第9話 大魔王、降臨(涙)

 道端で拉致され、助手席に押し込まれ、仁神谷莉子(17)は現在輸送中です。輸送先はわかりませんが……どう考えても緑地公園のような気が。

 それにしても、どこからバレたのか。新川弟の方はどうなってるのか。

 その辺が全然わかんないから、迂闊に口を開けないなあ……。


 そして新川透はというと、実に楽しそうな顔をしています。

 なぜだ? 前の、盗撮魔を捕まえた時は完全に怒ってたよ。今回は嘘をついた訳だから、もっと怒られても仕方がないと思ってた。

 楽しい……いや、「あはは、うふふ」みたいな無邪気な「楽しい」じゃなくて、「ひゃっはー!!」みたいなちょっと狂気さえ感じる「楽しい」です。

 ……という事は、待てよ? 非常にマズいのかな?


 やがて予想通り、車は緑地公園の駐車場に着いた。しかも、樹が生い茂った隅っこの、かなり目立たないところに。

 何でしょう、これから自分が埋まる穴を掘るように命じられるんでしょうか、というぐらい陰気な感じです。


「……さーて」

「ふへ、へ……」


 とりあえず愛想笑いをする。釣られて新川透もにこっと笑った……かのように見えたが、次の瞬間には悪魔のような笑顔に変わった。

 意地悪そう、じゃないです。その上位互換です。

 とにかく怖いです!!


「う……嘘ついてごめんなさい!」


 前も、謝るのが遅くてだいぶんこじれてしまった。

 今回は絶対に私が悪いんだから、まずしっかり謝らないと!


「あー、うん。それは、上から5番目ぐらいだね。もう、流れというか、おまけというか」

「へ?」


 5番目……えーと?

 この前に4つあるのか。どうしよう。当てないとマズいのかなあ。

 そんなことを悩んでいると、「まずね」と新川透が指を1本……2本、開いて見せた。


「『タケの彼女役』を『自ら買って出た』、これで2つね」

「え?」


 あ、お怒りポイント、1つ目と2つ目ってことね。

 よかった、当てなくてもよかったらしい。……って、そんなことで安心してる場合じゃなくて。

 んーと、「彼女のフリ」自体がもう「お怒りポイント」ってこと? じゃあ、だいぶん前に詰んでるじゃん!


「な……何で?」

「古手川に、莉子がタケの彼女だと認識される訳だよね。させるために会うんだもんね」

「う……うん」

「それが駄目」

「はい?」


 だって一時しのぎじゃんか……。何がいけないの?

 全然わからない、という顔をしたのがわかったのか、新川透はまるで数学の問題を教えてくれる時のように、ゆっくりと口を開いた。


「つまりね。表に出た莉子の最初の彼氏が、タケということになるよね」

「まぁ、逆に言えば……」


 俺の彼女だと言って紹介する訳だから、そういうことになるか。

 でも嘘だから、と言おうとすると

「あのね!」

とすごい勢いで両肩を掴まれた。先ほどまでの余裕そうな雰囲気はどこへやら、真剣、というよりは必死、という表情にがらりと変わった。


「莉子の恋人の、、全部俺だから!」


 ……はい?

 意味がちょっとよくわからないぞ。

 何でこの人はいつも謎かけみたいな文句を言ってくるのかなあ。もう少しわかりやすく叱ってください。


「えーと……?」

「もう、こっちはいつになったら表に出せるか色々考えてるってのに……何を勝手に訳わかんない理由で表に出ようとしてるの?」


 私の疑問はそっちのけで、言いたいことを早口で捲し立てる。よほど腹に据えかねているようだ。

 仕方ない、教えてくれる気はないみたいだし、自分で噛み砕いてみよう。


 えーと、表に出る……は、この格好の私が他の誰かに知られる、ということだよね。

 そう言えば、最初もそれで何か言われたような……。

 あとは……つまり、嘘とはいえ一番乗りが自分じゃないと嫌、ということ? 現在交渉中なのにって?

 ん? この解釈で合ってるのかな?

 何か抜けてるような……でも、うーん?


 悩む私をヨソに、新川透は「次、3つ目ね」と淡々と言った。もう1つ目と2つ目についてはこれ以上口にもしたくないらしい。


「タケのために着飾った、というのが信じられないぐらいムカつく」

「えっ?」


 さっきの話でいくと、新川弟の彼女のフリをする、という作戦の詳細まで全部知ってるってことだよね。そりゃそうか、何にも聞かずに緑地公園まで来たんだもんね。

 いや、新川弟のため、といえばそうだけどさあ。作戦成功の鍵だしさあ。


「……だって」

「だってじゃない」

「だって、古手川さんに諦めてもらわないといけないんだもん! そのために……」

「そういう話じゃない!」

「どういう話よ!?」


 怒鳴られるから怒鳴り返していると、一瞬間が空き――新川透がひゅっと息を吸い込んだ。


「今まで、一度でも俺に見せるためにやったこと、ある!?」

「……へっ!?」


 ん!? 何か、全然別角度のクレームが来たぞ! 変装の理由!? お怒りポイント、そこ!?

 とは言え、ちゃんと考えてみるか。何か見落としがあるかもしれない。


 1回目は……ストーカーを捕まえるためだから、結局のところ、新川透のためだよね。

 2回目だって盗撮魔を捕まえるためだから、拡大解釈すれば新川透のため、ってことにならない?

 んー、ならないか。でも、誰のためでもない、自分のためだからそこで文句を言われても……。

 えーと、ちょっと待って、リプレイ、リプレイ……。


 ――俺に『見せる』ために。


「はぁっ! そこか――!!」

「わかったの? 本当に?」


 うわ、ものすごい胡散臭そうな顔で見られてますよ。

 でも、今回はバッチリです。 

 多分……あれかな、パンツ事件に近いのかな……。あのときも「俺には」とかやたら言ってた。

 うん、そうなのかな。そう思うとわかりやすいかも。


「……ごめんなさい。最初に見せたら、怒らなかった?」


 これで正解だよね?という目で見上げると、新川透は「ふんっ」と不満げに鼻を鳴らした。


「見せたら、じゃなくて、俺に見せるために頑張ったら」

「……今度、頑張る」

「本当に?」

「うん」


 コクコクと、とりあえず頷く。

 実際のところあんまり違いはわからないけど、多分、新川透のために頑張って着飾って「どう?」とか言って見せればいい、ということだよね?

 それで合ってる……はず。うん。


「はい、じゃあ4つ目ね」

「まだあるんだ……」

「状況によっては、これが最も罪だけどね」


 えーっ!! 全然予想がつかないんだけど!

 何だろう……。多分、変装がらみは終わったよね。全部回収したはず。

 後は……。


 ――透兄に殺される。死の刻印だ。


 ふと、何だか絶望したような新川弟の顔が思い浮かんだ。

 思えば、助けてあげるって言ってるのに変だったよね、あの態度。

 でも、新川弟はこれが兄を怒らせる要因になるってわかってたから、あんな台詞を吐いたのか。


「わかった、携帯電話の番号だ!」

「はい、正解」

「やったぁ!」

「やったじゃないんだけどねぇ、莉ぃ子ぉ~~」

「痛、痛い、いたたたた……」


 拳骨でこめかみをグリグリされる。うう……痛い、痛い、骨が軋む……。


「念のため先に聞いてたから良かったけどね。もし俺が知らなくてタケが先だったら……」

「……ひいぃぃ! い、言わなくていいです、そのIFは――!!」

「……本当は、聞く前に教えたってことで、罪はかなり重いんだけどね」

「ううう……」


 何だろう、この罪人扱い……。ここまで言われる?

 私はあなたの弟を助けようと、ただその一心だったんですけど?


「と、いうわけで、莉子は後でゆっくりお仕置きね」

「へ?」


 急にガチャン!という音が聞こえ、左腕に冷たい感触が伝わる。

 驚いて見下ろすと……銀色の、手錠だった。

 えっ! マジ罪人、ということですか!?


「……なっ……ぎゃ――!!」


 バタンという音と共に、視界がぐるりと回る。

 助手席のシートが倒されたんだ、と気づいた時には、左耳にガチャン!という音が響いていた。

 はら……?


 倒れたシートに寝っ転がった状態。左手が何かに引っ張られている。その先を目で追うと……手錠のもう一方が後部座席の左側のドアの上、手すりみたいなところにガッチリとつけられている。


 はっ、な、がっ……。

 つ、繋がれた――!! マジで拘束された――!!

 ショック! だけど、有り得る、とか思ってしまう自分が怖い!!

 新川透に慣らされてる!!


「さーて……そろそろ時間かな」

「えっ、ちょ……」


 慌てる私をよそに、新川透が冷静に自分の腕時計で時間を確認していた。覗き込むと、6時55分を指している。

 でもって、なぜかちょっと楽しそう……いやその、「ひゃっはー!!」の方の楽しそう、ですけど。


 私は自分の左側に視線を戻すと、ガシャンガシャンと手錠を引っ張ってみた。だけど駄目だ。あんまり暴れると、手すりを傷つけそう。「疵をつけた代償は……」とか言われたら、たまったもんじゃない。修理代とか、絶対に払えないもん……。


 諦めてしょんぼりと項垂れていると、新川透はいつの間にか私の鞄からタブレットとヘッドセットを出していた。いそいそと耳につけられる。


「……何?」

「ライブ中継してあげる」

「へ?」


 えーと、待てよ?

 私はここで拘束されている。だから、二人の前には姿を現せない。

 ってことは、ま、まさか……。


「新川センセーが、行くの!?」

「そうだよ」

「だって、古手川さん……!」

「あの子は駄目、もう悪さし過ぎてるから」

「えー!?」


 いやそうじゃなくて、生徒である古手川さんに何を言うつもりなのかっていう……。

 えっ!? 悪さって何!?


 新川透がスマホの画面を操作する。私の……ではないか、私が借りているタブレットに着信がつく。


「“もしもーし”」

「も、もしもし……」


 何の遊びでしょうか、これは……。

 どっちにしても、私はこのまま流されるしかないんだけど……。


「“じゃ、行ってくるから。いい子で待っててね”」


 新川透はスマホを胸ポケットに入れていたけど、感度良好なのか目の前の肉声とヘッドセットの両方聞こえる。

 つまり、あれか。三人のやりとりを聞かせるよ、と。

 この状態だといい子でしか待てないと思います……。どうすれば悪い子になれますか?

 ああ、何言ってんだ、私……。


 新川透が運転席から降りて、ガシャッと車をロックをする。

 後部座席はスモークがかかってるから、手錠は見えないだろうなあ……。女の子が寝てるね、という感じ。

 でも、ここは駐車場の隅っこのやけに樹が鬱蒼と茂っている場所で。しかも外から見えないように頭からツッコんで停めたから……わざわざ前に回らなければ私の姿は見えないだろう。とりあえず、晒し者にはならなくて済みそうだ。


 あれっ!? ちょっと待てよ?


「新川センセー! ちょっと! 何を言うつもりなの!?」

“……”

「こらー!! 新川透! 聞こえないの!?」

“……”


 あ、そっか、ポケットに入れてた。私の声は、届かないのか……。

 ああ……ここから何が始まるんだろう。


 とりあえず、古手川さんにとっても新川弟にとっても……そしてその場にいないはずの私にとっても、結構な地獄絵図なんだろうな、ということだけは知っています……。

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