第12話 何かスッキリしない
「怒らないで聞いてくれる?」
「何?」
「実は、小型カメラを買ったんだよね、2つほど」
「はぁ!?」
新川透の話は、とんでもないところから始まった。
前の盗撮事件で小型カメラを調べたとき、どれほどのものか気になったらしく「置き時計型」と「眼鏡型」を買ったらしい。
木曜日の夜に問題漏洩を知ったあと、金曜日に「置き時計型」を7階の廊下にある棚にさり気なく設置しておいたのだそうだ。
「と、盗撮じゃん……!」
「女子トイレの出入りを調べただけだからね」
そうは言うけど、でも盗撮は盗撮でしょう……。
まぁ、とにかく。金曜日の女子トイレの出入りを調べた新川透は、その中で一人の女子高生が何回も何回も7階女子トイレに現れるのを見つけた。キョロキョロしながら、後ろめたいことがあるように。
――それが、小林梨花。
授業は持っていないので、彼女のことは知らなかったらしい。だけど光野予備校に通う生徒ではあったので、制服と名簿からどうにか彼女の名前に行きついた。それが、約1週間後のこと。
そして、裏を取るために恵に電話。どうやら彼女を調べていた間に高校では恵と同じクラスということまでわかったらしく、事前にどういう性格の子で学校ではどういう感じなのかどうしても知りたかったそうだ。不正行為となるとかなりヤバい話で、どうアプローチするべきか困っていたらしい。
新川透としては「誰にも言わないでくれ、莉子
「じゃあ、急に休みにしたのは、やっぱり……」
「小林が月曜日の夜に授業に来てたからね。話をするためだよ」
そうして初めて小林梨花と話をする。記述模試のコピーを見せると、小林梨花が涙をポロポロ零しながら
「私、脅されてるんです!」
と訴えてきたのだそうだ。
あの、赤メッシュの海野くんに脅されている、と。
何でも、つい魔が差して文房具屋で小さい消しゴムを万引きしようとしたところを海野くんに止められた、というのだ。
「まぁ、本人は初めてだと言っていたけど……」
「未遂で良かったよね。海野くんに感謝こそすれ、脅されてるってどういうこと?」
「そこがちょっと難しいところでね」
小林梨花はそのまま海野くんに外に連れ出され、何やってるんだと叱られ、よく分からないうちに連絡先を交換。
海野くんから「いつ会える?」「ちゃんと話したい」というような連絡が来ることに。
彼は小林梨花が好きだった。だけど、話しかけようと思ったタイミングで万引きを目撃したもんだから、慌てて止めた。そしてこの機会に仲良くなろうとしたけれど、小林梨花は『粘着された』と感じたようだ。
そのうち記述模試の話題になり、
「記述模試の問題を渡して見逃してもらおうと思った」
ということだけど……。
「まぁ、海野を不正行為にハメれば自分の後ろめたさもなくなる、といったところか」
「え、何それ」
「自分の立場が不利なとき、自分が上がるより相手を下げる方が楽だからな」
「え……」
「ただ、本人は無意識だと思うが。感覚で動くタイプだから」
ああ、そう言えば玲香さんが似たようなことを言っていたような……。
理屈が通じない相手って、怖いね。
それにしても、じゃあどうして女子トイレにコピーを置いていったんだろう?
「解答があればより効果的だと思った、と本人は言っていたが」
「えー?」
「誰か見つけてくれ、助けてくれ、みたいな思いもあったかもしれないな」
そんなことで『トイレのミネルヴァ』を頼られても困ります……。
ちなみに、予備校生しか知らないはずの『トイレのミネルヴァ』を小林梨花が知っていたのは、ハトコの古手川さんから聞いたらしい。
ドキッとしたけど、聞いたのはどうやらあの盗撮事件よりずっと前のことで、古手川さんが絡んでることなども全く知らないようだ。海野くんの件があって「そういえば」と急に思い出したらしい。だからこそ、正体不明の『ミネルヴァ』に縋りたかったのかもしれない、と。
いやだから、そういう類のお助け女神じゃないからさあ……。
ああ、やっぱりもう止めないといけない時期に来ているのかもしれないな。淋しいけど。
えーと、話を戻そう。
小林梨花の話を聞いたあと、新川透は海野くんとも話をしたらしい。
小林梨花は土曜日に海野くんと会い、「これでもう見逃して!」と記述模試の問題を押し付けて立ち去ったそうだ。何のことやらわからず受け取ったけど、ちらりと見ていたソレが翌日に行われた記述模試の問題だったことに気づいて、慌てて小林梨花に電話をしたという。私が目撃したのはソレだったんだね。
海野くんは、どうにかして小林梨花の誤解を解きたかった。だけど拒絶されてどうにもならなかったところに、新川透に話しかけられた。
小林梨花の話と海野くんの話はあまりにも印象が違うけど、どうやらこれは小林梨花の思い込みらしいと感じた新川透は、とにかく海野くんと話をするように勧めていた訳だ。念のためかけていたもう一つのカメラ、黒縁眼鏡は何らかの証拠を残すためだったらしいけど。まぁ、変装も兼ねてたらしいけど。
それが、あんなことに……。
脳裏に、小林梨花が新川透に抱きついたときの光景が蘇る。
話を聞いて……一層ムカついたというか、何かがメラメラッと沸き上がった。
* * *
「それで……どうして自分一人で動いたの?」
一通り話を聞き終えて、どうにか一連の流れは分かった。
飲み終えた空のコーヒーカップを手で弄びながら、私は思い切って聞いてみた。
「何で莉子に何も言わなかったかって?」
「それもあるけど、それこそ予備校の他の先生とか……」
新川透は、自分に自信があり過ぎるように思う。
それこそ最初から、小林梨花の保護者に話を通すとかすればよかったのに。
そうすれば、小林梨花があそこまで新川透に依存することもなかったんじゃない?
新川透はコーヒーを飲み干すとテーブルにカップを置き、「うーん」と唸りながら腕組みをした。椅子の背もたれに寄りかかる。
「莉子に言わなかったのは……小林に関わらせたくなかったから」
「何で?」
「厄介だな、というのは感じてたから。それは、古手川以上に」
「ふうん……」
それなのに二人きりで会ってたのか。そうか。
やっぱりこの人、女子高生の心理はよく分かっていない気がするな。
先生から見たらただの生徒でも、生徒は先生に恋をするんだよ。
「……じゃあ、予備校の他の先生とか、二人の保護者とかは?」
「他の先生に言うとなると、『ミネルヴァ』も説明しないといけない」
「え、知らないの?」
「多分ね。そりゃそうだろ、堂々と『ミネルヴァに答えを聞きましたー』なんていう生徒はいないだろうし」
そう言われれば……。
えっ、じゃあ結局のところ、私のせいだっていうの!? それはおかしくない!?
「保護者に言うにしても、現実として万引きも未遂、漏洩も未遂、とどのつまりは単なる恋愛関係のもつれ。何をどう言うんだ?」
「うーん、確かに……」
小林梨花が勝手に粘着されてる、と思っただけで、海野くんは後を付け回したりといったストーカー行為はしていない訳だし。
「でも……でもさ!」
「ところで莉子は、どうしてそんなに膨れてるの?」
「えっ!」
私は慌てて自分の両手で頬を押さえた。私、膨れてる?
「莉子が知りたかったことにはだいたい答えたと思うけど、まだ機嫌が悪い」
「だって……」
自分でも何故ムカムカしているのか、よくわからないのだ。
小林梨花が新川透に抱きついたから?
いや、それは確かに驚いたけど、それ自体がどうという訳じゃない。だって、予備校生が「新川先生~」とか言って纏わりついてるのは見たことあるし。
ただ、何か……新川透は、小林梨花に対して
そんな気がするんだ。
「ひょっとして、小林が俺に抱きついたから?」
「違う!」
「それってヤキモチって言うんだよ?」
「だからそんな話じゃないって!」
私はバンと勢いよくテーブルに両腕を付くと、ガガッと普段より激しい音をさせて立ち上がった。
ムカムカしながらコーヒーカップを流しに持っていく。
そうじゃないのに……ああ、上手く説明できないのがもどかしい!
ヤキモチなんかじゃない。ただ、不安というか……いや違う、焦りを感じたというか……いや、これも違う気がする。
あー、もう!
「――莉子」
「はぎゃっ!」
私の後についてきた新川透は、同じように流しにカップを置くと、後ろからぎゅうぅと抱きついてきた。
ひいぃ、何するんだ! 危うくカップを割るところだった!
「なっ……」
「俺が自分から手を伸ばすのは、莉子しかいないよ」
「……っ……」
「莉子しか無理だから」
「む、無理って……」
「反応しないというか……」
「な、何が?」
「ソレ聞いちゃう?」
「聞かない!」
何か変なオーラを察知した!
久々登場のプチ莉子ズが総立ちで「全員、退避~~!」と叫んでいる。
そうだよね、ここは流すとこだよねー。
ただ、後からハグって、がんじがらめにされてるし、蹴ることもできないし、どうにもできない。
どうしたらいいの? 頭が沸騰しそうなんですけど!
ひぃ、た、助けてぇ――!!
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