ムーンプリズムパワー、メイクアップ!(孤高の人_Ⅰ)
彼女の所属する事務所と、我が事務所の社長は従兄弟同士だ。うちの社長は線の細い乙女な男性で、あちらの社長は筋骨たくましく浅黒い強面、と正反対の人間のようにも見えるが、親類だからか単にウマが合うからか仲が良く、事務所間の関係も良好でモデルの仕事もよく抱き合わせで入る。
未唯は玲よりほんの少し前からのデビューで、認知の高まりの足並みも揃っていたので、同じ仕事を依頼されたり、撮影現場が重なったりすることがいっそう多い。
怜悧な顔つきとすらりとした細い体から想起される印象を裏切らず、未唯は孤高の人だった。
"みい"、という名前から連想される、よくしゃべりよく動く北国の小さなキャラクターとはだいぶ趣が異なって言葉数は少ない。現場を同じくする華やかで可愛らしい女性たちとも、色目を使う魅力的なカメラマンとも、誰とも馴れ合うことをせず、淡々と仕事をした。
愛想がなくたって、未唯は人目をひいた。
撮影に入れば、その射抜くような強い目線や、憂いを帯びた眉間、堅い決意を秘めたように小さく結ばれた唇、華奢な体から発される底知れなさに、皆目線を奪われてしまう。
ちっとも振りまかれない愛想を少しでも得ようと、つまらぬ関わり方をしてあえなく撃沈する人々を、遠目によく見かけた。
だから、玲のメイク中に鏡越しで視線が合うな、と思い始めたときも勘違いかと疑ったが、どうもその頻度ではない。
熱心な視線かというとそういうわけでもなく、常の淡々とした静かな目と変わらないし、目線が合っても気まずく逸らされるわけでもなく堂々としている。
こちらもメイクに専念しているので別に始終気にしてもいないが、ふと息をついたときに目が合えば、鏡越しに笑いかけたり、手を振ったりしていた。ときには小さく会釈を返してもらったり、無視して興味を失ったかのように目を逸らされることもあったが、不思議と嫌な感じではなかった。
玲も人並みに最初は仕事仲間として未唯との距離を縮めようとしていたが、仕事における未唯のスタンスを把握してからは彼女を尊重して特に近づこうともしていなかった。
そして玲自身も未唯と鏡の中でよく目が合うらしく、初めは微笑みかけたりしていたものの、相手からの返報が芳しくなく、かつ私ほど神経が図太くないので、特にリアクションを取るのはやめたようだ。
二人して「なぜ未唯さんと目が合うのか」「メイク中にしか合わない」「そういえばメイクオフするときは合わない」「撮影現場ではまったく興味持たれていない」などと話し合ったこともあり、
「玲と本当は仲良くなりたいんじゃない?」
「えーうそ」
「すごくシャイガールなんだよ未唯さん」
「そういうタイプでもなさそうだけど」
「可愛い玲と仲良くなりたいけど、玲が可愛すぎて声かけられないんだよ」
「なるほど、そうかな」
「そうそう、君から距離詰めたげなよ」
などとおだてて玲をけしかけたものの、うなだれて帰ってきた彼女をさんざんに笑って小突かれる、という一幕もあった。
今日の撮影も未唯と一緒だ。少しアート色の強い雑誌の、テーマを”先鋭と黒”とした特集ページのコンテンツの一つだった。
白い背景やオブジェクトに囲まれて黒の衣装をまとった玲と未唯の二人が相対したり、肩に手をかけてもたれあったりしている。
無機質さを重視して無表情をリクエストされているのだが、顔の整った二人だとロボットじみていて迫力がある。
未唯は生来の涼しげな顔立ちと板についた無表情がさすがであり、玲は常のくるくるとよく変わる表情を封印して人間でない何かに徹しており、普段を知る身としてはその落差にぞくぞくさせられた。
玲に関しては、グレーやシルバーを基調に唇だけをマットな深いボルドーで強調させるメイクにしていたが、片方のまつげだけを極端に長くしたり、唇を左右半分ずつ色をはっきり分けたりしても、サイボーグらしさが際立って面白いかな、という考えが浮かぶ。試したい気持ちがむくむくと湧いてきて、このあと用意されている一人ずつの撮影セクションの際にやれないか、アートディレクターに相談してみた。
幸い理解のある人で、やってみようという話になる。ただ、玲だけにそれを試すとバランスが悪いため、未唯のほうにも同様の試みを行うことになった。世界観の統一を図るため、未唯を担当していたメイクさんと相談のうえ、私が未唯のメイクも施すこととなる。
一人ずつの撮影は先に玲を行うことになっていたので、試みを短い時間で施してみた玲の姿と撮影のテーマが調和しているか、セクションの頭だけ少し見て、問題ないことを確認した。
唇の真ん中から片方のみ、リップを完全にオフして素のままの唇をさらし、色を残したもう一方はボルドーの上に朱色を重ねて漆器のようなツヤにこだわった。縦じわも露わなすっぴんの唇と、工芸品めいた硬質な唇が隣り合っていて、ともすると生の唇のほうが人体を模倣して作りこまれた人工物のようにも見える。
色のある唇とは左右が異なるほうに長いつけまつげを装着し、両まぶたの真ん中から涙袋にかけて縦に細く長く、唇のボルドーより幾分か濃い色をツヤたっぷりに走らせてある。
鏡の中からその目に静かに見つめ返されると、人間の情動まで知悉した高度な処理能力を持つ機械に、心の奥底まで見透かされるようだった。
メイクの変化に応じてスタイリストさんが裾の長さをアレンジしてくれた衣装に包まれ、左右で長さや色、質がぱっきりと異なる顔を携えて、セットの中で背筋や指の先までしっかりと伸ばして完全無欠なサイボーグのようになった彼女はなかなかいい感じではなかろうか。
玲だな、と思う。
現場で提案されるテーマやこちらが施すメイクの意図をすぐさま飲み込み、彼女なりの解釈を織り交ぜ、恵まれた肢体を精確にコントロールして一気に世界観を塗り替えてしまう。
むふ、と漏れ出る満足の息と笑みをすぐに消して、未唯の元へ向かう。撮影中の玲のスタイリングの微調整は、交代した未唯のメイクさんへ頼んでおく。
「未唯さん、おつかれさまです。ヘアメイクを担当します、瀬戸穂高です」
「瀬戸さんおつかれさまです、葉月未唯です。よろしくお願いします」
簡易的な鏡台の前に置かれたパイプ椅子へ未唯を座らせる。
「こちらこそよろしく。変なことに付き合わせてすみませんねー」
「いえ、おもしろいと思います」
にこりともせず、おもしろい、と口にする未唯だが、彼女が無駄なこと、当てこすりや遠回しの嫌味など口にしない人間であろうことはすでに知っているから、言葉のままの意味をありがたく受け取る。
衣装の上にケープを被せながら、先ほど確認した玲とどう対照させるか、未唯にはどんなものが似合うか、イメージを今一度頭に思い描く。
今は色数を少なく絞ったメイクだが、セットと衣装が白黒で統一されているので人物のなかで多少強い色を試してみてもいいかもしれない。使う面積を少なくすれば、テーマの"黒"も邪魔しないはずだ。今の彼女には、ラメいっぱいの強い青と、オレンジがいいな。
引き絞った弓のようなどこか張り詰めた未唯の美しさと、ピンポイントに深く狭く穿たれた色は、"先鋭"という言葉の印象にも適合するのではないか。そう都合よく連想していく。
浮かぶイメージを早く実現したくて、カラーの系統別に数十色ほど並ぶパレットからイメージぴったりのものを探すのももどかしかった。
アート寄りの撮影だと、多少思い切ったメイクも試せるから楽しい。浮かれて顔が緩みかけていたことを、未唯とばっちり目が合って自覚して、口元を引き締めた。
いくつかの色を並べ、ブラシで調整する。未唯の肌色や、目元の涼しさにはこの色が合いそうだ。今載っているシルバーのアイシャドウの上にそのまま重ねてもよく映えるだろう。
「目、閉じてください」
未唯の閉じたまぶたに、まばゆいほどの青を塗り重ねていく。
考えてみれば、玲専属のメイク担当兼マネージャーになってからは、玲と自分以外の人間にメイクを行うのは久しぶりだ。玲の顔はいくら見ても見飽きることもないし、彼女の顔から様々な可能性を引き出すのは楽しいが、また別の顔立ちの未唯についてどういうメイクの選択肢がありえるかと考えるのは、やはりわくわくするものだ。
手早く、かつ丁寧に塗り重ねたアイシャドウの出来栄えを、鏡から少し離れて確認してみる。ふむ、よいではないか。未来的、かつ未唯に似合っている。さすがの私。
再びにやけていたであろうこちらを鏡の中からしっかり未唯が見返している。
ちら、と周りを見渡してある人物がそばにいないのを確認する。やたら目が合う美人がいれば、そのありがたい理由を本人へ質したいところだが、今までそれをやらなかったのは、未唯の近くに常にいるその人物のせいだったりする。
今がまさにチャンス。
未唯のそばへ戻ってチークの色をいくつか手の甲の上で試しつつ、声をかける。
「未唯さん未唯さん」
「はい」
「玲とも話してたんですけどね、未唯さんはよくうちらと目が合いますよね?」
「はい」
と何の躊躇もなく素直に認めるものの、寡黙な未唯の言葉は続かない。促してみる。
「なんでかなーと気になっていたりするのですが」
未唯はひと呼吸置いて淡々と言う。
「玲さんにメイクしてるときの瀬戸さんと、メイクされてるときの玲さんの様子が興味深いからです」
「……」
とっさに意味を図りかねて、黙ってしまう。はてながたくさん浮かんでいたのであろう私を見かねて、未唯がさらに言葉を重ねてくれる。
「変わっていく玲さんを楽しそうに、誇らしげに見てるでしょう」
「それは……まあそうかも」
楽しさがいつもだだ漏れなのだろうか私は。
「それに、そんな瀬戸さんの様子に、玲さんはどんどん自信をつけて、現場へ向かう気概……のようなものを高めていってるのがわかるんです」
ああ、それならば、確かに。
「なるほど」
ここ最近の謎がわかってすっきりとした。自然と笑みが広がる。
大きなブラシでほんのりと薄く、横一直線に頬へ色を載せる。ほんのひと筆、本当にかすかな違いだけど、その違いは全体に確かに響いてくる。
「女の子がね、メイクされて、心の中から華やいでどんどん自信を持っていくのが、間近で見てると楽しいし、嬉しいんだよね。筆のひと振りでちょっとの違いが生まれて、だけどそれが何なのかは女の子本人にはよくわからなくて、でもさっきまでとは確実に違う自分になってるっていう戸惑いと、その魔法を確かに感じて目をきらきらさせてる女の子と、それを与えた自分が魔法使いみたいに感じられるのがいいの。――ま、みんながみんな、そういつもビビッドな反応をくれるわけでもないですけど」
玲に施したつけまつげは左側だったから……未唯には右側を。彼女の額を軽く押してから後ろ頭を支えれば、まつげを付けやすいように彼女も視線を下に向けてくれる。慎重にまつげを調整している間、そっと彼女が口を開く。
「メイクをする対象としては男性もあると思うんですけど、その場合はどうですか?」
「うん。メイクされた男性がハッとしてくれるときも嬉しいですけど、やっぱ女の子のほうが、こう、内側からぐっと湧いてくる自信とか熱量が高いよね。それに男性だとショーとかではない限り、たいてい目立たない程度のメイクに留めるし。女の子ほどの大変身体験はなかなかさせてあげられないっていうか」
片方の目尻だけ極端に長くしたまつげは、そのまぶたの鮮やかな青と相まって豪奢なクジャクの羽を思わせた。
こちらの与太話に興味をひかれたか、涼やかな目をほんの少しきらめかせている未唯を見ていると、ふと、あるイメージが湧いたので彼女の唇から先ほどまで載せていた色を全て落とす。
「――玲はね、そのなかでも特別で。なんていうか、こちらのメイクの方向性に感応して、表情や雰囲気もぐっと変わるようなところがあって。なんかメイクしながら相互に高め合っていくような……変わる玲からまたインスピレーションをもらって、こうしようってイメージが有機的に湧いてくるような……そういう楽しみがあるから、あの子にメイクするの、すごく好きなんだ。毎日、それこそ一日に何度も彼女にメイクしてても、不思議と飽きないの」
唇の中心の狭い部分にだけ、唇の山を強調して濃いオレンジをはっきりと描く。
黙って話を聴く未唯の、静かな湖面のごとき瞳に好奇心の光がちらついて、本当に陽光が反射してきらめく湖みたいだ。綺麗だな、と思う。
「この人にはどんなメイクが似合うかな、役柄やシチュエーション、衣装から、どんな方向性がありえるか、単に合わせるだけか、少しずらすのか。色々考えてみて、その人の顔や身体、雰囲気からその可能性を掘り起こすの、楽しいよ。……うん、私は確かに楽しそうにしてるんだろうねえ」
未唯から少し距離を置き、鏡に映った彼女全体を確かめてみる。いいねいいね。
どこの時代のどこの国の人間とも生物とも判然としない未唯がこちらを見返している。
「今も楽しそうですね」
「楽しいですねえ。……ね、嫌だったらやらないんだけど、眉毛ないような見た目のメイクにしてもいいでしょうか?」
未唯の目にからかうような、挑戦的な色がわずかに閃く。へえ、いいね。
「いいと思います」
「度量の広い方でありがたいです」
私はやっぱりメイクが好きだなあ。手だけは素早く動かしながら、しみじみそう思う。
玲の撮影の進行具合を振り返って確かめる。そろそろ終わりそう。急がねば。
未唯の眉毛をほとんど金髪のような色のアイブロウで消していく。
「あの……」
ややためらいがちに未唯が声を出す。
「あ、やっぱ眉毛嫌?」
「いえ、眉毛はどうでもいいです」
どうでもいいのか。
「……あの、このあと玲さんの仕事って何かありますか?」
「いえ、今日はもうあがりですが」
さして普段の未唯を知るわけでもないが、歯切れの悪い様子に違和感を抱く。彼女の前髪を上げていた髪留めクリップを外す。
「……よければ、仕事からあがるときにもう一度、手短にでよいので、あ、もちろんそのお仕事分の代金は払いますから、軽くメイクしていただけないでしょうか」
眉毛が消滅したことで広く見える額を強調するよう、軽くワックスを付けて前髪をなで付けた。
「未唯さんのメイクを再びミーが?」
「イエスです」
時代も人種も飛び越えた見た目の未唯が片言でしゃべっているのがおかしい。地球人に擬態する宇宙人・未唯。
「なにそれめっちゃ嬉しい申し出なんですけど。もちろんイエスです」
ふわりと、かすかにだが未唯が笑う。
「ありがとうございます」
おわ、なんか貴重なものを見られたのでは。
玲のほうでスタッフの声があがる。"おつかれさまでーす"。こちらの進捗を確かめるよう申し付けられた様子のスタッフが駆け寄ってくる。ふっふ、抜かりない、ぴったり完成じゃ。
「じゃあ、またあとで」
「はい、ありがとうございました」
きびきびと立ち上がった未唯が現場へ向かう。
こちらこそ好き勝手なメイクをさせてもらってありがとうなんだけど。
つい調子に乗ってしまい、玲に対してやや先鋭的すぎたかもしれない。今さら不安が襲ってくる。
ディレクターへ近づいて、おずおずと未唯の仕上がりに問題がないか確かめてみれば、「うん、いいんじゃない」とサムズアップとともに力強く返された。安心と同時に、この人理解があるというよりすごく適当なだけなんじゃなかろうか、という疑念も沸き起こる。まあよいならよい。
「未唯さん、すごく格好いいね」
撮影を終えた玲が近づいてくる。心のどこかがゆっくりと安心する。玲よ、やっぱり君が私のホーム。
「未唯さんにメイクできる貴重な機会にノリノリになってしまった」
「私の顔には飽きたってこと?」
じろりと冷たい目線を投げかけてくる彼女に腰を低くし、大げさに両手を振る。
「めっそうもありゃあせん。わたしゃいつだって玲の顔に夢中でさあ。ただ……」
卑屈にかがめてみせていた腰を伸ばして、撮影に入った未唯を見る。
真っ黒の衣装に、白い肌、強烈に青く光る目元、ちょこんと閉じあわされた唇のオレンジ、洗練された身のこなし、ばっちりキマったその姿はディストピア近未来SFのキャラクターみたいだ。好奇心に輝く彼女の瞳を思い出す。
「彼女は見かけよりずっとおもしろそうな人だったよ。負けてらんねえな、玲」
組んだ腕の肘で玲をつつく。目を細めて彼女が言う。
「へえ、短時間でずいぶん未唯さんのこと知ったみたいだね」
「うん、メイクを通じて深まる親交。……あっ、深まるSHINKOU! KOKOUのミイもKOKORO開く俺のおけSHOWっ!」
頭に降って湧いたリリックを、ラッパーっぽい動きを取り入れながら披露してみるが、オーディエンスは盛り上がらない。
「どう、アガった? みたいな顔するのやめて」
「YEAH……。そして目が合う謎も解けたよ」
「えっなんだったの?」
食いついてきた玲ににやりと返す。
「秘密。私と未唯さんの秘密にする」
「っ、なにそれずるい!」
悔しげに唇を噛む彼女に満足して、少しだけ謎の一端を明かしてやる。
「まあ、要約すると、私と君の間に起きる化学変化を彼女は見抜いてたって感じかな」
「なあに、それ」
「おれたち最強ってこと」
腕を絡ませて笑いかければ、玲はしかたなさそうにため息をついた。
「なんだかわからないけど、納得してあげます」
そして撮影中の未唯を見つめてつぶやく。
「さっき二人で撮ってたときより、オーラが増してる気がする。ぴりっとして」
確かに今の未唯は、常人とは一線を画す気品のようなものを放っているのが遠くからでも感じられる。細くて華奢な体なのに、存在感が圧倒的だ。腕の上げ下げ一つとっても、撮影の企画や今のヘアメイクの趣旨に沿って、おそらく意識された無駄のない鋭い動きで、その軌道だけで目が惹きつけられた。
「ライバルにまであなたのマジカルメイクアップパワーをかけられちゃうと、どっちの味方なの、って気持ちになってしまうんですけど」
くぐもった声音にちらと横を見ると、撮影の様子から目を離さないまま玲がわずかに苦い顔をしている。
彼女の目から見ても、あの未唯は抜群にイケてるんだろう。こういう感受性と審美眼をきちんと持っているところが玲の強みのひとつだ。
「私ができることは、あくまでその人の魅力を引き出すだけだと思ってる。その人がもともと持つ造形を強調したり引き算したりして、こういう見え方もありえるんじゃないって、提示するだけ。そのあとカメラの前でどう映ってみせるかは、本人次第、本人の力だよね、君自身もよく知ってる通り。だから、君から見てあの子が今格好よく映ってるなら、それは未唯さん自身の力だと思う」
彼女は深く息を吸って、長い吐息を吐く。
「……実体験から照らして、あなたが未唯さんに施したのは単なるメイクだけとも思わないけど、はい、私の完敗です……」
「――さっきまでの君一人の撮影には立ち会えてないから正確な比較はできないけど、ま、確かにあの未唯さんはいい感じだよね」
「企画の方向性ともしっかりはまってるしね……」
言おうか言うまいかわずかに迷うが、潔く自らの敗北を認めている彼女を見て、白状を決める。
「……でもね……正直、ヘアメイクの出来も、君より数段いいのができちゃったな、と今改めて思ってる」
ぎゅん、と隣の玲が勢いよくこちらに振り向く気配。
「やっぱりそうだよね!?」
「……私のアイディアとかイメージを膨らませて引き出して、自分のヘアメイクに反映させるのも、モデルさんの能力のうちのひとつってことで……」
声にならない声で呻きつつ、彼女がこちらの腕にとりすがってくる。
「やっぱり私に飽きてるんだ……! ルーチンワークのメイクなんだ……! ひどい……!」
「そんなことは絶対にネバーないけど、なんか……未唯さんはおもしろい仕上がりになった」
握っていた私の腕も離してずるずると脱力しながら彼女はしゃがみこんだ。
「……拗ねてもう帰りたいっ……けど……」
うなだれているつむじに訊き返す。
「けど?」
膝に手を当ててゆっくりと玲が身を起こす。そうしてまた未唯の撮影現場をまっすぐ見る。
「勉強させてもらう。私の未来のために」
誇らしく愛しい気持ちに満たされて、腕を伸ばして玲の頭を撫でる。
「君はそれができるから絶対に大丈夫だよ」
彼女は口を尖らせてこちらを横目で一瞥するが、何も言わずにすぐまた真剣な視線を未唯に向けた。
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