゃん、凄かったよ。さっき5メートルくらい飛んでったよ」


 息を切らせて2人が戻ってきた。私は2つの紙コップに冷たいお茶を注ぎ、2人に渡した。みずきは興奮して、今遊んでいたことを一生懸命に話して、フリスビーを抱き抱え横になって足をバタバタさせている。私は軽くみずきのオデコを小突いた。


「瀬川さん?」


 私たち3人の幸せを邪魔するように、後ろから声をかけられた。聞きたくない名前、前の夫の苗字。違う名前で呼ばれているので、利喜人くんは不思議そうな顔で私と声をかけてきた女性を見比べている。

 声をかけてきたのは、前の夫の家の近所の主婦だ。歳は私と同じくらい、前の夫の幼馴染みで姑とも仲がいい。私はこの女が苦手だった。


 

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