休み時間
閑話・恵の愚痴
※「この、バカ莉子――!」の真相です。
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私、中西恵の親友、仁神谷莉子は、びっくりするぐらい猪突猛進だ。
いや、猪突猛進というよりは自分本位と言った方がいいだろうか。悪気はないんだろうけど、前も話したように相手の意図は一切気に止めず、自分のやりたいようにやってしまう。
高校を退学した時もそうだった。一人で考えて一人で決断して一人で突っ走ってしまう。
勿論、「どうしよう」と相談されても、高校生の身である私が助けてあげられることなんて、そんなにはなかったかもしれない。
だけど、何も言ってくれないのはやはり淋しかった。
辛かったり困ったりしたとき、一緒に考えたり悩んだりしたい。全部一人で解決してから報告されても、
「こうした方がよかったんじゃ」
と言いたくても言えないし。だって、莉子の決断を間違いだと宣告しているみたいでさ。
あの、全部自己完結してから私に報告するクセ、どうにかならないものかな。
そんなことを思っていたけど、新川センセーと接するようになってから、莉子はちょっと変わった。
どうやら自分の想像を超える事態が次々と起こるらしく、じっくり考える余裕があまりないらしい。
とりあえずアウトプットしないと先に進めないから、とちょいちょい連絡してくるようになった。
表情もくるくる変わるようになって、何だか可愛くなった。
思いつめた顔をしてじっと息を潜めて生活していた頃とは、比べ物にならない。
その点だけは、新川センセーに感謝
ちょっと悔しいけどさ。
* * *
「……マジか……」
私の高校の文化祭に来た莉子と玲香さんを迎えに行ったとき、思わず漏れた言葉。
ちょっとちょっと、どれだけ完璧に仕上げてんの。あんたの任務は、「潜入」じゃなかったっけ?
仁神谷莉子と別人になればいいだけなのに、何でそんな超絶美少女に変身してるのよ?
理由は簡単だ。莉子は、小林梨花に負けたく無かったんだ。
まぁ確かに、私も最初は
「新川センセーってJK好きなの?」
と疑ってしまったけど、ちゃんと話を聞いてみれば小林さんのことなんて眼中にないことはすぐにわかる。
だけど莉子は
「私に何も言ってくれない」
とむくれていた。小林さんと何やらコソコソしている感じが、どうにも気に入らなかったのだろう。
莉子、それって『嫉妬』だよ。
ああ、この一言が言えたらどんなに楽だろう。だけど残念ながら、莉子は恋愛方面に関して奥手も奥手、鈍感も鈍感で、こんなことを当事者でもない私が言おうものなら意地になって否定するに決まっている。
それって、新川センセーが何やら一生懸命にコマを進めているところに水を差すようで、申し訳ない。
別に、莉子と新川センセーが早くくっつけばいいのに、とまでは思ってないよ。
だけど、さすがの私も新川センセーに恨まれるのは怖いよ……。
私の心配は的中して、後から
「あの人たち、誰?」
と色んな子に聞かれた。
だってさあ、莉子ってば異様に目立ってたんだもん。ちょっとこの辺にはいなさそうなお嬢様風美少女。
美容院にまで連れて行き全身プロデュースしたらしい玲香さんは、かなり満足そうだったけどね。
まぁ、そんな玲香さん自身がかなり目立つ風貌だからさあ……しかもこれまた本人の自覚が足りないっていう。
だから無理もないんだけど、やっぱり私たち高校生の関心はというと、年上の綺麗なお姉さんより同世代の美少女なのだ。
そしてそれは――小林梨花も例外ではなかった。
* * *
莉子に
『格技場の裏。私はすぐに戻らないといけないからごめん』
とメールを送り、いったん持ち場に戻る。
とりあえず用事を済ませたあと、少しだけ時間ができた。私は慌てて再び格技場に向かった。
まだそんなに時間は経ってないし、その小林さんと予備校生の男の子の話とやらが聞けるんじゃないかと思ったからだ。
だけど予想に反して、二人の話はあっという間に終わったようだ。格技場から肩を落として歩いてくる小林さんと遭遇してしまった。
ヤバい、こんなところで鉢合わせする予定じゃなかったのに!
終わったなら終わったって連絡してよ、莉子! しかも、あんたはどこに行ったのよ?
「あ、中西さん……」
「どうしたの、こんなところで?」
それを言ったらあなたもでしょ、と言われそうだけど、沈黙が怖くて先に聞いてしまう。
辺りをキョロキョロと見回したけれど、新川センセーの姿も莉子の姿も玲香さんの姿も見えない。
「ごめんなさい、サボっちゃって……」
「あ、そういう意味じゃないんだけど。とにかく教室に戻ろっか」
私と小林さんはそんなに仲良くはない。だけど最近、小林さんはつるんでいた女子達とも少し離れていて、独りでいることが多かった。
その理由は、「つるんでいた女子の好きな男の子が小林さんに好きだと告白したために気まずくなった」というもので、私からするとかなりくだらない理由だった。小林さんは悪くないし、除け者にする方がおかしい。
だからここで「じゃあね」と言って置いていくのは(同じ教室に戻るのに)何か冷たすぎる気がするし、その子たちに便乗しているような気がして嫌だったのだ。
そのときだった。格技場の傍の通用門の前を、白い車が通り過ぎていった。
「――あっ……」
思わず声が漏れて、慌てて口を押える。
間違いなく、新川センセーの車だった。奥の助手席には――莉子が座っている。
ギクッとして思わず立ち止まる。ハッとして小林さんの方を見ると、彼女もバッチリその方向を見ていた。
うわ、ヤバい。新川センセーの顔は勿論はっきり見えただろう。その奥の助手席にいる莉子も見えちゃったかなあ……?
「今の……中西さんが連れてきた女の子じゃなかった?」
うわ、やっぱり見えてたか!
バカ莉子、バカ新川、こんなところで何やってんのよ、本当に!
「えっ!? 違うよ!?」
私は全力で否定した。
東京から来た従妹が新川先生の車に乗っているとか、設定が破綻する。
玲香さんは見当たらないし……。ああ、こんなことなら玲香さんの連絡先も聞いておくんだった。
「あの子なら、もうお姉さんと一緒に帰ったはずだし」
「そうなの? でも……」
小林さんはもう見えなくなったはずの車の行方を追うように、道路の先に視線を走らせた。
「それにこっちには知り合いなんていないはずだし」
「ふうん……」
畳みかけるように言うと、納得はいっていないみたいだけど一応は頷いてくれた。
私はホッとして
「ほら、早く戻ろう。もうすぐ体育館のライブが終わるから、お客が来るかもしれないしね!」
とできるだけ明るい声で言った。
小林さんは小さく「うん」とだけ言うと、ちょっとだけ笑った。
そのあと教室に戻るまで、小林さんは黙りこくったままだった。
* * *
まーったく、私にこんな後処理をさせるとか!
何をやってんだ、本当に……あのバカップルは!
いやー、莉子もなあ、徐々に飼い慣らされてるからなあ……。新川センセーに逆らえなくなってきているのかもしれない。
あ、こういう言い方をすると、莉子にも新川センセーにも失礼だね。
莉子は別に、洗脳されている訳じゃない。
ただ、普通に……女の子なら誰もが通るであろう道を、遅ればせながら歩き始めただけなのだ。
ま、ちょっとだけ羨ましいな。
彼氏がいたことはあるよ? 1年ぐらい前だけどね。
だけど私は、その人とちゃんと恋愛していたかなあ?
だから、今度誰かと付き合うときは、その人のことをちゃんと思って、その人のために行動を起こせるようになりたいな、とは思う。
バカップルは胸やけがするけど、やっぱり突き抜けてるといっそ清々しいというか、カッコいいからさ!
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