後輩現る

 とある学園のとある放課後。

 部室棟3階のとある部屋────『生徒会嗜好部』と書かれたドアを、一人の少年が開いた。


「おっす…………って希愛ののだけか?」

「センパ~イ。遅いっスよ~」


 六畳間の簡素な和室の真ん中では、ちゃぶ台を端に退かして寝転ぶ人影が一つ。

 春先暖かくなったにも関わらず、赤いマフラーを付けた後輩────甘夏希愛あまなつ ののだ。

 寝返りをうつ度にポニーテールとマフラーが揺れている。


「お前なぁ……今日は3人とも用事があるからってグルチャで言ってたろ? 急に呼ぶんじゃない」


 先輩にあたる少年がそう言っても、彼女はポテチを片手、ゲームを片手に怠惰の限りを尽くしている。


「そもそも、ここって活動とかあったんスか? てっきり自由に好きなことする部活だと思ってたんですけど」

「ぐっ、そう言われると否定できない……」

「ほらー」


生徒会嗜好部せいとかいしこうぶ』とは去年、少年が同学年の幼なじみに半ば強制で入れられた部活。

 一応活動的なものはあるが、それを主なものとは決して考えたくなかった。


「いや。というかお前が活動あるから一分以内に来いって言ったんだろ? 何かと思って五分で来てみれば、遅いは無いだろ遅いは!」


「センパイ……」


 そのとき、希愛ののは初めてポテチを食べる手を止め、少年を真っ直ぐに見つめた。


「…………友達、いないんスね」

「は?」

「いやだって、本来オフの放課後に後輩から呼び出されて五分で来るって…………ぷぷ。よ、よっぽど予定無いとしか(笑)」


 図星。

 友達が一人もいないというのは流石に無いが、普段部室に毎日いる少年にとって平日の放課後の使い道など未知であった。


「わ、私がお友達一号になりましょうか?」

「余計なお世話だ!」


 笑いを押し殺せてない後輩の言葉を一蹴。

 そして部室内に誰もいないことを、再確認した。


「ってか、本当に何で呼んだんだよ。てっきり一人くらいいると思ってたぞ」

「後輩一人じゃ不満だってことですか。ほんと、先輩の欲は計り知れないッスねー」

「いや何の話だ」

「…………ま、それは置いといて」


 希愛は気だるげに座り込むと、近くのバッグからある物を取り出した。


「じゃじゃーん!」

「…………ん?」


 少年が首を傾げる。

 急に何を見せられるのかと思って身構えていたが、希愛が取り出したのはゲームのパッケージのようだった。


「モ〇ハンっスよ。モ、〇、ハ、ン!」

「いや、だから?」


 普段死んでいる目を、珍しく輝かせている希愛は、淡白な少年の答えに首を傾げた。


「センパイ、昔やってたって言ってたじゃないですか! 今日新作が発売したから朝イチで買ってきたんですよ!」

「あーなるほど」


 ここでやっと理解。

 確かに、最近やたらCMで宣伝してるのを見たことがあった。


「でもなぁ……」

「どうしたんスか早くやりましょーよ! センパイ来るまで授業中も前作で耐えてたんですから!」

「いや授業中は普通に耐えろよ」


 そんな少年のツッコミも耳に入らないほど興奮している希愛は、早速ゲームを起動してキャラメイクを始めている。


「ほら早く!」


 ひと狩り始めそうな彼女に対し、少年は冷静に、単純にして最大の問題を述べた。


「ってか何で俺が買ってる前提なんだ?」

「…………え」

「学校あるのに朝イチで買いに行けるわけないだろ。ってかお前何時に登校した?」

「えっと、4限から……」

「それを俺がやってると?」

「私のセンパイですし……」


 輝いていた目が徐々に光を失い、俯きがちになってくる。

 それでもチュートリアルを進める手を止めないのだから、流石という他ない。


「だったら特典用に2つ買ったので、センパイにあげます!」

「そもそも妹にあげたから、ハードすら持ってないぞ」

「!?」


 彼女の脳に「ハードが無い」ということは想定すらなく、まさに青天の霹靂たることであった。


「ということで、帰る」


 少年が帰ろうと踵を返したとき、不意に服の裾を掴まれた。


「じゃ、じゃあ」


 この八方塞がりの状況で、一体何を考えているのか。

 少年は溜め息混じりに振り返ってやる。


「私のサブ機とソフト貸します! 無期限で! その代わりこれからも新作出たらやってください!」

「そこまでしてやりたいのか……」


 もはや彼女の方が友達いないんじゃないかと疑うレベルだが、少年もそこまで言われては少しくらい付き合ってもいいか、という気持ちになってくる。


「…………分かったよ。一緒にやってやるから、ほら貸せ」

「ほ、ほんとっスか!?」


 希愛はこれ以上ない笑顔になると、バッグからサブ機とソフトを少年に手渡した。


「センパイもやりたいなら、最初から素直に言えばいいのに。男のツンデレは見苦しいだけっスよ~」

「よし、帰るわ」

「ああ嘘です帰らないでください~~!!」

「ったく……」


 少年はとりあえず彼女が満足するまで、と渋々ながら始めるが、結局見回りの人が来る夜中まで没頭したのだった。

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